■第130話 未知の魔獣
アリスとクレアさんたちが出発して数時間後。
「ではルーナさま、そちらの野菜を切って頂けますか」
「ええ、わかりました」
私はモニカさんと一緒に昼食の準備をしていた。本来なら使用人の方々が用意してくれるのだが、時間もあったので私たちで作ることにしたのである。
調理場をお借りして料理をしていたら、ガチャッと調理場の扉が開く音が聞こえたので思わず視線を向ける。すると、銀狼さんが室内をキョロキョロと見回しながら入ってきた。……いったいどうやってドアを開けたのかしら?
「あら、銀狼さん。ラピス陛下の傍を離れてよろしいのですか?」
「うむ、ちゃんと許可は取ってきた。そんなことより、その……」
銀狼さんが食材の方へ視線を向ける。
「ええ、わかっております。ちゃんとお作りしますよ」
「おおっ、肉はあるのか?」
「お肉もお野菜もたっぷりあります」
「むぅ、野菜か……」
銀狼さんの耳がわずかに下がった。
「ふふっ、ご安心ください。わたくしがちゃんと美味しいお料理に致しますので」
「ほう、それは楽しみだ」
「では、テーブルでセレナさんと待っていてください」
「うむ、わかった」
銀狼さんは嬉しそうにテーブルに向かい、セレナの横に座った。
「セレナも銀狼さんとお話でもしながらもう少し待っていてくださいね」
「う、うん、わかった。……っていうか、またご飯を食べに来たんだ」
セレナが呆れたように銀狼さんに視線を向ける。
「うむ、モニカの作る飯は美味いからな」
「まぁ、それはボクも同意見だけどね」
そんな二人の会話を聞きながら私たちは料理を進める。
そして数分後。
「さぁ、出来ましたよ」
「んっ、これはなんだ?」
銀狼さんはモニカさんが差し出した料理を興味深そうに覗き込む。
「蒸し鶏と温野菜のサラダにゴマドレッシングをかけてあります」
顔を近づけて匂いを確かめると、パクッとかぶりついた。
「おお、野菜が多いがあっさりしていてこれはこれで美味い!」
どうやらお気に召したらしい。
その後は夢中になって食べていた。
「はい、セレナにはアルファルファサラダですよ。こちらもゴマドレッシングをかけています」
「うわぁ、ありがとうルーナ。いただきます!」
セレナも目を輝かせながらサラダを頬張っている。
「ルーナさま、ではわたくしたちも昼食にいたしましょう」
「ええ、そうね」
そうして、私たちは楽しい昼食の時間を過ごした。
「うむ、なかなかであったぞ。ちと量は少なかったがまぁ昼は軽くこのくらいでいいだろう」
「もしかして、夜も作らせる気なの?」
セレナが呆れたように息を吐くと、銀狼さんはスッと目を反らした。
しかし、次の瞬間。
銀狼さんの耳がピクリと動き、勢いよく立ち上がる。
「どうかされましたか?」
「森の様子がおかしい」
銀狼さんの表情から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。
すると、ドタバタと慌ただしい足音が廊下から響いてくる。
――バンッ!
勢いよく扉が開く。
「アデル殿下? そんなに慌ててどうなさいました?」
そこにいたのは、アデル殿下だった。
「銀狼殿、森が燃えています」
「何だと!」
「斥候の報告では、おかしな魔獣が森で暴れているとのことです!」
「おかしな魔獣?」
「はい、詳細は不明ですが。騎士たちも現場に向かっています」
「わかった、吾輩もすぐに向かう」
「では私も行きます」
銀狼さんが部屋から出ようと扉へ向かったその時、私は思わず立ち上がった。
もしかしたら邪教徒たちが何か仕掛けてきたのかもしれない。邪教徒には教団内部の者もいるのだろう。もしかしたらオスカー司教もいるかもしれない、だとしたら……なんとかして説得したい。そう思った。
「ルーナが行くならボクも行くよ」
セレナも立ち上がった。
「セレナ、ありがとう」
「ではわたくしも参りましょう。戦闘は出来ませんが水魔法を使えます。消火くらいでしたら、お力になれると思います」
「えっ、でも危険ですよ?」
「大丈夫です」
モニカさんはいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「アリスさまやクレアさまも、きっとすぐに駆けつけてくださるでしょうから」
そう言った後、少しだけ真剣な表情になる。
「それに、このまま何もせず待っている方が落ち着きませんから」
「モニカさん……わかりました。一緒に行きましょう」
「案ずるな、吾輩が守ってやる。ついてこい」
「はい!」
私たちは銀狼さんの後に続き城を出た。
そして街を抜けると、私とモニカさんは白羊の姿に戻ったセレナの背に飛び乗り、そのまま急いで現場へ向かって駆け出した。
やがて、遠くに赤い光が見えてくる。
森の木々が燃え、黒い煙が空を覆っていた。
そして、その中心には何か大きなものがうごめいている。
「……あれは、なんですか?」
私は思わず呟いてしまった。
そこにいたのは、見たことのない恐ろしい魔獣だった。
狼のような巨体に三つの頭。
全身から噴き出す炎が周囲の木々を焼き払い、近づくだけで肌が焼けるような熱気が伝わってくる。
「わからん、あんな魔獣は初めて見た。だが異常な魔力を持っておる」
「うん、ボクもあんなの見たことないよ」
長い年月を生きるセレナと、銀狼さんでも知らない魔獣?
