■第124話 肉があれば平和です
客室に入ると、エルフの国らしく室内にもたくさんの鉢植えの植物が並んでいた。正面には広いバルコニーまである。そこから見えるシルフィードの街は、まるでアニメや映画の中の世界みたいだった。
「うわぁ、緑がいっぱいで綺麗なお部屋だね。それに景色も凄いし」
「ふふっ、私たちは自然と共に暮らす種族ですから」
アデルは嬉しそうに笑った。
私たちは席に着き、少し待っているとドアがノックされた。
メイドさんがお茶を運んできてくれたようだ。
それぞれの前にカップが置かれていく。
すると、アデルが少し照れ臭そうにアリスに話しかける。
「あの……もしよろしければ、私もご一緒していいでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ」
「わぁ、ありがとうございます」
アデルは嬉しそうに頭を下げ、アリスの隣へ腰を下ろした。
「実は私、アリスレート殿下にずっと憧れてたんです」
「えっ、私にですの?」
「はい、女性なのに強くて、それに勇者になっちゃうなんて本当に凄いです」
「あっ、あら。そうでしょうか?」
アリスは見るからに嬉しそうに頬を緩めている。
その様子を眺めながら、私は思った。
いや、その人はお姫さまが憧れちゃダメな人ですよ。
今のお姫さまモードは演技で、本性はバーサーカーなんですよ?
「クレア、何か失礼なこと考えてませんか?」
そんなことを考えていたら、アリスに睨まれた。
「えっ!? いやいや、とんでもございません」
私は両手と首を全力で振って否定する。
なんかどんどん、勘が鋭くなってる気がする。
勇者になったことで心を読むスキルでも身に着けたんだろうか?
「よろしければ今度剣術を教えてください」
「ええ、構いませんが。アデル殿下も剣術を?」
「はい、といってもあまり才能はないみたいなのですが」
「ふふっ、わかりました。では滞在中、時間があればお教えしますわ」
「ほんとですか! 嬉しいです」
アデルはアリスの手を取って、目を輝かせている。
うん、いいね! 何この幸せ空間。
しかし、剣術か……私は見に行かないようにしよう。
またアリスに手合わせしろとか言われそうだし。
その後もしばらく、私たちはアデルと楽しくお話をしながら過ごしていた。
すると――。
コンコンッ。
ノックの音が響いた。
「皆さま、歓迎会の準備が出来ました」
メイドさんが扉の向こうから告げる。
するとアデルが先に立ち上がり、扉へ向かう。
そして、くるっと振り返った。
「では私がご案内しますね」
「ええ、ではお願いしますわ」
私たちはアデルの後について部屋を出る。
しかし、向かったのは下の階ではなかった。
なぜか階段をどんどん上っていく。
……どこへ行くんだろう?
そんな疑問を抱えたままついていくと、やがてアデルが一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらが会場になります」
そう言ってアデルが扉を開く。
次の瞬間、私は思わず息を呑んだ。
「うわぁ……」
そこは花々に囲まれた広大な空中庭園だった。
頭上には満天の星空。
正面には、夜空に届きそうな巨大な神樹。
魔道灯の明かりと神樹から零れる淡い光が庭園を照らし、幻想的な光景を作り出している。まさに神話の世界のようだった。
「ふふっ、シルフィードでは歓迎会や祝い事は屋上庭園で開くことが多いんです」
「これは……素敵な庭園ですわね」
「ええ。本当に絵物語の中にいるようですね」
アリスとルーナも立ち尽くしてその光景に見惚れていた。
「さっ、皆さま。こちらにどうぞ」
「あっ、はい」
アデルに案内され歩いて行くと、庭園の中央には長い木製のテーブルが並べられていた。今まで参加した歓迎会は立食形式ばかりだったけど、どうやらシルフィードでは全員が着席して食事を楽しむみたいだ。
すでに何人かが席についていた。
若者に見える者もいれば、年輪を感じさせる白髪の者もいる。
もっとも、エルフの年齢なんて見た目ではまったく分からないけど。
私たちが席に着くと、入り口からラピスが現れ、その後ろからまるで主賓のような顔をした銀狼も入ってきた。ラピスがアリスの向かいの席に着くと、銀狼も慣れた様子でその隣に陣取った。
「アリスレート殿。新たなる勇者の誕生、我らエルフ一同心からお祝い申し上げます」
ラピスはグラスを手に穏やかに微笑んだ。
するとアリスが立ち上がる。
「ありがとうございます、皆さまのご期待に沿えるよう精進してまいります」
「ふふっ、堅苦しい話はここまでにしましょう。今日はどうかシルフィードの料理を楽しんでください」
ラピスの言葉を合図に、料理が運ばれてくる。
何が出てくるのかとワクワクしていると、最初にやってきたのはサラダだった。
細いもやしのような……これはアルファルファサラダかな?
