■第139話 帝国軍の陣地
私たちは急いで出発の準備を始めた。
馬車でゆっくり向かっている時間はない。
そこで私が提案したのが――クロちゃん空輸作戦だ。
馬車が空中でバラバラにならないよう、床から天井にかけて強固な金属の骨組みを張り巡らせる。さらに、上部にはクロがしっかりと掴まれる取っ手を取り付けてもらう。
その案をエルフの職人さんたちに相談してみたところ――。
「はい、このくらいならすぐできますよ」
あっさりと答えが返ってきた。
そして――。
「はい、完成しましたよ」
ものの数時間で、立派な取っ手付きの補強が完成した。
「あの……仕事が早すぎない?」
「はい?」
思わず呟いてしまった、エルフの職人さん優秀すぎだろ。
まぁでも、これなら急いで向かえる。
エルフの職人さんたちにお礼を言い、みんなを馬車のところへ呼び寄せる。
「これで急いで向かえますわね」
アリスが完成した馬車を見ながら微笑む。
「うん。これなら間に合うかもしれない」
私たちは魔改造された馬車に乗り込み、旧ファルシア王国へ向けて出発した。
ちなみに、エルネアたち護衛騎士は残ることになった。
これはジルベールからの提案だ。
邪教徒がエルフの国にも何か仕掛けてくるかもしれない。
なので、しばらくはシルフィードの守りに協力するということだ。
そして私たちは森の上空を飛んでいる。
中央平原に帝国軍が陣を張っているらしいので一旦そこを目指す。
あまりスピードを出すのは危険なので比較的ゆっくりだが、日が暮れる前には到着できるだろう。
私は窓から下を見る。
うん、自分でも飛べるとはいえちょっと怖いね。
「クロちゃん、絶対落とさないでね?」
「うむ、わかっている」
「いや……これフリじゃないからね?」
「大丈夫だ。安心して乗っていろ」
ちょっと不安だけどまぁ、大丈夫かな。
「あと、疲れたらちゃんと言うんだよ」
「うむ、これくらい問題ない」
しかしこれ、揺れも少ないし乗り心地は悪くないな。
「今度クロちゃんに運んでもらう用の馬車ちゃんと作ってもらおうか?」
「ん? これじゃダメなのか?」
「もう少し軽量化して中も少し広くしたいんだよね」
「なるほど、じゃあテーブルとかも付けてお茶とか飲めるようにしようぜ」
「あっ、それいいね。帝国に帰ったら考えてみよう」
それが出来たら今後の移動はかなり楽になる。
まだ行ってない国もあるしね。
そんな会話をしながら、しばらくは穏やかな空の旅を楽しんでいた。
そして数時間後。
「帝国軍の陣が見えてまいりました」
モニカの言葉を聞き窓の外に視線を向ける。すると、平原に敷かれた布陣の全容と、風にたなびく帝国旗がはっきりと見えた。
「もう着いたんだ。クロちゃんあそこに降ろして」
「うむ、わかった」
私たちが近づくと、なんだか騎士の皆さんが慌てていた。
「あっ、そうか。クロちゃんに乗って来るってまだ伝わってないんだ」
そりゃそうだ。普通は空から馬車が飛んで来ない。騎士たちからしたら、見たことのない巨大な魔獣が馬車をぶら下げて飛んできた。そういう状況だ。
「はぁ、しょうがないな。じゃあ私が窓から声かけば大丈夫だろ……あれ?」
そこでアリスが言葉を止めた。
「んっ、どうかした?」
「いや、あれ」
アリスが指さした方向に視線を向ける。
そこには、紫色の髪をした若い男性がいた。
こちらへ向かって、にこやかに手を振っている。
「あれって、ジルベール宰相? いや、似てるけど違うか?」
「はぁ、なんでこんなところに……」
モニカが額に手を当て、ため息を付いた。
「どうしたの?」
「いえ、少々面倒な方がいらっしゃるだけです」
あっ、この流れは……レノアの時と同じ流れだ。
クロが馬車をゆっくり地上に降ろす。
「お待ちしていましたよ、アリスレート殿下」
青年が優雅に一礼した。
「あら、あなたが指揮を取っているのですか? マティアス作戦参謀長」
「はい、父は帝都を離れられませんので。僕が代役を務めさせて頂いています」
「そうなのですね。ところで、陛下は?」
アリスが微妙な表情で周囲を見渡す。
しかし、見える範囲にオルクスの姿はない。
「陛下でしたら、最前線で戦っておられます」
「あっ、やっぱりですの?」
そんな会話を黙って聞いていたのだが、ちょっと我慢できなくなってきた。
いや、この人が誰なのかはなんとなくわかるんだけどね。
「あの、そちらの方は?」
アリスに後ろからそっと声を掛けた。
「ああ、あなたがクレアさんですね。初めましてマティアス・フィオリアです」
やっぱりかー!
フィオリア家の皆さんみんな同じ髪色なんだね。
ってか見た目は普通の人っぽいけど、モニカはなんで嫌そうな顔したんだろ?
「おや。そこにいるのはモニカじゃないか? なんでこんなところにいるんだい?」
「わたくしはアリスさまの従者です。お傍にいるのは当然です」
「でもここは危ないんだよ? せめて、あの馬車の中に隠れていた方がいい」
「お兄さま」
「え?」
「うざいです」
「なっ、なんてことだ……」
マティアスはふらつきながら後づさる。
「あの可愛かったモニカが……反抗期になってしまった!」
どうやらクリティカルだったようだ。
「昔はカルガモのようにずっと僕の後を付いてきたのに」
「記憶を捏造しないでください」
モニカが冷たい目を向ける。
うん、フィオリア家の人たちはみんな本当にモニカのことが大好きなんだな。
ただし、愛情表現が少々重いみたいだけど。
「あの、マティアスさん。私たちはすぐにファルシア王国の跡地へ行きたいんですけど?」
「えっ、まさかモニカも一緒ですか?」
「いえ、流石にモニカにはここで待っていてもらいます」
「そうですか、それは良かった」
マティアスは安心したように胸をなでおろした。
何が良かったのかよくわからないけど、まぁいいか。
「お兄さま、こんなところで遊んでないでしっかり指揮を執ってください」
「あっ、そうでした。アリスレート殿下、ではまた後ほど」
「ええ、頑張ってくださいまし」
マティアスは一礼して騎士たちの元へ行ってしまった。
「じゃあアリス、少し休んでから行こうか」
「そうですわね」
邪教徒が潜んでいるかもしれない場所。
そして、玄黄が連れて行かれた可能性が最も高い場所だ。
私たちは短い休息を終えると、決戦の地へ向かうことになる。




