■第119話 シルフィードの女王
夕食を終えた私たちは、お茶を飲みながら一息ついていた。
テーブルの横では、銀狼が満足そうに横になっている。
帰る様子はない、いつまでここにいるんだろうね?
いや、別にいいんだけどさ。
四大魔獣が野営地でくつろいでる光景、普通なら大事件のはずなんだけど。
なぜかここにいる全員、誰も気にしてない。
慣れって怖いね。
そんなことを考えていたら、ふと邪教徒が銀狼も狙ってる可能性があることを思い出した。せっかく傍にいるわけだし、少し話をしてみようかな。
「あの、銀狼さん。ちょっといいですか?」
「ん? なんだ?」
「最近、変な人がきたりしませんでしたか?」
「変な人間?」
「はい。黒いローブ着てたり……なんか怪しい勧誘とかしてきたり?」
「怪しい勧誘とはなんだ?」
「えーと、たとえば『この入信書にサインしてください』みたいな」
「入信書?」
「ああ、いや。まぁ、わからないですよね……はははっ」
自分で言ってて意味不明だった。
いや、どう聞いたらいいのかわからなくてね……。
すると銀狼は少し考え込む。
「ふむ、おかしな人間なら少し前に来おったぞ」
「えっ!」
私は思わず身を乗り出した。
「それってどんな?」
「黒いローブを纏った者達だ」
「胸の所に三日月のような紋章がついてませんでしたか?」
「うむ、確かそのようなものがあったな」
ビンゴだ!
間違いなくあの時の黒ローブの男だ。
やっぱり銀狼にも接触していたのか。
「知り合いか?」
銀狼の黄金色の瞳がじろりと向く。
「いえ、私たちもそいつらを探してるんです」
私はこれまでの経緯を説明した。
邪教徒が四大魔獣を狙っていたことや、私はやつらの目的を阻止するために今は玄黄を探していることを話した。
「なるほど、そういうことであったか」
銀狼は納得したように頷いた。
「はい、それでその人たちは何をしたんでしょうか?」
「吾輩を従えようとしていたな、ビーストテイマーの男が妙な魔道具を使ってな」
「それって、どんな魔道具でした?」
「よく分からんが、黒い玉のような魔道具だったな。あれを吾輩に向けて何かしておった」
「玉? 魔の森で魔獣を操ってたやつかな? それっていつ頃ですか?」
「ひと月ほど前だ」
私たちが魔の森で襲われるより前か。
でも同じ魔道具かもしれないし、一応後でノエルに連絡しておこう。
「それで、その後はどうなったんです?」
「むろん、追い返した」
「なるほど……ちなみに、他には何か言ってませんでしたか?」
「ふむ、そうだな」
銀狼は目を閉じる。
しばらくして、ぽつりと言った。
「たしか吾輩を玄黄の餌にする、とかいっておったな」
「餌?」
私が首を傾げていると、静かに聞いていたアリスが口を開いた。
「なるほど。そういうことですのね」
「えっ? 今の話で何かわかったの?」
「邪教徒は玄黄に他の四大魔獣を取り込ませようとしていたのでは?」
「取り込ませる?」
「要するに食べさせるということですわ」
「それって、もしかして玄黄に他の四大魔獣を食べさせて邪神にしようとしてるってこと?」
私とアリスが話していると、ルーナが顎に手を当て、視線を落とす。
「正確には、していた、でしょうね。私たちがセレナとクロさんを従えたので今は計画を変更してるのではないかしら?」
「じゃあ、今は玄黄を見つけ出して別の方法で邪神にしようとしてるのかな?」
「そうかもしれませんね。ですが、そんな方法があるとも思えませんが……」
ルーナが首を振る。
すると、静かに話を聞いてきた銀狼が顔を上げた。
「ふむ、邪神のことはわからんが玄黄のことならラピスに聞けばよいのではないか?」
「えっ、らぴす?」
誰それ?
新キャラ?
「ラピス陛下が玄黄のことをご存じですの?」
アリスが驚いたように目を見開く。
「うむ」
銀狼は当然のように頷いた。
「玄黄のやつは五十年ほど前にエルフの国にもきおったからな」
「えっ、まさかエルフの国が襲われたんですか?」
「その時は吾輩とエルフの戦士たちで追い返したが。ラピスはそれ以来、玄黄について調べておったようだぞ」
追い返したのか、さすが四大魔獣だな。
「詳しいことはラピスから聞くがよい」
「つまり、かなり詳しいってことですか?」
「うむ、そうだな。では吾輩は少し寝る」
銀狼は大きく欠伸をして、そのまま丸くなって寝てしまった。
マイペースだな……やっぱりでっかいわんこだ。
「ところで、ラピスっていうのはエルフの王さまなの?」
私が尋ねると、アリスが答えた。
「ええ。シルフィードの女王、ラピス・シルフィード陛下ですわ」
おお、女王さまなのか。
エルフだしきっと美人なんだろうな、ちょっと楽しみが増えた。
いや、今はそれどころじゃないか。
「じゃあ、エルフの国に着いたら話を聞いてみようか?」
「ええ。それが一番早そうですわね」
アリスが頷く。
ふと見ると、クロとセレナが眠そうな顔をしていた。
「では、そろそろ私たちも休みましょうか」
たしかに、もういい時間だ。
ルーナがそっとセレナに手を差し伸べる。
「セレナ、テントに行って寝ましょう」
「……うん」
「ほら、クロも行きますわよ」
「うむ」
「ではクレア、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
アリスたちがテントへ向かう。
私も椅子から立ち上がり、馬車へ戻って座席に横になった。
――ふぅ。
今日は色々ありすぎたな……なぜか銀狼に会ったし。
というかこの場所に四大魔獣が三匹も集まってるし。
冷静に考えると情報量が多すぎるよね。
でもエルフの国に行けば玄黄の情報が手に入るかもしれない。
そんなことを考えながら目を閉じようとした。
「あっ!」
そうだ、ノエルに報告だけでもしておかなきゃ。
あの人の事だし、たぶんまだ起きてるよね?
私は慌ててマギフォンを取り出し、ノエルにかけてみる。
――ピピッ、ピピッ。
発信音が静かに響く。
――ピッ
『クレア殿かい?』
即出たよ。
やっぱり起きてた。
「ノエル殿下。まだ起きてました?」
『ああ、まだ起きてたよ。それにしてもこんなに早く連絡が来るとは思わなかったよ。何かあったのかい?』
私は銀狼と出会ったこと、邪教徒の接触、黒い玉の魔道具、そして玄黄の話をまとめて説明した。話を聞き終えたノエルが感心したように言う。
『なるほど、銀狼か。四大魔獣と普通に話をしているあたり、つくづく君は凄いね』
「いや、私は別に何もしてないんですが?」
『ははっ、わかったよ。ではラピス陛下から玄黄の話を聞いたらまた連絡してくれたまえ。報告ありがとう』
「いえいえ、それではまた」
――ピッ。
簡単な報告だが、今はこれで十分だろう。
私はマギフォンをしまい、窓の外を見上げる。
夜空に大きな月が浮かんでいた。
明日はいよいよエルフの国だ。
私は座席に横になり、そっと目を閉じた。




