■第112話 ルミナス国王との晩餐
メイドに案内されて、城の奥深くへと進む。
やがて私たちが案内されたのは、小さなプライベートダイニングだった。
国王が限られた身内や側近を招き、非公式な食事会をする場所らしい。
つまり――。
表には出せない話をするには、うってつけの場所ということだ。
「ここで食事をするんですか?」
思わず尋ねる。
「そうだよ。父上は大人数での晩餐より、こういう落ち着いた場所を好むんだ」
ノエルがそう答える。
なるほど。
思っていたよりも、ずっと落ち着いた食事会になりそうだ。
メイドがノックをして扉を開く。
中には二人の人物が待っていた。
一人は白髪を後ろへ流し、眼鏡をかけた男性。
立派な口ひげに、落ち着いた佇まい。
鋭い眼差しも相まって、いかにも国王陛下という雰囲気だ。
そして、もう一人は――。
癖のある短い緑髪の若い男性だった。
……なんだろう。
あまり王子さまっぽくない。
シオン殿下のようなキラキラした王子さまオーラも出てない。
いや、でもたぶんこの人が王子さまなんだよね?
私がそんな失礼なことを考えていると、アリスが優雅に一礼した。
「お招き感謝いたしますわ。アリスレート・ラフローグでございます」
続いてルーナも頭を下げる。
「聖公国の聖女ルーナ・メーティスでございます」
二人の挨拶を受け、国王が穏やかに微笑んだ。
「うむ、アリスレート殿下、そして聖女ルーナ殿。はるばるようこそ。私が魔法国家ルミナス国王アルベール・ルミナスだ」
続いて、緑髪の男性も胸に手を当てる。
「初めまして。魔法国家ルミナスの王太子、エミール・ルミナスです」
そしてエミールがテーブルを手で示した。
「皆さん、どうぞお掛けください。今日は堅苦しい挨拶は抜きにして、ゆっくり食事を楽しんでいただければと思います」
そして全員が席に着くと、アルベールがグラスを掲げる。
「アリスレート殿下の勇者就任、ルミナスは心からお祝い申し上げる」
……あれ?
堅苦しい挨拶、抜きじゃなかったっけ?
まぁ、アリスの勇者就任だし、このくらいの祝いの言葉はあるか。
私は何も言わず、周りに合わせてグラスを掲げた。
乾杯を終えると、料理が次々と運ばれてくる。
前菜には、色鮮やかな野菜やとろみのあるスープなどが並んだ。
ポタージュスープだろうか?
「これは……美味しそうですね」
思わず声が漏れる。
「実はその食器も魔道具なんだよ」
エミールが教えてくれる。
「えっ、これも?」
私はスープの器を眺める。
「うん。温度を一定に保てるようになってるんだよ」
さすが魔法国家だね。
食事にまで魔道具を使うのか。
……ちょっと欲しいかも。
スープとサラダを楽しんでいると、今度は肉料理が運ばれてきた。
「うわぁ、いい香りですね」
香辛料の香りが食欲を刺激する。
なんの肉かは分からないけど、とにかく美味しそうだ。
「あっ、ボクお肉はちょっと」
セレナが困ったように声を上げる。
「すみません、彼女には野菜をお願いします」
ルーナがメイドさんに声を掛ける。
「ではその肉は我が頂こう」
クロが肉の皿を自分の前へ引き寄せる。
迷いのない素早い動きだ。
そんなやり取りを見てエミールが首を傾げる。
「そういえばそちらのお二人は?」
私とアリスが顔を見合わせる。
今はメイドさんたちもいるし説明は後の方がいいだろう。
「こちらはクロとセレナですわ。少々込み入った事情がありますので、詳しい話は後ほど」
アリスがそう言って目を伏せる。
「分かりました」
エミールは素直に頷いた。
そして食事が終わると、メイドが全員にお茶を入れてくれた。
「それでは、皆には席を外してもらおう」
アルベールの言葉を聞き、メイドたちは一礼して退室した。
扉が閉まる。
部屋に残ったのは、私たちだけだ。
「さて、では詳しい話を始めようか」
エミールが再びクロとセレナに目を向ける。
チラッとアリスの方を見ると、静かに頷いた。
「では、まずは私がご説明します」
話し始めると、全員の視線が私に向く。
うっ……。
やっぱり緊張する。
できればアリスに代わってもらいたい。
でも、私も少しはこういう場に慣れないと。
「えっと、クロちゃ……クロとセレナは、四大魔獣なんです」
一瞬、部屋が静まり返る。
「なんと……四大魔獣?」
アルベールの表情が変わる。
「はい。クロは黒龍。そしてセレナは――」
「ボクが白羊だよ」
セレナが堂々とした口調でそう言った。
「うむ、我が黒龍である」
クロはいつも通りだ。
「黒龍と白羊……か」
アルベールが二人をじっと見つめる。
「普通の女の子にしか見えないけど……彼女たちが本当に四大魔獣なのかい?」
エミールも興味深そうに二人を見つめる。
「うむ」
クロが即答した。
「ずっと昔から存在すると聞いていたけど、まさか実際に会えるなんて」
エミールがクロへ顔を近づける。
その目にあるのは、恐怖ではない。
純粋な好奇心だった。
それを見て、私は少しだけ安心した。
だけど……ちょっと近くない?
