■第111話 晩餐前のひと時
魔道温泉は本当に最高だった。
なんだか体が軽くなったようだし、お肌もすべすべになっている。
ノエルとティアまで、心なしかキラキラ輝いて見える。
……いや、たぶん気のせいじゃない。
魔道温泉、恐るべし。
お風呂から上がった私たちは、一度部屋へ戻って身支度を整えた。
この後は、ルミナスの国王陛下や王子さまとの晩餐会がある。
とはいえ、邪教徒について話し合うのが目的ではない。今回はあくまでも、アリスが勇者になったことをルミナスに知らせるための訪問だ。なので軽く挨拶をして食事をするだけらしい。
まだ少し時間があるので、部屋でのんびりしていると。
コンコンッとノックの音が聞こえた。
「殿下、失礼いたします」
扉が開くと、エルネアが入ってきた。
「エルネアさん、どうしました?」
アリスが尋ねると、エルネアが一通の手紙を差し出した。
「先ほど帝国からの使者が参りました。ジルベール宰相からだそうです」
「ありがとうございます」
アリスが手紙を受け取り、封を切る。
そして、真剣な表情で読み進める。
「……なるほど」
読み終えると、エルネアへ顔を向けた。
「ありがとうございます。後程返事を書きますので、それまでゆっくりしてください」
「はっ。では、失礼いたします」
一礼してエルネアは部屋を出ていった。
「なんて書いてたの?」
「クロとセレナの情報を公開する許可が出ましたわ」
「ああ、そんな連絡してたんだ」
「聖公国を出る際に使者を送りましたからね」
なるほど、その時にクロたちのことを公表していいか確認していたわけか。
「じゃあもう公表しちゃう?」
「そうですわね」
アリスが腕を組み少し考える。
「タイミング的には、そろそろ公表してもいいかもしれないですわね」
「うん、私もそう思う」
オスカー司教が魔王国へ向かったと聞いてから、すでに一週間ほど経っている。
そろそろ、白羊がいないことにも気づいているかもしれないし。
気づいていなかったとしても、時間稼ぎとしては十分だろう。
敵はまだ私たちが何も知らないと思っているはずだ。
そこで突然、黒龍だけでなく白羊も私たちの傍にいると知ったら。
少なくとも、予定を変更せざるを得ないだろう。
「だったら、隠すよりも利用した方がいいよね」
「ええ。ちょうどいい機会ですわ」
アリスが頷いた。
どうやら考えは同じのようだ。
「じゃあ、今日の晩餐で?」
「勇者としての挨拶もありますから、その場でお伝えしますわ」
「分かった。クロちゃんとセレナもいいかな?」
「うむ、我は別に構わぬ」
「うん。ボクも、もう隠れる必要はないから」
セレナがそう答え、ルーナへ視線を向ける。
「ええ、私たちがちゃんと守りますからね」
そう言ってルーナがセレナの頭を撫でる。
うん、ちょっとうらやましい。
いまだにセレナは、私には撫でさせてくれない。
いや、まぁ今はそれはいいか。
「では、私はジルベール宰相への返事を書きますわ」
「はい。ではこちらを」
モニカがバッグから便箋と封筒を取り出した。
「あっ、アリスさま」
それまで黙っていたティアがおずおずと手を挙げた。
「どうしましたの?」
「私の護衛で来た騎士の方が、帰還の魔石を持っています」
「帰還の魔石?」
「はい。それで帝国まで持って行ってもらえば、すぐに返事を届けられると思います」
「なるほど。それならすぐに返事を送れますわね」
アリスが便箋へ視線を落とす。
しかし、ちょっと心配なのはクロとセレナのことを聞いたルミナス王国の反応だよね。協力的なら助かるんだけど……。
四大魔獣を従魔にしているなんて、普通なら警戒されてもおかしくない。
「あの、ノエル殿下」
「ん? なんだい?」
「国王さまは私たちに協力してくれるでしょうか?」
「ああ。それなら、たぶん大丈夫だよ」
ノエルがあっさり答える。
「実は、邪教徒の件についてはルミナスでも調査を始めているからね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、フィオナ師匠からの手紙やティアの話を聞いて少し父上に報告していたんだよ」
「じゃあ、国王さまも邪教徒のことを?」
「もちろん。父上もかなり警戒しているよ」
それを聞いて、少しホッとする。
すでに、魔王国、聖公国、ルグレシア王国が協力してくれている。
ここにルミナスまで加わってくれれば、本当に心強い。
「そうそう、手紙に書いてありましたが、帝国の諜報部隊が玄黄の捜索を始めたそうですわ」
アリスが手紙を書きながら、何気なく呟く。
「ほう。そうなのかい?」
ノエルが目を瞬かせる。
「でも、それって私が聞いていい話なのかい?」
「……たしかに」
私も思わず頷く。
諜報部隊って、どう考えても極秘で動く部隊だよね? それを他国の王女であるノエルに、こんなに普通に話してしまっていいんだろうか。
私がそんなことを考えていると、アリスが筆を止めた。
「ええ。だからこそ、ルミナスにも協力していただきたいのですわ」
「なるほど。帝国だけでなく、こちらでも玄黄を探すということか」
「はい。少しでも早く見つけたいですからね」
「分かった。私から父上に相談しておくよ」
ノエルが納得したように頷く。
「ふふっ、お願いしますわ」
そんな二人を見て、私は目を閉じる。
どうやら今日の晩餐は、思っていたよりもずっと重要なものになりそうだ。
そんなところに私も出なきゃいけないのか……チラッとアリスを見る。
すると、アリスはニコっと笑った。
心を読まれたか……うん、これは絶対に逃げられないやつだ。
そして、しばらくすると。
コンコンッ。
再びノックの音が響いた。
「みなさま、準備ができましたので、こちらへどうぞ」
メイドが扉を開け一礼した。
そして私たちは晩餐会の会場へ向かう。
果たして、どんな晩餐になることやら。




