■第106話 玄黄
それから数時間後。
私たちは国境を越え、魔法国家ルミナスへ入った。
「もう日が傾いてきたね。今日はどこで泊まるの?」
「はい、本日はイリーズという街で一泊して、明日王都セシリアに到着する予定です」
私の問いにモニカが落ち着いた口調で答える。
「そうか、明日にはティアさんに会えるんだね。ルミナスもどんなとこなのか楽しみだな」
「旅行じゃないんだぞ」
アリスが呑気に窓の向こうを眺める私を見て、苦笑する。
「そうでした、魔道具と玄黄を調べなきゃいけないんだった」
そういえば、そもそも玄黄ってどんな魔獣なんだろう?
黒龍はドラゴン、白羊は大きな羊。
銀狼ってのは名前からして狼だろう。
でも玄黄だけは、名前を聞いても姿がまったく想像できない。
「ねぇ、アリス。玄黄ってどんな魔獣なの?」
「玄黄か?」
アリスは少し考えるように首を傾げる。
「私も見たことはないが……巨大な琥珀色のスライムらしい」
「へっ?」
私は思わず聞き返した。
「スライム?」
スライムって、あの小さくてゼリーみたいにぷるぷるしたやつ?
私は窓の外に目を向ける。
この世界では、スライムはどこにでもいる。
人を襲うこともなく、ゴミなどを食べてくれる。
むしろ益獣のような存在だ。
被害があるとしたら、たまに畑の作物を食べられるくらいなんだけど。
「四大魔獣なのにスライムなの?」
思わずそう問いかけた。
「そうだな、でも普通のスライムじゃないぞ」
「というと?」
「私も本で読んだだけなんだけど、玄黄は普通のスライムとは比べものにならないほど巨大らしい、それこそ――街を丸ごと飲み込むほどにな」
「なにそれ、想像すると凄く怖いね」
「なんでも飲み込むうえに、物理攻撃も魔法も効かないらしい。だから、出会ったら逃げるしかないそうだ」
それはもう、スライムというより天災なんじゃないかな。
「それって、スライムって言っていい大きさなの?」
「いや、スライムなんだからしょうがないだろ」
確かにそうか。
しかし物理も魔法も効かないねぇ。
そういうの倒すときは弱点を見つけるってのがゲームとかだと定番なんだけど。
スライムの弱点ってなんだろ?
塩?
……いや、ナメクジじゃないんだから、それはないか。
そんなことを考えていたらセレナがポツリと呟いた。
「あの、ボク。玄黄なら昔一度会ったよ」
「えっ? セレナそれほんと?」
私は思わず振り返る。
「うん、百年くらい前だけど。でも、襲ってきたりはせずに、すぐどこかに行ってしまったんだ」
「そうなんだ、会話とかはしてないの?」
私がそう問いかけると、今度はクロが口を開いた。
「あやつは会話はできんぞ、ただ本能で動いておるだけだ」
「もしかして、クロちゃんも会ったことあるの?」
「うむ、一度戦いを挑んだのだが、攻撃がまったく効かなかった」
「戦ったんだ……」
そういえばクロもアリスに負けないくらい戦闘好きだったな。
思えば私にも挑んできたし。
でも、これは何か参考になる情報が聞けるかもしれない。
「それで、どんな風に戦ったのか聞いてもいいかな?」
「あやつも我を食おうと触手を伸ばしてきおったが、すべてブレスで吹き飛ばしてやった。まぁ、すぐに再生するからな。途中で疲れて帰ったのだ」
「あっ、帰っちゃったんだ……」
あまり参考にならなかった。
でも、話を聞く限りでは、セレナは襲わず、クロには攻撃をした。
同じ四大魔獣なのに……これはどういうことなんだろう?
本能で動いているのなら、セレナは食べられないと判断したってこと?
それはなぜ?
