■第117話 銀狼の森
私たちはその日の夜のうちに出発の準備を整え、その日はゆっくり休んだ。
そして翌日。
次の目的地――エルフの国シルフィードへ向かうため、正門へと向かっていた。
「ノエル殿下わざわざお見送りありがとうございます」
「いやいや。またいつでも遊びに来てくれたまえ」
アリスとノエルが話しているうちに、馬車の待つ正門へ到着した。
騎士たちもすでに準備を終えている。
ちなみにティアとレノアは今日で帝国へ帰還するため、ここで一旦お別れだ。
「それではクレアさん、帝国でお帰りをお待ちしていますね」
「うん、ティアさんも気を付けて」
「モニカも元気でね~。帰ったらちゃんとお姉ちゃんのとこにも遊びにきなさいよ?」
「あっ、はい」
レノアに抱き締められながら、モニカがいつも通りの薄い反応を返していた。
なお、洗濯用魔道具は先に帝国へ運ぶためティアの馬車に積まれている。
そのせいかティアはとても幸せそうな顔をしていた。
新しい魔道具を手に入れた魔道具オタクは強い。
「さあ、では行きましょう」
アリスはそう言って馬車に乗る。
「ノエル殿下、ではまた何かわかればマギフォンで連絡お願いしますね」
「うん、もちろんだよ」
私も挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。
ゆっくりと動き出し、手を振るノエルの姿が小さくなっていく。
ルミナスもなんだかんだ賑やかで楽しかったな。
出来ればまたみんなでお茶でも飲みながら話したいと思った。
そして、その日の夕方。
私たちは『銀狼の森』と呼ばれる森の入口へ到着していた。
周囲に町や村はない。
森の中で野営をするのは危険らしく、今日は森へ入る前に野営するようだ。
初めての野営だ。
いや、この世界に来たときに森の中の祠で何日か過ごしたけどあれは野営じゃなくて野宿だからね。ちゃんとした野営は今回が初だ。
騎士たちはアリス、ルーナ、モニカが寝るためのテントの準備をしている。私とクロ、セレナは馬車で寝るんだけど、たぶんクロはアリスと、セレナはルーナと一緒に寝るから実質馬車で寝るのは私一人だ。
いや、別に寂しくないけど?
……全然寂しくないけど?
「野営ってごはんはどうするの?」
「そうだな、普通は保存食なんだけど」
そう言ったアリスが、ふっと森へ視線を向ける。ちなみに馬車の中は私たちだけなので、アリスも久々にお姫さまモードを解除している。
「せっかくだから何か狩るか?」
そう言いながらニヤッと笑う。
あっ、狩りがしたいんだな。
「じゃあちょっとだけ森に行ってみる?」
「ああ、そうしよう」
即答だった。
アリスが嬉しそうに聖剣を手に取る。
私たちが馬車を降りると、エルネアが気付いた。
「あっ、エルネアさん。ちょっと晩ごはん狩ってきます」
「はっ?」
エルネアは一瞬固まっていたが、すぐに再起動した。
「いやいや、ちょっと待ってください」
「なんですの?」
アリスが首を傾げる。
「なんですの? ではありませんよ……はぁ」
エルネアはため息をつき、あきらめたように顔を上げた。
「わかりました、ではせめて私の同行を許可してください」
「ええ、いいですわよ」
そんなわけで、エルネアも一緒に森に入る。
まぁ、そんなに奥までは行かないけどね。
私は、気配察知を発動して魔獣を探す。
すると。
「あれ? なんかこっちに向かってきてる?」
そう呟いた瞬間。
ゾクリ、と背筋が震えた。
気配は凄まじい速度でこちらへ近づいてくる。
地面が微かに震え始めた。
「なんですの、この気配は?」
「何か来ます、警戒を!」
アリスとエルネアが即座に剣を抜く。
「セレナ、ルーナさんとモニカを守って」
とっさにセレナに声を掛けた。
「うん、任せて!」
これは……クロの時と同じような圧倒的な魔力だ。
まさか、邪教徒が何か仕掛けてきたのか?
そう思っていたら。
「主よ、大丈夫だ」
クロが落ち着いた様子でそう言った。
「えっ? クロちゃんそれどういうこと?」
「おそらく、あやつが我とセレナに気づいたのだろう」
「あやつ?」
――ウォォォッ!
森全体を揺らすような咆哮が響き、私たちは思わず耳を抑える。
そして、木々の隙間から巨大な影が姿を現した。
一本一本の木々が小枝に見えるほどの巨体。
月光のような白銀の毛並み。
そして黄金色の瞳。
「うむ、銀狼だ」
クロが呟く。
そこにいたのは、四大魔獣の一角、銀狼であった。
いや、これ……。
どう見てもフェンリルだよね?
「黒龍か、この森に何をしに来た?」
銀狼が低い声で問いかける。
あっ、やっぱり普通に喋るんだ。
今のクロは人の姿だけど分かるもんなんだね。
「我らはエルフの国を目指しておる」
「なに? 貴様、エルフの国を襲いに来たか?」
銀狼が牙をむいて威嚇する。
「そうではない、今はこの森で狩りをしているだけだ」
「狩り?」
銀狼はクロとセレナを交互に見る。
「……なるほど。確かに、貴様らからは戦う意思を感じない」
銀狼の威嚇が少しだけ弱まった。
「あの、銀狼さん」
私はとりあえず話をしてみることにした。
「何だ貴様は?」
「私はクレア、このクロちゃんの主です。今はアリスレート殿下と共にエルフの国へ向かってる途中なんです」
「ああ、そういえばエルフたちがそんな話をしていたな」
そして銀狼はクロへ視線を向ける。
「しかし、まさか黒龍が人間に従っているのか?」
「銀狼よ、主は人間ではないぞ」
「何?」
「ああ、私はその、吸血鬼です」
「なるほど……たしかに膨大な魔力を感じるな」
そして銀狼は少し考えるように目を閉じる。
「貴様らはエルフに危害を加えに来たのではないのだな?」
「はい、私たちは友好関係を結ぶためにエルフの国に向かってます」
「相分かった。では、狩りの邪魔をした詫びだ。吾輩が何か獲ってきてやろう」
そう言い残し、銀狼は森の奥に消えていった。
全員が呆然としていたその時。
私はぽつりと呟いた。
「四大魔獣って、意外と礼儀正しいんだね」




