■第140話 潜入開始
簡易の椅子とテーブルを用意してもらい、私たちは軽く食事をとることにした。今日はバタバタしていてお昼を食べていなかったし、モニカが作ってくれたお弁当もそのまま残っていたからだ。
「はい、これクロちゃんの分ね。ずっと飛びっぱなしで疲れてるよね?」
「うむ。これくらいなんともないぞ」
小竜姿のクロがそう言いながらお弁当の入ったバスケットを受け取る。
「そう? この後すぐ戦いになるかもしれないけど大丈夫そう?」
「大丈夫だ。腹いっぱい食べれば我はいつでも戦える」
「そう、だけど玄黄が出てきたらクロちゃんは後方でルーナさんとセレナを守ってね」
おそらく、玄黄はクロやセレナを取り込もうとしてくる。それだけは、絶対に阻止しないといけない。
「もぐもぐ……うむ、我に任せておけ」
クロがサンドイッチを頬張りながら返事をする。
「クロちゃん、食べながらしゃべっちゃだめだよ」
「……」
もぐもぐ、もぐもぐ。
黙っちゃったよ。
クロは食べることが最優先なようだ。
「では、予定通り私とクレアが先行して内部を調べるんですわね?」
本当は私一人が良かったんだけど、アリスに拒否されてしまったんだよね。
「うん、ルーナさんとセレナは外で待機してもらう」
「はい、わかりました」
「うん、ボクもみんなを守れるように頑張るよ」
「それじゃ、食べ終わったら出発しよう」
私は旧ファルシア王国の方角を見つめた。
もう気は抜かないし、手加減もしないぞ。
そして食事が終わり、少し休んだところで。
「では、そろそろ参りましょうか」
アリスが聖剣を手に取り、立ち上がった。
「そうだね。あっ、マティアスさんに声だけかけておくよ」
「ええ、お願いしますわ」
私はひらひらと手を振るアリスに背を向け、マティアスが指揮を執っているテントへ向かった。
「あっ、マティアスさん。今から出発します」
「クレアさん。わかりました、でも無理はしないでくださいね」
「はい、大丈夫ですよ。それより戦況はどうですか?」
「今のところは問題ありません。魔王国からの援軍の方々が頑張ってくれているようです」
そうか、魔王軍も来てるんだったな。戦場の方へ目を向けると、飛竜騎士団が空を駆け、各国の兵たちが魔獣を押し返していた。
うん、こっちは任せて大丈夫だな。
「わかりました、では行ってきます!」
「はい、ご武運を!」
そして私とアリスはクロに乗り、上空から先行する。
ルーナはセレナに乗って、後から追ってくる予定だ。
「ではルーナさん、先に行ってますので」
「はい、私とセレナもすぐに追いつきますから」
クロが大きく翼を広げる。
そして、そのまま空へと舞い上がった。
「さて、いよいよだな」
アリスが、ぽつりと呟く。
「うん、これで終わらせよう」
しばらく飛んでいると、遠くに旧ファルシア王国の城壁が見えてきた。
「どうする? このまま突っ込む? それとも身を隠して侵入する?」
「そうだな、まずは私とクレアで中の様子を見てこよう」
「意外と冷静だね、私はまた街ごと魔法で吹っ飛ばせとか言うかと思ったよ」
「お前は私をなんだと思ってるんだ?」
「んー、聖剣を持ったバーサーカー?」
「おい!」
そんなやり取りをしているうちに、城壁が目の前まで迫ってきた。
「クロちゃん。城壁の手前で止まって」
「うむ」
クロが速度を落としたところで、私とアリスはその背から飛び降りる。
目の前には、行く手を阻むように高くそびえる城壁があった。
「しかし、高い城壁だね」
「どうやってこの壁を超えるんだ?」
クロに乗ったまま乗り込むと、向こうに見つかっちゃうかもしれない。
「私がアリスを担いでいくよ」
「えっ、そんなことできるのか?」
「うん。ちょっと試してみよう」
そのまま私はアリスの後ろに回る。
そして、腕の間に手を伸ばす。
――むにっ!
「おいコラ! どこ触ってるんだ!」
「ああ、ごめん! わざとじゃないんだよ!」
両腕を掴んで持ち上げようとしたら、つい胸に手が当たってしまった。
いや、今のは事故だからね?
でも……柔らかかったです。
「えっと……じゃあ。今度は腰を支えるね」
「……次触ったら切るからな?」
アリスが胸元をかばいながら、ジトッとした目で私を睨む。
「だから今のはわざとじゃないんだよ!」
両手を大袈裟に振りながら、慌てて言い訳をする。
「はぁ……わかったよ。じゃあ、早くしてくれ」
「うっ、うん、では失礼します」
今度は慎重にアリスの腰に腕を回し抱え上げ、そのまま飛び上がる。
「うわ、なんか変な感じだなこれ」
「どうかなこれ? 苦しくない?」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった。でも……アリスって、意外と腹筋硬いんだね」
「切るぞ」
「すみませんでした」
城壁を越える直前、こちらへ走って来るセレナの姿が見えた。
「クロちゃんはここでルーナさんと一緒に待ってて」
「わかった」
城壁を越え中に入ると、そこにあったのは瓦礫と化した街であった。
崩れ落ちた建物は苔や草に覆われ、足元には風化した石畳が続いている。
人の気配など欠片もない。
六百年という歳月が、この街からすべてを奪い去ったのだろう。
「なぁ、クレア……あれはなんだ?」
アリスが指さす方へ視線を向けると。
「えっ? あれは……神殿?」
廃墟の中心部に見えたのは神殿だった。
周囲の建物はすべて崩れているのに、その神殿だけは違った。
壁にひびはなく、屋根も崩れていない。
明らかに誰かが手入れをしているような美しい姿でそこに建っていた。