「うわぁ、これとっても美味しそう」
セレナは大喜びだった。
まぁ、アルファルファはセレナの大好物だもんね。
しかし、その隣では――。
「ふむ、肉ではないのか……」
クロは露骨に残念そうな顔をしていた。
……あれ?
なんだか、どこかで聞いたような台詞だ。
そう思って隣を見る。
「ふむ、肉ではないのか……」
銀狼も、まったく同じことを言っていた。
「あれ? デジャビュ?」
どうやらこの二人、食べ物の好みまでそっくりらしい。
「あの、ラピス陛下。いつも銀狼さんと一緒に食事をしてるんですか?」
「いえ、そう言うわけではないのですが。先ほど勝手にいなくなってしまったのでしばらく私の傍を離れないよう言ってあるのです」
「ああ、なるほど」
すると、銀狼が不満そうに鼻を鳴らした。
「仕方あるまい。黒龍がエルフを襲いに来たと思ったのだからな」
「ふん、我がそんなことをするはずがないではないか」
クロも負けじと不満そうな顔をする。
「百年前にもこの国を襲いに来たではないか」
「えっ? クロちゃんそれほんと?」
「あの時は暇だったから、ちょっと貴様と戦おうと思って来ただけだ」
「世間ではそれを『襲撃』って言うんだよ?」
思わずツッコんでしまった。どうやらクロには、国を襲うことと遊びに行くことの区別がついていないらしい。
「っていうか、二人とも戦ったの?」
「うむ」
「ちなみにどっちが勝ったの?」
「我だ!」
「吾輩だ!」
二人がほぼ同時に答えた。
「……え?」
私は思わず二人の顔を見比べる。
どうやら、勝敗については意見が一致していないらしい。
「いや、どっちか一人しか勝てないよね?」
「当然、我に決まっている」
「何を言う。吾輩が勝ったに決まっているであろう」
「……もしかして、引き分けだったんじゃないの?」
「「違う!」」
二人の声が綺麗に重なった。
……仲がいいのか悪いのか、よく分からない二人だ。
「ならば今ここで決着をつけるか?」
「望むところである」
「ええっ、いや。ちょっと待って……」
クロと銀狼が立ち上がろうとしたその時。
――パン!
ラピスが手を叩いた。
そして近くにいたメイドへ視線を向ける。
「銀狼殿とその少女に肉料理を」
「「おお!」」
クロと銀狼の前に、山盛りの肉料理がドンッと置かれた。
「お二人とも、二度と喧嘩をしないと約束できるならこの料理を食べていいですよ」
「「うむ、わかった!」」
早い……二人とも即答であった。
「……それでいいのか?」
二人はもう肉しか見ていないようだ。
さっきまでの勝負なんて、最初から存在しなかったかのように。
まあ……平和になったならいいか。
どうやらこの国では、最強クラスの魔獣二匹ですら――。
肉があれば平和です。




