■第105話 残された神殿
翌朝。
私たちは出発前にアトレイユの領主、ダンテと話をすることになった。
「改めまして、アトレイユへようこそお越しくださいました」
「こちらこそ、急な訪問になってしまい申し訳ありませんわ」
「いえいえ、勇者さまにお越しいただけるとは光栄なことです」
ダンテはそう言って頭を下げる。
昨日のグリフォンの件もあるので、まずはその話を聞いてみることにした。
「この辺りにはグリフォンはよく現れるのでしょうか?」
「いいえ、近隣の山には生息していますが、これほど街の近くに現れたのは今回が初めてです」
「なるほど……では、やはり何者かが私を狙っていた可能性が高そうですわね」
「なんですと、まさか殿下を!」
「ふふっ、このお話は他言無用でお願いいたしますわよ」
「はっ、はい」
アリスが笑顔で釘を刺すと、ダンテは直立不動になった。
こういうところはさすが皇女さまだな。
笑顔で人を黙らせる技術まで身につけている。
「それで、怪しい人物を見たという話はありませんか?」
「怪しい……ですか。あっ!」
ダンテは何かを思い出したように声をあげた。
「なにか心当たりが?」
「これは数日前にハンターの方から聞いた情報なのですが。街から少し離れた場所に古い遺跡がありまして、そこに黒いローブを着た複数の者が入っていった、と」
「黒いローブ? その遺跡には何があるんでしょうか?」
私は思わず身を乗り出した。
「いえ、ただの古い神殿ですよ。長い間使われていない場所ですから、なぜそんなところへ入ったのかと、ハンターの方も不思議に思ったそうです」
今もまだ、その怪しい連中が中にいるとは思えないけど。
それでも、念のため確認しておいた方がよさそうだと思った。
「ねぇ、見に行った方がいいんじゃないかな?」
「そうですわね。その遺跡へ案内していただくことはできますか?」
「もちろんです。勇者さまのお役に立てるのであれば、ぜひ」
こうして私たちは、街の外れにあるという古い遺跡へ向かうことになった。
調査が終わったらそのままルミナスへ向かうつもりだが、昨日の飛竜騎士たちも遺跡まで同行してくれている。
「しかし、遺跡か。なにか見つかるといいんだけどね」
「ああ、その黒いローブのやつらは邪教徒の可能性もあるから何をしていたのか調べておきたい」
「うん、そうだね」
アリスの言葉に私も頷く。
街を抜け、しばらく進むと平原の先に古びた建物が見えてきた。
一人の飛竜騎士が地上へ降り、馬車へ近づいてくる。
「あれが遺跡です」
指さした先には苔に覆われた古い神殿があった。
崩れかけた石壁。
そして入口には、大きな石の扉。
「これは……ずいぶん古そうだね」
「ええ。長い間、誰も使っていないようですわね」
馬車を降り、私たちは神殿の前へ立つ。
「クロちゃん、セレナ。何か感じる?」
「いや、我は何も感じないぞ」
クロがキョロキョロと周囲を見回す。
「ボクもおかしな魔力は感じないけど、最近人が通った気配があるね」
「えっ、セレナそんなことわかるの?」
「うん、ボクは人の気配には敏感なんだよ」
セレナの言葉に、私は少し驚いた。
「へぇー、そんなことまで分かるんだ」
「うん。昔から人に見つからないようにしてたからね」
セレナはさらりと言った。
……そうだった。
セレナにとって、人の気配を読むのは生きるために必要な能力だったんだ。
「じゃあ、その人たちはまだ中にいるのかな?」
「ううん。たぶんもういないよ」
「それも分かるの?」
「うん、気配が古いんだ。昨日とか今日じゃないと思う」
「なるほど……じゃあ入ってみようか」
私たちは遺跡の入口に向かい、ゆっくりと扉を開く。
――ギィィィ。
重い音が響く。
中は薄暗く、ひんやりとしていた。
長い年月放置されていたせいか、壁や柱の一部は崩れている。
確かに神殿だったようで、奥には女神さまの石像が静かに佇んでいた。
床には砂と埃が積もっている。
そして、その上には――複数の足跡。
「この足跡、たぶん最近のだよね?」
「ああ、そうだな」
アリスが頷く。
「しかも、あちこちにあるな」
「うん。何かを探してたみたい」
セレナが足跡を追うように神殿の奥を見る。
「ただ歩き回っていたわけではなさそうですわね」
「そうみたい。でも、何を探してたのかは分からないね」
私たちは手分けして神殿の中を隅々まで調べていく。
やっぱり、こういう怪しい遺跡には隠し通路とかがあるのが定番だよね?
そう思った私は、さっそく怪しそうな場所を調べ始めた。
床をコンコン叩いたり、壁を押してみたり。
古びた祭壇の周りをぐるぐる回ったり。
挙句の果てには女神像によじ登って、頭や裏側まで念入りに確認した。
……けれど。
「うーん……何もないね」
結局、そんなテンプレ的な仕掛けはなく。
怪しいものは何も見つからなかった。
「そうですわね」
アリスも肩をすくめる。
「わざわざこんな場所まで来て、何をしていたのかしら?」
「ほんとだよね」
なにも手がかりを掴めなかったことにがっかりしながら扉へ歩く。
神殿を出ると、私はもう一度辺りを見回した。
それにしても――。
「この神殿って何なんだろう?」
気になった私は、近くにいた飛竜騎士へ声を掛けた。
「あの、すみません。この神殿ってどういう遺跡なんですか?」
「ああ、元はここがアトレイユの街だったんですよ」
「えっ、ここが? 街が移動したんですか?」
私は思わず辺りを見回す。
目の前に広がっているのは、ただの平原。
今は神殿が一つ残っているだけだ。
ここに街があったなんて、とても信じられなかった。
「ええ、百年くらい前にアトレイユは玄黄に滅ぼされたんですよ」
「え?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「街は壊滅したそうですが、この神殿だけはなぜか壊されず残ったらしいです」
「玄黄って……あの四大魔獣のですか?」
「はい、現在は行方不明ですが。この神殿に住んでるのでは? なんて噂もあって、ここは誰も近づかないんですよ」
「噂……ですか」
それを聞いて私の脳裏に嫌な予感が走る。邪教徒は黒龍や白羊を狙っていた、もしかして玄黄を探すためにここに来たのか?
「そうですか、ありがとうございます」
騎士にお礼を言って、私は馬車に戻る。
そして騎士から聞いた話をアリスたちに伝えた。
「えっ、ここがアトレイユの街だったのか?」
アリスが私と同じ反応をしていた。
「百年くらい前に玄黄に滅ぼされて、それで街が今の場所に移ったらしい」
「なるほど。なんでこの神殿だけが残ってるんだ?」
アリスが窓から神殿に目を向けながら呟く。
「それはわからないけど、この神殿に玄黄が住んでいるって噂もあるみたいだよ」
「ふむ……それは興味深いな」
アリスが腕を組み目を細める。
「黒ローブの者たちがここを調べていたことと、無関係とは思えないな」
「やっぱりそう思う?」
「ああ。玄黄を探しているのだとすれば、わざわざこの神殿を調べていた理由にも説明がつく」
「じゃあ、ルミナスに着いたら……」
馬車が動き出し、ゆっくりと神殿が遠ざかっていく。
「魔道具だけじゃなく、玄黄のことも調べてみよう」
「そうだな、出来れば邪教徒より先に見つけたいしな」
こうして私たちは、新たな目的を一つ加えてルミナスへ向かうことになった。