「まもなくイリーズに到着いたします」
私が考え込んでいると、モニカがそう告げた。
窓の向こうへ視線を向けると、イリーズの街が見えてきた。
「あっ、着いたんだ」
街に入ると、いつものように大勢の人が出迎えてくれた。
窓を開けてアリスとルーナが手を振りながら大通りを進んでいく。
やがて馬車は、大きな屋敷の前で停まった。
どうやらここが領主の屋敷のようだ。
馬車を降りると、領主である壮年の男性と挨拶を交わし、私たちは客室に案内された。
「夕食の準備が整いましたら、お呼びに参りますのでごゆっくりお寛ぎ下さい」
「ええ、ありがとうございます」
使用人がテーブルにお茶を並べ、一礼して退室した。
「ふぁー、しかしこの街も出迎えすごかったね」
私はソファーに座り、大きく伸びをした。
「まぁ、勇者と聖女の訪問だからな」
アリスがだらしなくソファーにもたれかかりながら天井を見上げる。
どうやら彼女もお疲れのようだ。
「でも、もう少しゆっくり街を歩いたりもしてみたかったね」
「ルミナスの王都に着いたら少しくらいは街を見て回る時間も取れるだろ」
「ああ、王都か。楽しみだねぇ」
私とアリスがだらけきった姿勢でそんな会話をしていたら、モニカがため息をつきながら、一歩前に出る。
「お二人とも、お疲れなのはわかりますが少し気を緩め過ぎではありませんか?」
モニカに諭され私は思わず姿勢を正す。
「あっ、ごめん……。今日はいろいろ考えごとしてて疲れちゃって。はははっ」
それからしばらくみんなで話していると、コンコンッとノックの音が聞こえた。
ノックの音と共に、ずっとぐてーっとしていたアリスも即座にカップを手に取り優雅にお茶を飲む。
扉が開くと、先ほどの使用人が入ってきて一礼する。
「みなさま、晩餐の準備ができましたので、こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
アリスは優雅に立ち上がった。
さっきまでソファーに溶けていた人と同一人物とは思えない。
私たちも後に続いて食堂へ向かった。
中に入ると、テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいた。
「ようこそアリスレート殿下、並びに聖女さま。この街の特産料理をご用意いたしました。どうぞお楽しみください」
領主に促され、私たちは席に着く。
食事が始まると、領主が一品ずつ料理を説明してくれた。
「このソーセージはセージ・ホッグの肉に血液を少し混ぜたものです」
「血液を? それは珍しいですわね」
アリスが興味深そうにソーセージを眺める。
セージ・ホッグというのは、豚に似た魔獣だ。
大人しい性格なので、よく家畜として飼われているらしい。
しかし、これはブラッドソーセージというやつか……。
私はこれを食べるかどうか少し迷っていた。
以前すっぽんの血を飲んでひどい目(?)にあったからだ。
こんな旅の途中で欲情しちゃったら大変だ。
「あら、これは濃厚で、とても美味しいですわね」
ふと見るとアリスは美味しそうに食べていた。
意を決して私も一口食べてみる。
「あっ、ほんとだ。濃厚なコクがあって美味しい」
レバーのような風味があるが、ハーブや香辛料が効いていて臭みはない。
「うん、これなら大丈夫そうだね」
私は、セージ・ホッグを安全な血リストに追加した。
領主は次の料理の説明をする。
「こちらは、我が領地の特産であるナスのニンニク焼きでございます」
「えっ?」
今度はニンニクか、私吸血鬼だけど大丈夫なんだろうか?
目の前に置かれた皿を見つめながら、軽く匂いを嗅いでみる。
うん、いい匂いだ。
ナイフで切り分け口に運ぶ。
「うん、これもおいしい」
これは口の中でとろけるような食感がたまらないね。
ニンニクの香りがアクセントになっていて、これはご飯が欲しくなってしまう。
どうやら私はニンニクも問題なく食べられるようだ。
こうして私たちは、イリーズの美味しい料理を堪能し、その日はゆっくりと休んだ。明日はいよいよ、ルミナスの王都セシリアだ。




