■第127話 亡国
アデルの訓練が終わった頃にはお昼になっていた。
昼食を済ませ、一息ついた私たちはラピスの待つ執務室へ向かう。
先頭を歩くアデルは、見るからに疲れていた。
「はぁ……もう腕が上がりません……」
「ふふっ、よく頑張りましたわ」
本当に素振り百回やって。その後に打ち込みまでやったのだから、そりゃ疲れるよね。……まあ、私とアリスの模擬戦を見た直後だったから、妙にやる気になっちゃったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、執務室へ到着した。
――コンコンッ。
「どうぞお入りください」
アデルが扉を開き、私たちは中へ入った。
席に着くと、メイドさんが全員にお茶を淹れてくれる。
そして一礼すると、そのまま部屋を後にした。
「お待たせして申し訳ありませんね。それでは昨日の続きをお話ししましょうか」
ラピスは私たちをぐるりと見回した。
「さて……どこからお話ししましょうか」
「あの、邪教徒の話をお聞きしたいです」
本来はアリスかルーナが話す場面なんだろうけど、気になって思わず私が聞いてしまった。しかし、ラピスは気にした様子もなく話し始める。
「邪教徒の始まりは、およそ六百年前になります」
「六百年前ということはもしかして使徒さまと関連があるんでしょうか?」
「ええ、深く関係しています」
室内に静寂が流れる。
「使徒さまが魔王軍との戦争を止めたお話はご存じですね?」
「あっ、はい」
「使徒さまは侵攻してきた魔王軍と交渉して和平を結びました。しかし――」
ラピスは一度言葉を切る。
「その侵攻によっていくつかの小国が滅んだのです」
小国?
もしかして邪教徒はその子孫とかなのか?
「そして使徒さまは、限られた資源と人員を亡国の復興に割くのではなく、残った国々の安定と発展を優先しました」
なるほど、それが正しい判断なのかは私にはわからないけど。
使徒さまにとっても苦渋の選択だったんだろう。
「しかし、その決断は滅んだ国の生き残りたちに見捨てられたという思いを残しました」
ラピスは静かに目を伏せる。
「また女神教の内部にも、その判断に不満を抱いた者たちがいました」
その言葉に、部屋の空気がわずかに重くなる。
「教団内部にまで……ですか」
ルーナが驚いたように呟く。
「そして、亡国の民や不満を持つ信者たちが魔神を崇拝する教団を作ったのです」
「でも……なぜ魔神を?」
「魔神とは世界の理を壊し、新たな世界を作るための『破壊の神』。彼らはそう信じているのです」
ラピスは淡々と語る。
いやいや、それは発想が極端すぎない?
「世界の理を壊す?」
「ええ。今の世界には貴族と平民、富める者と貧しい者が存在します。彼らはそれを不平等だと考えているのです」
「だから世界を壊すと?」
「はい。一度すべてを壊し、誰もが平等な世界を作る。それが彼らの理想なのです」
それはまた随分ぶっ飛んだ理想だね。
しかし、それが邪教徒の始まりか。
でも思ったより大きな組織なのかもしれないな。
「そして彼らは三百年前、ついに魔神シャトラを呼び出したのです」
魔神シャトラか……前の私が勇者たちと一緒に倒した奴だ。
でもそんな名前だったんだね。
いや、今は名前よりどうやって召喚したかだ。
「しかし、それってどうやって呼び出したんでしょうか?」
「それは未だにわかっていません」
ラピスは小さく首を振った。
「しかし、邪教徒を率いていたファルシア王国の王族は、高位の呪術師の一族だったと伝えられています」
「その、ファルシア王国というのは滅んだ国ですか?」
「はい、元は帝国の北西にあった国です」
ラピスは地図を指さす。
そこは黒龍山脈の麓付近に位置していた。
「なるほど。では何らかの呪術を使って呼び出した、という事でしょうか?」
「おそらくは」
「そしてその邪教徒は今、玄黄を探しているのですわよね?」
静かに話を聞いていたアリスが口を開いた。
「もしや、玄黄を魔神にする方法が見つかったのかもしれませんね」
ルーナが私に視線を向ける。
「うん。そろそろ起きる頃みたいだし、なんとか邪教徒より先に見つけ出したいんですが。どのあたりにいるか見当はつかないでしょうか?」
でも、玄黄は巨大なスライムなんだよね?
そんな巨大な生き物が見つからずに隠れられるものなのか?
なにかに擬態してるとか?
「そうですね、百年前はアトレイユの町。そして五十年前はシルフィード」
ラピスは地図の上を指でなぞる。
ふと、その中心に山があるのに気づいた。
「あの、この山って?」
「イルス山脈ですね、グリフォンなどが生息している場所です」
「アトレイユとシルフィードの中間くらいですよね?」
「はい。ですが、この辺りも捜索しましたが、見つかっていません」
「何かに擬態してるってことはないですかね? 例えば大きな丘とか山とかに」
するとラピスは顎に手を当て思考する。
「なるほど、その可能性はありますね。しかし、それでは見つけ出すのは困難なのではないでしょうか?」
「はい、普通ならそうでしょうね」
私はクロに目を向ける。
黒龍であるクロは、人間より遥かに優れた魔力感知能力を持っている。
もしかしたら――。
「ねぇ、クロちゃん」
「何だ、主よ?」
「玄黄に会ったことあるんだよね? 近くに居たら擬態してても見つけられたりしないかな?」
「うむ、近づけば魔力でわかるが……魔力を抑えていたら、かなり近くでないと難しいかもしれん」
「どのくらい近づけば分かるの?」
「やってみなければわからん」
うーん、やっぱり難しいか。
いや、でも私たちはしばらくこのシルフィードに滞在するんだ。
時間はある。
だったら夜中にちょっと見て来るくらいならいいよね?