いったい、あれは何なのかしら?
「《鑑定》」
名称:フレア・ケルベロス
LV:360
属性:炎
「フレア・ケルベロス? レベル360?」
私が驚いている間にも、フレア・ケルベロスはこちらに気づき咆哮を上げた。
「グルルルルァァァッ!」
三つの頭が、こちらを向く。
そして――。
三つの口から同時に炎が吐き出される。
――ゴォォォォッ!
「危ない! 《ディヴァイン・シールド》」
私は咄嗟に神聖属性の障壁を展開した。
――ドゴォォン!
凄まじい炎が障壁にぶつかり、周囲へと飛び散る。
「うっ、熱い……!」
防いだはずなのに、それでもとんでもない熱気が伝わってきた。
「貴様らは下がっていろ、吾輩が行く!」
銀狼さんが地面を蹴り、魔獣の元へと駆ける。
――ドンッ!
一瞬で間合いを詰める。
鋭い爪がフレア・ケルベロスの巨体を切り裂いた。
――ザシュッ!
「グギャァー!」
フレア・ケルベロスが悲鳴を上げ身をかがめる。
攻撃が通った!
そう思ったのだが、傷口から炎が噴き出す。
そして、見る間に傷が塞がっていった。
「くそ……再生するか!」
銀狼さんが距離を取る。
その右前脚には、火傷ができていた。
「銀狼さん!」
「大丈夫だ。ルーナよ、治癒はできるか?」
「はい、すぐに治します《ヒール》」
「すまんな、しかしこれは近づいて直接攻撃するのは無理だな」
銀狼さんがフレア・ケルベロスを睨む。
「うん、あれじゃボクは近づけないよ。毛が燃えちゃう」
近づいたらこちらが炎でダメージを受けてしまう。しかも再生能力まで持ってるのだから遠距離から魔法で攻撃するしかないわね。
「《ウォーターバレット》」
水弾がフレア・ケルベロスへ飛んでいく。
――バシュッ!
水弾は炎に触れた瞬間、あっという間に蒸発してしまった。
私は水魔法は初級しか使えないし、これでは倒すのは難しいわね。
なら効果があるかわからないけど、神聖魔法で攻撃するしかないか。
そう思っていたら。
「グォォォォッ!」
フレア・ケルベロスが咆哮を上げ、三つの口に再び炎が集まる。
「まずい、また来ます」
私たちは一斉に身構えた。
その瞬間――。
「――《アイスランス》」
凛とした声が森に響く。
そして、空から無数の氷槍が降り注いだ。
――ズガガガガッ!
氷の槍が、フレア・ケルベロスの巨体を次々と貫いていく。
「グギャァァァァッ!?」
炎を纏った巨体が大きくよろめく。
「えっ、今の魔法は……?」
何が起きたのか分からず、反射的に私は空を見上げた。
青空の中、一人の少女が降りてくる。
黒い服に身を包み、手には淡く輝く剣。
赤い瞳が、まっすぐフレア・ケルベロスを見据えている。
そして、そのまま剣を振り下ろす。
――ザシュッ!
鋭い斬撃が走る。
フレア・ケルベロスの三つある首の一つが、宙を舞った。
少女は地面へ着地すると、こちらを振り返った。
「クレアさん!」
「ふぅ。みんな無事?」




