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■第110話 魔道温泉

 浴場へ向かって歩いていると、途中で一人のメイドが荷物を抱えてやってきた。


「ノエル殿下、お着替えをお持ちしました」


「ああ、ありがとう」


 メイドが持ってきたのは、ノエルの着替えだった。


 んっ……着替え?

 私はふと嫌な予感がした。

 もしかして――。


 ノエル、まさか一週間ずっと同じ服だったの?

 いや、さすがにそんなことはないよね?

 ……ないと信じよう。


 そんなことを考えながら城の中を進んでいると、レノアがモニカに声をかけた。


「そういえばモニカと一緒にお風呂なんて久しぶりね」


「そうですね」


 レノアの言葉に、モニカはそっけなく返事をする。


「そうだ! お姉ちゃんが洗ってあげようか?」


「結構です。わたくしはアリスさまのお世話がありますので」


「えー、せっかく久しぶりに一緒にお風呂に入れるのに」


「では、お姉さまはノエル殿下のお世話をしてあげてください」


「えっ、私が?」


「はい。殿下は一人にしておくと、また研究を始めそうですから」


「なるほど。それなら任せて!」


 レノアが嬉しそうにノエルへ駆け寄っていく。

 この二人なんだかんだ、仲がいいんだね。

 姉妹っていいなぁ。


 ……などと思っていたら。


 歩くたびに二人の胸元が、ぷるん、ぷるんと揺れる。

 まずい……この二人と一緒にお風呂になんて入ったら。

 私、死んでしまうんじゃないか?


 ゆっくり深呼吸をする。

 落ち着け、気をしっかり持つんだ。

 そんなことを考えていたら、浴場に到着した。


「さぁ、着いたよ」


 ノエルが立ち止まり、ゆっくりと扉を開く。

 中に入ると、そこは木の香りが漂う清潔感のある広い脱衣場だった。


「脱衣場は普通なのですわね」


 アリスが辺りを見回す。

 普段から豪華な皇城を見慣れているアリスには、これでも普通らしい。


「ああ、ここはそうだね。でも、お風呂はなかなかのものだよ」


 そう言って、ノエルが微笑む。


「ふふっ、魔道温泉楽しみですわ」


 私たちは、それぞれ服を脱ぎ始めた。

 私は極力周囲を見ないように、素早く服を脱ぐ。

 タオルを手に取り、もう一度深呼吸をして振り返った。


 すると。


「おお!」


 そこには、とんでもなく平和な光景が広がっていた。

 私の隣ではティアが下着姿で着替えの準備をしている。

 モニカがアリスの髪をまとめ、ルーナはセレナの体にタオルを巻き。

 クロはポンッと小竜の姿になった。


 いや、それはまぁいい。


 そしてレノアがノエルの服を脱がせ、髪までまとめていた。

 なんという尊い空間なんだろう。


 おっと、いかん。

 このままじゃまたアリスに怒られてしまう。

 頬をぺちぺち叩き、何とか落ち着きを取り戻した。


「ほう、クロ殿はほんとに黒龍なんだね」


 ノエルが小竜姿のクロを見て感嘆の声を漏らす。


「うむ、我こそが誇り高き黒龍である」


 クロは小さな体で堂々と胸を張った。


「セレナ殿は小さい羊にはなれないのかい?」


 ノエルがセレナに視線を移す。


「うん、ボクはまだそこまでの変化はできないんだよ」


「なるほど、同じ四大魔獣でもそんな違いがあるんだね」


 ノエルが興味深そうに呟く。

 この人、なんか変な実験とか始めそうでちょっと怖いんだけど。

 クロとセレナはあまりノエルに近づけないようにしよう。


 そうこうしていると、みんな準備ができたので浴場へ向かう。

 扉を開けると、白い湯気がふわりと流れてくる。

 天然の温泉ではないので硫黄の香りはしないが、代わりにどこか花のような香りが漂ってきた。


 大理石で作られた巨大な浴槽。

 広々とした洗い場。

 そして、なぜか白く濁ったお湯。


「うわぁ、広いね」


 思わず見入ってしまう。


「さて、まずは体を洗おうかな」


「私が洗って差し上げますよ」


「おお、レノア君。すまないね」


「いえいえ、一週間分の汚れをしっかり落とさないといけませんからね」


「……言い方ひどくない?」


 ノエルが椅子に座るとレノアがその後ろでシャンプーを泡立てる。

 モニカはアリスの髪を洗い、アリスはクロを丁寧に洗っていた。

 ルーナもセレナの髪を優しく流している。


 うん、素晴らしい光景だ。

 私は思わず両手を合わせ天を仰ぐ。

 すると、隣でティアが髪を洗いながら話しかけてきた。


「ふふっ、みなさん仲がいいですね」


「うん、そうだね」


 ついティアの体に視線を向けてしまった。

 それほど大きくはないけど、形はすばらしい。

 綺麗なお椀型で……いやいや、見ちゃだめだ!