「少し触ってみてもいいかい?」
エミールが手を伸ばした。
「――ダメです!」
思わず即座に制止した。
お客さん。
ウチはおさわり禁止ですよ!
「ああ、これは申し訳ない。四大魔獣を間近で見るのは初めてだから、つい」
うん、まぁ普通は間近で見ることなんてないだろうけど。
……やっぱり、この人もノエル殿下と同じ人種なのかな?
「エミール、今は客人との話の途中だ。少し落ち着きなさい」
「はい……失礼しました」
エミールが一歩下がる。
やっぱり国王陛下は落ち着いている。
「それで、なぜ四大魔獣が勇者殿下と行動を共にしているのかな?」
「はい、それは私がお話しいたしますわ」
アリスが説明を始める。
クロとセレナを従魔にした経緯。
二人が自分の意思で私たちと行動していること。
そして、邪教徒が魔道具を使い、四大魔獣を利用しようとしていること。
現在、邪教徒が玄黄を探している可能性があること。
アリスは一つずつ、丁寧に説明していった。
「そうか……」
話を聞き終えたアルベールが、静かに息を吐く。
「事情は理解した。ならば、ルミナスも無関係ではいられんな」
「はい、ルミナスでも邪教徒の事を調べているとお聞きしました」
「その件なのですが」
エミールが話に割り込んだ。
「邪教徒に関する直接的な情報は、まだありません。ただ……少し気になることがありまして」
「気になることですか?」
「実は最近、我が国の優秀な魔道具職人が行方不明になっています」
「行方不明?」
「ええ。レステアという、魔道具の改良を得意としていた職人です」
「それって、じゃあノエル殿下の魔道具を改良したのは……」
私は思わず声をあげた。
「まだ確証はありません。彼が邪教徒と関係していたという証拠もありませんから」
「なるほど……」
「彼が最後に研究していたものなのですが」
エミールがそこで言葉を切る。
そして、静かに告げた。
「魔力を持つ生物の精神に干渉する魔道具です」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
あの首輪が頭をよぎった。
グリフォンに嵌められていた、あの隷従の首輪。
「精神に……干渉?」
「はい。相手の意思を奪い、命令に従わせるための魔道具です」
「それって……」
私は思わずクロとセレナを見る。
邪教徒が使っていた魔道具と同じだ。
「レステアって人は、その魔道具を完成させていたんですか?」
「いえ、完成には至らなかったようです」
エミールは首を横に振る。
「彼が行方不明になった後、工房にはいくつかの資料が残されていました。それを見る限りではどれも不完全です」
「それは、どのような資料ですか?」
「彼が改良を試みていた魔道具の資料です。その中にはこんなものもありましたよ」
エミールが一枚の資料を取り出す。
そして、私たちの前に広げた。
そこに描かれていたのは――。
「えっ……これって」
ものすごく見覚えのある形だった。
黒いベルトに金字で描かれた文様、金属製の留め金。
見間違えるはずがない。
私はそっと自分の首に触れる。
今はスカーフで隠しているが、私の首にあるものと同じだ。
そして、グリフォンに嵌められていたものとも――。
「隷従の首輪です」
エミールが静かに告げた。




