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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第2章 家族の絆
36/48

1.幸せの中で育つ不安

第2章のスタートになります!

1ヶ月に1回の更新ペースで頑張っていこうと思います。





~*~



穂積山。

元々は名も無き場所だったが、とある人間の名前にあやかって名付けられたという。

聖域として妖からも、見える人間からも崇められ、あるいは恐れられている。

その聖域を治める狐神の存在も大きい。下手に手出しするなというのが暗黙のルールになりつつあった。

そんなある時、1つの噂が広がり始める。



「狐神殿に番ができた」



ほぼほぼ本当のことだと言っていい噂。

ただ、色々な尾ひれがついた状態で噂が広まっている。

当の本人たちはあまり気にしていなかったが、本人たちの周囲は騒がしかった。

良いものも悪いものも引き寄せ、集めてしまう聖域。

そこの主の番となった存在もまた、規格外の能力の持ち主。








~*~



穂積山の山中を歩く1つの人影。

その後ろに行列をなしている小物妖たち。最初は行列に戸惑いを見せていたが、今はもう気にした様子もない。

いつものこと、気にしたら負けだというように。

笑いながら話す視線の先には1匹の黒い蝶。



「文月丸様!」



会いに来た恋人の姿を見つけて、さっきまでとは違う笑顔を見せながら近づいていく。

季節はもう冬。穂積山に来るまでの道のりが寒かったからなのか、管原穂香の身体は少し冷えていて鼻先も赤かった。

この山の現在の主、狐神である文月丸は、そんな穂香の姿を見て、穂香が手の届く距離に来たところで引き寄せ、優しく抱きしめる。穂香の身体は大きな腕の中にすっぽりと納まった。



