■第102話 水桶
その頃ティアたちは。
ノエルに案内されて、ルミナスの王都の街を歩いていた。
「ところでノエル殿下」
「ん? なんだい?」
「作った魔道具はいつもその魔道具屋さんに売ってるんですか?」
「まぁ、全てではないが……そうだね。研究にはどうしてもお金がかかるからね」
「えっ、研究費を稼ぐために売ってたんですか?」
「そうだよ、私の研究は端から見ると道楽のようなものだからね、国民の血税を使うわけにはいかないよ」
「……道楽という自覚はあるんですね」
でも、一国のお姫さまなのに自分で稼いだお金で研究してるっていうのは素直に凄いと思う。そんな風に少し感心しながら歩いていると。
「あっ、着いたよ。あの店だ」
ノエルが指差した先には、古びた看板を掲げた飾り気のない魔道具屋があった。
それほど大きなお店ではないが、店内に入ると様々な魔道具が所狭しと並んでいる。
そして――。
「こっ、これは……」
ふと見ると、この街に来た時に見かけたあのぐるぐると水が渦巻く水桶を見つけた。ティアは吸い寄せられるように近づき、そっと水桶に触れる。
「うわぁ、近くで見ると、こんな構造になってたんですね……!」
「おや、それが気になるのかい? これは汚れた衣類を綺麗にする魔道具だよ」
ノエルも隣に並ぶ。
「へぇー、これは便利そうですね」
「そしてここからが凄いんだ! 水を抜いた後、この魔石に魔力を流すと……なんと内部が高速回転して脱水まで出来る!」
「おおー! こんなの凄すぎますよ! 今まで大変だったお洗濯がこれ一つで劇的に楽になっちゃいます」
「そうだろう! しかも回転速度は調整可能で――」
ティアとノエルが水桶に夢中になっていたら、レノアが二人の背後から近づく。
「お二人とも、お買い物に来たのではありませんよ」
「「あっ……」」
二人が同時に声を上げて振り返る。
レノアは笑顔だが目が笑っていない。
「そうでした。すみません、またやっちゃいました……」
そんな様子を見てティアが少し照れながら頭を下げる。
「すまない、魔道具のことになるとつい熱くなってしまうんだ」
そんな二人を前に、レノアは小さくため息をつきながら思った。
やっぱりこの二人、師匠が同じだけある。
放っておいたら、一日中魔道具の話をしていそうだ。
「では、目的を思い出してください」
「はい!」
「うん」
二人は素直に頷き、店主のいるカウンターへ向かった。
「おや、ノエル殿下ではありませんか。どうなさいました?」
カウンターにいた中年男性がこちらに気づいて声を掛けてきた。
「店主よ、この魔道具を誰に売ったか覚えていないかい?」
「ん? どれどれ」
店主は差し出された欠片をじっくり眺める。
「ああ、これはたしかひと月くらい前に来た男が買っていったものですね」
「覚えてるんですか?」
「ええ、フードを被っていたので顔は見えませんでしたが……妙なことを聞いてきたので覚えていますよ」
「妙なこと?」
ティアが思わず身を乗り出す。
「玄黄の目撃情報はないか、とか。スライムを従える魔道具はないか、とかですね」
店主は少し呆れたように息を吐く。
「まったく……玄黄はずっと行方知れずですし、スライムなんてテイマーなら誰でも従魔に出来るでしょうにねぇ」
「玄黄……まさか、あの四大魔獣の?」
話を聞いていたノエルが店主に問いかけた。
「ええ、そうですね」
「なるほど、それでその男が買って行ったのはこれだけかい?」
「いえ、えーと、たしか他にも二つほど……」
店主が顎に手を当て店内を見回す。
「ああ、それですよ」
そう言いながら棚に置いてあった魔道具を指さす。
そこには、背中から翼を生やした悪魔のような姿の石像が置かれていたのだが。
それを見てノエルが驚いたように声を上げる。
「これは、私が作った魔獣除けの石像じゃないか? これを買って行ったのかい?」
「ええ、そうですよ。その石像を二つ」
「……二つも?」
ノエルの表情から笑みが消えた。
「あの、これはどんな魔道具なんでしょうか?」
ティアが尋ねる。
「んっ? 魔獣が嫌う波長の魔力を流して近づいてこないようにする魔道具だよ」
それを聞いてティアは石像を手に取り、裏返したり角度を変えたりしながらじっくりと見る。
「うん……少なくとも表面上は普通ですね」
そして振り返り、ノエルに声を掛けた。
「これ、念のため持って行った方がいいんじゃないでしょうか?」
「そうだね……私の作ったものが悪用されている可能性がある以上、調べる必要がある」
「また変な改良されてるかも知れないですからね」
「店主、これ貰っていくよ……代金は卸値でいいよね?」
「ええっ? いや……まぁ殿下ならいいですが」
そうして、ノエルが代金を店主に渡し受け取った石像をバッグに入れる。
「じゃあ、お城に戻りますか?」
レノアが問いかけると、ティアが珍しく真剣な表情を浮かべていた。
もしかしたら魔道具に関する何かを感じ取ったのだろうか。
そう思っていたら、ティアは意を決したように店主に詰め寄った。
「すみません、あの水桶いくらですか?」
「えっ、あれそんなに欲しかったの?」
レノアが驚いたように声をあげた。
すると店主は水桶に目を向ける。
「ああ、大銀貨三枚ですよ」
「えっ……」
思ったより高かった。
「まぁ、生活魔道具は便利だけど結構高いからねぇ」
ノエルが目を閉じて頷く。
「うぅ……今回は我慢します」
ティアは名残惜しそうに水桶を見つめながら、店を後にした。




