■第129話 異変
その後、ラピスはすんなり許可してくれたのだが。
その日のうちにという訳にはいかず、翌日朝からということになった。
そして翌朝。
私は鏡の前に立ってマントをバサッと翻す。
「うん、やっぱりいいね」
今の私の服装は、前にクロと黒龍山脈に行った時と同じ上下黒の厨二ファッションだ。
「この格好だとこの首輪もなかなか映えるんじゃない? 私、いい感じに吸血鬼やれてない?」
「……さっきから何やってんだ?」
鏡の前でいろんなポーズを取りながら意味不明なことを口走っていたら、アリスに白い目で見られてしまった。
「いや、これは違うからね? ちょっとテンション上がっちゃっただけだから」
「何が違うんだ?」
「えっと……なんだろうね?」
「こっちが聞いてるんだが」
言い訳も意味不明すぎて、アリスは呆れたように首を傾げていた。
「まぁいい。準備できたなら早く行こうぜ」
「あっ、うん。そうだね」
これ以上話を続けると精神年齢を疑われそうなので、私は大人しくアリスと共に訓練場に向かった。なぜ訓練場かと言うと、クロが黒龍の姿に戻るのに広い場所が良かったからだ。
「じゃあ、クロちゃん。お願い」
「うむ」
クロの体が淡い光に包まれ巨大な黒龍になる。
「おおー、凄い! かっこいいですね」
見送りに来ていたアデルが感嘆の声を上げる。
「うむ、そうであろう!」
クロは褒められて嬉しそうに胸を張っていた。
……褒められると本当にチョロいな、このドラゴン。
「私も背に乗せてもらいたいなぁ」
アデルが目を輝かせながら呟く。
「ダメだ!」
「えっ、駄目なんですか?」
「うむ、我は強者しか背に乗せん。乗りたければ強くなれ」
クロの言葉を聞きアデルが拳を握りしめる。
そして。
「はい! いつかクロさんに乗せてもらえるよう頑張ります」
力強くそう言い放った。
「ふふっ、アデル殿下なら必ず強くなれますわよ」
「あっ、アリスレート殿下。帰ったらまた鍛錬お願いしますね」
「ええ、もちろんですわ」
アリスがクロの背に飛び乗る。
「さっ、クレア行きますわよ」
「うん、じゃあルーナさん。セレナとモニカをよろしくね」
「はい、お気をつけて」
私は自分でも飛べるんだけど流石に飛翔魔法を披露するわけにはいかないのでアリスの後ろに乗る。
しかし、後ろか。前がよかったんだけどなぁ。
いや、別にアリスに後ろから抱きつかれて、その……色々と楽しみたいわけじゃないよ。
……ないからね?
「では行くぞ」
クロが空を見上げて身をかがめながら翼を広げる。
バサッと翼をはためかせ、ふわっと空へと舞い上る。
そして次の瞬間。
――ビュンッ!
地面が一気に遠ざかった。
「うおおおっ! クロちゃんちょっと早すぎじゃなぁい?」
「はははっ、いいじゃないか。クロ、もっと飛ばせー!」
「えええっ?」
アリスは楽しそうに笑っていた。
もう完全に遊園地のジェットコースター感覚なんだろうね。
想像以上のスピードだったので思わずアリスの背に抱き着いてしまった。
「クロちゃん、ちょっとだけスピード落とそうか」
「うむ、わかった」
クロが頷きながらスピードを落とす。
危なかった、このままアリスにしがみついていたら後でセクハラで訴えられちゃうかもしれない。そんなことを考えながらふと辺りを見回すと、すでに銀狼の森を抜けており、遠くにイルス山脈が見えていた。
「うわぁ、もうこんなとこまで来てたんだ」
「ああ、やっぱりクロは早いな」
「ふふん、当然だ。我はそこらの飛竜などより早いのだ」
クロの本気の速さ、もはや反則級だね。
でもこの分なら思ったより早く着けそうだ。
そんな風に気楽に考えていたのだが。
遠くに見えていたイルス山脈は、近づくにつれてその巨大さがはっきりと分かってきた。
「これ、結構大きな山脈だね」
「ああ、ここを探すのはなかなか大変そうだな」
「巨大なスライムだし、山頂よりは動きやすい麓の方にいそうじゃない?」
「どうだろうな? 一応上空から一周して、その後麓付近をゆっくり回ってみよう」
「なるほど、それがいいかもね」
数十分後、イルス山脈に到着した私たちは一時間ほどかけてゆっくりと上空を一周した。谷間や洞窟の入り口らしき場所も見て回ったけれど、それらしい姿は見当たらない。
「ねぇ、クロちゃん。何かおかしな魔力とか感じない?」
「いや、特に何も感じぬ」
「じゃあ、次は麓の方を探すか?」
「うん、そうだね……あっ!」
そう言いかけたところで、麓に開けた平原を見つけた。
「とりあえずあの平原で少し休憩しない?」
「そうだな、ずっと飛びっぱなしでクロも疲れてるだろうし」
「むっ。我は疲れておらんぞ。だが昼食なら賛成だ」
「えっ?」
私のマジックバッグには、モニカが作ってくれたお弁当が入っている。
どうやらクロはそれが楽しみなようだ。
思い出したら私もちょっとお腹がすいてきたな。
「うん、じゃあちょっと早いけどお昼にしようか」
「そうするか。早めに食べておいた方がよさそうだしな」
確かに、この後の捜索次第では食事どころではなくなるかもしれない。
食べれる時に食べておいた方がいいよね。
平原に降り立ち、シートを広げる。
そしてその上で、大小二つのバスケットを取り出す。
小さい方は私とアリス、そして大きいバスケットはクロの分だ。
蓋を開けると、そこには美味しそうなサンドイッチが入っていた。
「おお、これは美味そうだ」
クロはポンッと小竜姿になる。
「あれ? なんで小さくなったの?」
「あの姿だと一口で終わってしまうからな」
「……なるほど」
クロなりの食事を楽しむ知恵らしい。
そうして食事を済ませ、私は持ってきた水筒から皆にお茶を注ぐ。
「はい、お茶どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「うむ、いただきます」
私はお茶を飲みながら周囲を見回す。
風が草原を撫でていく。遠くには山々が雄大にそびえ。
空は青く、周囲は驚くほど静かだった。
「なんかのどかでいいねここ」
「そうだなぁ、今度ルーナたちも連れて来てやるか?」
アリスはクロを抱き上げ、そのままごろんと横になる。
「いいね。それならアデルも呼んであげようよ。きっと喜ぶよ」
「ああ。それもいいな」
なんだかピクニックに来たみたいだ。
玄黄という巨大スライムを探している最中だということを忘れそうになる。
……まぁ、もう少し休んだら捜索を再開しよう。
「じゃあ、そろそろ――」
アリスたちに声を掛けようとした、その時。
クロが突然アリスの腕から飛び上がった。
「ん? どうしたクロ?」
「いや、何か匂う」
「どういう事?」
「あれだ!」
クロが指差した方向を見ると、黒い煙が上がっていた。
「あの方向は……」
アリスも慌てて起き上がり、煙の方向を見つめた。
「ああ、銀狼の森だ」
まさか――エルフの国で何か起きたのか?