 私は慌てて首を振り、目を閉じ、無心で髪を洗うことにした。


「ノエル殿下。このお湯って、どんな効果があるんですか?」


 レノアがそんなことを聞いていたので、ふとそちらに視線を向ける。


「ああ、この魔道温泉には、疲労回復や魔力回復の効果があるんだ。それにお肌にもいいんだよ」


「へぇー、お肌にもいいんですね」


 思わず反応してしまった。


「もちろんだよ。魔石から抽出した成分と、いくつかの刻印を組み合わせているんだよ」


「へぇ……魔石からそんなものまで作れるんですね」


 お風呂まで魔道具で作れてしまうなんて。

 やっぱりこの国の技術は凄いね。


「そういえば、このお湯はどうして白く濁っているんですか?」


 私が尋ねると、ノエルがニヤリと笑った。


「ふふっ、それは入ってからのお楽しみだよ」


 ノエルはレノアに体を洗われながら、気持ちよさそうな表情で目を閉じる。

 そして私は体を洗い終え、肩にタオルをかけて浴槽へ向かおうとした。


「ああ、ちょっと待ってくれ。私も入るよ」


 ノエルも立ち上がり、浴槽の縁に並んだ魔鉱石へ手を伸ばした。


「クレア殿、先ほどお湯の色を気にしていたよね?」


「えっ、はい。そうですね」


「ここに並んだ魔鉱石の一つに魔力を流すと」


 ノエルが魔鉱石に触れる。


 すると――。

 白かったお湯が、みるみる青色に染まっていった。


「おお! 色が変わった!」


「そう。魔力を流すことで、好きな色に変えられるんだ」


「へぇー、これはいいですね」


 その日の気分に合わせて色を選べるのは確かにいいね。


「だろう? 君は何色が好きかな? やっぱり赤かい?」


「……なぜ赤だと思ったんでしょうか?」


 モニカもだけど吸血鬼は赤が好きってのがこの世界の定番なのか?

 でも結局、赤にしてもらった。


 なぜかって?

 もうあきらめたからです。


 そんなことをしていると、みんなも洗い終わったようだ。


「じゃあみんなで入ろうか」


 ノエルが浴槽に入る。


「ふぁ~、これは気持ちいい」


 肩まで浸かると、気持ちよさそうに目を細めた。

 私も足先からゆっくりとお湯に入る。

 温かいお湯が全身を包み込む。

 疲れが、じわじわと溶けていくようだった。


「はぁ……これは最高だね」


「うん、そうだろう」


 ノエルが満足そうに頷くと、そこへレノアも入ってくる。


「ええ、こんな良いお風呂があるんですからちゃんと毎日入ってくださいね」


「いやぁ、それは分かっているんだけどね。研究に熱中してしまうとつい……」


 ノエルが照れ臭そうに笑う。


「それで一週間ですか?」


「……はい」


 ノエルが小さくなった。


「ふぅ、お湯の色が変わるというのもいいものですわね」


 アリスもクロを抱いてお湯に入る。


「うむ、悪くない」


 クロも満足そうだ。


「セレナ、熱くないですか?」


「うん、大丈夫。お風呂っていいもんだね」


 いつの間にかルーナとセレナも気持ちよさそうに浸かっている。


「あれ? ティアさんは?」


 ふと見ると、洗い場からペタペタと足音が聞こえてきた。


「すみません、二回洗ってたら遅くなっちゃいましたぁ」


 ああ、しばらく入ってなかったから念入りに洗ってたのか。

 ティアが浴槽に入り、私の隣に座る。


「ふぅ……気持ちいいですねぇ」


 ティアが肩までお湯に浸かり、ほっとしたように息を吐く。


「ティアさんも、これからはちゃんと毎日入ろうね」


「あっ、はい。帝国では毎日入っていたんですけど……」


「けど?」


「研究に夢中になっちゃいまして」


 ……やっぱり、この二人は似た者同士だな。


「でも、今まではいつも一人で入ってたんですけど、こうしてみんなで入るのも楽しいですね」


 ティアが周囲を見回して微笑む。


「うん、そうだね」


 私も笑って頷く。


「それにしても……」


 改めて浴槽を見渡す。

 大理石で作られた浴槽、そこには赤く染まったお湯が満ちている。

 そして、その中には大切な仲間たちがいる。

 魔神の復活を阻止するためにここまで来たはずなのに。

 今は、そんな緊張感も忘れてしまいそうだ。


 私は目を閉じる。

 こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

 そんなことを思いながら、私は温かいお湯に身を委ねた。

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