■第122話 長命種
神樹を眺めながら進むこと数時間。近づけば近づくほど、その大きさは異常だった。もう木というより山である。
まるで天を支えているような、そんな神樹の麓に、シルフィードの城壁が見えてきた。石造りの美しい城壁だ。長い年月を経た蔦や苔が絡みつき、森そのものと一体化している。いかにもエルフの国という感じで実に良い。
門番たちはアデルたちの姿を見つけると慌てて駆け寄った。
少し話をした後、巨大な門がゆっくり開く。
「うわぁ、綺麗なところだねぇ」
正面には天に届きそうな巨大な神樹。
石畳の周囲には草花や大きなキノコのようなものまで生えていて、まるでお伽話に出てくる妖精の住処のような雰囲気だった。
「凄い! まさにファンタジーの世界だ!」
「ふぁんたじー?」
アリスが怪訝な表情で首を傾げていた。
「えっと……こう、夢と希望に満ちた感じ?」
「はぁ、よく分かりませんわね」
やっぱりこっちの人には通じないか。
でもこんな景色見たらテンション上がっちゃうのはしょうがないでしょ?
エルフの国なんてファンタジー好きの聖地みたいなものだよ。
「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいです」
そんな私を見てアデルはどこか誇らしげに微笑んだ。
「でも、本当に大自然に包まれた美しい街ですね」
ルーナが窓から景色を眺め呟く。
「うん、美味しそうな草がたくさん生えてるね」
セレナは違う方向で嬉しそうだった。
「セレナ……あれは食べちゃダメだよ?」
「えっ、そうなの?」
四大魔獣ってみんな食欲が強すぎじゃないか?
そんなことを話しているうちに馬車は街の奥へと進んでいき、神樹の巨大な根に守られるように建つ白いお城に到着した。
城門前で馬車を降りると、アデルが入り口を手で指し示す。
「では、私がご案内いたしますので」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
アリスが頷く。
そのまま私たちは城内へと足を踏み入れた。
案内されたのは謁見の間ではなく、執務室らしき部屋だった。
コンコンッ。
「お母さま、アリスレート殿下ご一行をお連れいたしました」
「お入りなさい」
扉を開き室内に入る。
中にいたのは、長い金髪と尖った耳を持つ美しい女性だった。
額冠にはめられた宝石がきらりと輝いている。
いかにもエルフの女王さまといった雰囲気だ。
だが見た目は二十代前半くらいでアデルのお母さんというより、お姉さんと言われた方が納得してしまいそうだ。
「ようこそシルフィードへ。私が女王ラピスです。まずはお座りください」
「お初にお目にかかります、アリスレート・ラフローグでございます」
「ルーナ・メーティスでございます。ラピス陛下、お会いできて光栄です」
アリスとルーナが優雅に一礼し、ソファへ腰掛ける。
私たちはその後ろに控えた。
そして対面にラピスとアデルが座った。
「娘と銀狼殿がお世話になったようですね」
ラピスが銀狼に視線を向ける。
そう、なぜか銀狼もここまでついて来たのである。
当たり前のように部屋の隅へ陣取り、すでにくつろぎモードだ。
いや、ほんとになんで?
「いえいえ、道中の案内をしていただきとても助かりましたわ」
「ええ、アデル殿下ともたくさんお話が出来て楽しかったですよ」
アリスとルーナがそう言いながら軽く頭を下げる。
「ふふっ、それは何よりです」
ラピスが表情を緩める。
すると、アリスが一度私に視線を向けた。
どうやら本題に入るらしい。
私は静かに頷いた。
「あの陛下」
「はい、なんでしょう?」
「玄黄についてお調べになっていると聞いたのですが」
その後、アリスは玄黄の件と邪教徒たちの動向について順を追って説明した。
「なるほど……そのような状況なのですね」
話を聞き終わるとラピスは静かに目を閉じる。
「はい、何か手掛かりがあれば教えていただきたいのですわ」
「五十年前、この国は玄黄に襲われました。その時、私が神聖魔法で応戦すると玄黄は逃げていったのです」
「神聖魔法ですか?」
アリスが僅かに眉を上げ、ルーナも真剣な表情でラピスの言葉に耳を傾けていた。
「ええ、おそらく神聖魔法が弱点なのではないかと」
「おおっ!」
思わず声が出た。
よかった。
玄黄にもちゃんと弱点はあるらしい。
ゲームでも絶対倒せない敵なんて存在しないもんね。
「ただ……それでもほとんどダメージは与えられていなかったと思います」
ラピスは残念そうに目を伏せた。
だが神聖魔法が弱点、それを聞いて私は少し納得した。
玄黄がセレナを襲わなかった理由。
セレナは魔獣だが光属性を持っていて、神聖魔法も使える。
アトレイユの神殿もおそらく同じ理由だろう。
神聖魔法の気配が残っていたから食べなかったんだ。
「しかしダメージを与えられなかった、ですか……」
ルーナが呟く。
「ええ、聖女殿の最上位の神聖魔法ならあるいは倒せるかもしれませんが、私では退けるのが精一杯でした」
最上位の神聖魔法か、調和の加護を得た今のルーナならたぶん使えるだろう。
そして――それは私も使える。
なんだか少し希望が見えてきたかも。
「最上位ですか……」
ルーナが少し不安そうな顔をしていた。
「今のルーナさんなら大丈夫だよ」
「クレアさん、ありがとうございます」
そう言うと、ルーナは顔を上げてラピスに向き合った。
「それで、玄黄が今どこにいるかはわかりませんか?」
「残念ながら分かりません」
「そうですか……」
「ですが、一つだけ分かったことがあります」
ラピスは指を組む。
「玄黄は五十年周期で現れているのです」
「五十年?」
「はい。過去の記録を調べる限り、五十年ごとに各地を襲っています」
私は思わず口を挟んでしまった。
「それって、おなか一杯になったらどこかで眠って、空腹になったら街を襲ってるってことでしょうか?」
「おそらく、その周期が五十年なのだと思います」
ラピスは真面目な顔で頷いた。
「以前エルフの国が襲われたのが五十年前ということは……」
「記録が正しければ、そろそろ目覚める頃でしょう」
部屋の空気が張り詰めた。
ということは、もうあまり時間がないのか。
なんとかして邪教徒より先に見つけないと。
そんなことを考えていたらラピスがジッと私を見ていた。
あっ、護衛なのに出しゃばりすぎたかな?
そう思っていたら、ラピスから思いもよらない言葉が出た。
「ところで、クレア殿。吸血鬼のあなたがなぜアリスレート殿下と共にいるのです?」
「えっ?」
一瞬理解できなかったけど、吸血鬼って言った?
まさかこの人、私のこと知ってるの?
エルフに会えたことに興奮して失念していた。
彼女もまた、長命種であることを。