「寒かっただろう」

「でもたまには体感しないと…」

「まったく…」



文月丸の尾も穂香を包む。まさに全身で包まれている穂香は、少し嬉しそうにそのフサフサの尾に顔をうずめた。

今、文月丸の尾は3本。力を完全に取り戻したら尾が無い状態になる。

高位であればあるほど尾は少ない。

文月丸も元々そうだった。大きな悲しみと絶望のせいで、一時とはいえ力を失っていたのだ。だから尾は9本だった。

でも解決した今、徐々に力を取り戻しつつある。

それは良いことだと穂香も分かっているが、尾がある姿も好きなのでちょっと惜しい気もしていた。



「あ、ちょっ… くすぐったいです」

「…しばらく会えぬのであろう?」

「まぁ、家族旅行ですから… 3泊4日です」

「4日も会えぬ」

「帰ってきたらお土産を持って会いに来ますから」

「むぅ…」



文月丸はここまで渋る理由は4日も会えないだけではなかった。

家族旅行、ということは文月丸が以前からその存在を危惧していた、弟の孝平も当然だが一緒だ。

だが、少し気になる程度で目立った事柄は何もない。

仲は良いと聞いているが、それでも1度思い浮かべてしまった不安を、文月丸は振り切ることはできなかった。

大切な人にまた何かあったら… そんなことになったら、今度こそ自分はどうにかなってしまうと文月丸は感じていた。



「大丈夫です。ちゃんと帰ってきますよ」



そう言って穂香は微笑んだ。

文月丸は、穂香のこの表情に弱い。それでいいのかと言われるくらい弱い。

そして大体は文月丸が折れる。



「どこの行くのじゃ?」

「えっと… 北海道っていって、ここよりももっと北の方で…」

「東北… 遠野の方か?」

「近いとは思いますけど」



単純に旅行先の話をしている穂香にとって、文月丸の妖を絡めた話には「たぶんそうだと思う」くらいの認識でしかなく、曖昧にしか返せなかった。

これからは自分も無関係ではなくなる話題。

急がなくてもいいけれど、きちんと勉強しようと思う穂香だった。



「遠野の方…」

「どうされました?」

「いや… 知り合いがおったはずでな。文を出しておこうかと思って…」

「知り合いかぁ… どんな人なんでしょう?」

「あやつは… 会わぬ方が… いや、知らぬ方がよい」



表情を曇らせ、友ではないと穂香が聞いてもないのに否定した。

その様子から何かある人なんだろうなと穂香は察する。

文月丸がそう言うならそれ以上は聞かないでおこうと思ったけれど、そこで穂香の中の好奇心が大きくなった。

聞き出すつもりはないけれど、でも知りたい。

黒羽以外の貴重な交流相手。穂香が知りたいと思うのは必然だった。








~*~



文月丸の交流相手。

本人以外でそれを聞けるのは1人しかいない。



「え、東北の方の文の兄貴の知り合い?」

「うん。誰か知ってる?」



雪宮家に来れば黒羽にも会える。

そう思って来てみれば、穂香の予想は大当たり。黒羽は稀莉の修行に付き合っていた。

旅行に行くまでに日はない。すぐに聞かなければと前置きなしでいきなり質問した。


そんなひっ迫しているわけではない。

穂香も、知らないよりはと思っているだけでそんなつもりは全くない。

けれど、さっと顔色を悪くした黒羽に疑問を感じた。

え、お前もなのかと。



「あー… うん、知ってるけどもね…」



明らかに歯切れが悪い。

知らないから言いづらそうではなく、知っているから言いづらいのだと。

悪い人ではないと言うけれど、その表情の悪さからは、真逆な人なのではとつい思ってしまう。



「なんというか、根は真面目でしっかりした人なんだろうけどね。強烈な人だよ、いろんな意味で。文の兄貴とは知り合い以上、友人未満って感じかな。譲歩しても悪友」

「それ、譲歩してるの?」

「悪い(ひと)ではないんだよ、ほんと」



そのフォローに意味はあるのかと思ったが、それ以上は聞かないことにした。

悪い妖ではない。それさえ分かれば穂香的には満足だったので。

黒羽も稀莉も、穂香がどうしてそんなことを聞いてくるのか、大体の予想はついていた。


2人も、穂香が家族旅行に行くことを知っているから。

そしてそれを文月丸に話したからだということも。



「おねーちゃーん!」

「おかえり、稀絵」

「あ、穂香ちゃんいらっしゃい!」



出かけていた稀莉の妹、稀絵が帰宅し顔を見せた。

稀絵も穂香の姿を見つけると、にぱっと笑って挨拶する。おっとりした性格だったのが、ちょっぴり明るくなりはっきり言うようになっていた。

本当に、ちょっぴりだが。


穂香にとっても可愛い妹のような存在。だからか、ちょっぴりの成長だとしても穂香は嬉しく思っていた。

稀絵も妖が見える人間。そして、雪宮家における稀莉と同じ『選ばれし者』だ。

予知という、特別な能力持ち。

油断していると、本人の意図しない所で力が発動する。

そして今も。



「あれ、穂香ちゃんどこか行くの?」

「家族旅行にね。お土産買ってくるから楽しみにしてて」

「……穂香ちゃん、黒い靄に気をつけてね。近づいちゃ駄目だし、吸っちゃ駄目だよ」



稀絵にとっては何気ない忠告だっただろう。

けれどそれを言われた穂香、聞いていた黒羽と稀莉はさっと顔色を変える。何か起きるかもしれないと思っていただけに、非常に嬉しくない予知だったからだ。

逆に、先に知れたことは良いことだとも思えた。

両親も楽しみにしている旅行なので、行かないという選択肢は穂香にはない。



「ありがとう、気をつけるね」



教えてくれた稀絵に感謝しながら、穂香は雪宮家を後にした。

さて、どうしようかと考える。

黒羽も聞いていたから、穂香が言わなくても当然、文月丸の耳に入る。

旅行に行くまでに後1~2回会いに行くつもりではあるけれど、心配する彼をどうなだめるか。

稀莉も、結界のお札や守護のお札を大量に作って渡してくるだろう。

すでに十分すぎるほど対策されている気がしなくもない穂香だったが、自分も何か準備をと思っていた。



「ん…?」



穂香の視界をネロが横切る。

ゆらゆらと穂香の周りを舞うように飛んでいる。その姿を見て、穂香は1つ思いついた。

自分で準備できてかつ、持ち運ぶのにあまりかさばらないモノ。

式神、ではないが、それに近いものならできるかもしれないと思った。



「孝平に見られても言い訳できるしね」

『……』

「そういやネロ、孝平、そんなに危険?」

『…! ……』



言葉は交わさないけど、最近は問いかけに対する反応から、大体の感情が分かるようになってきていた。

今の反応は、要注意という反応。

でも何に対してなのかは分からなかった。



「孝平は… 私よりもずっと長い間苦しんでいるのかな…」



穂香のこの疑問に誰が応えるわけでもなく、ネロも反応しなかった。

誰かが反応してくれたところで解決するわけではないことは穂香も分かっているけど、そういう不安を口に出さずにはいられない。

孝平は大事な弟。家族だ。

同じ景色が見える良き理解者。

そして、変化に非常に敏感で、非常に聡いことを穂香はよく知っている。

知っているからこそ、納得がいかなかったり疑問に思うことがある。


孝平が、見逃すだろうか?

自身に起きている何かに気づかない人間ではないのだ。



「…!」



数メートル先ではあったが、黒い靄が横切った。

穂香は足を止め、ネロは警戒を強める。けれどその黒い靄は横切っただけで、何も起こらなかった。

稀絵が言っていた黒い靄なのか。旅行先のことではないのか。

あの靄を、どこかで見たような…



「…始業式の日……」



今年の初め、4月の始業式の日にも、穂香は黒い靄を見ていた。

今のと同じであるかどうかは定かではないが、もしかしたら同じものだったのでは思い始めていた。

もし、黒い靄を旅行先でも見るようなことがあれば確定である。



『………カ』

「ネロ?」

『ホ、ノカ…』

「…! ネロ、言葉…」



片言ではあるけれど、ネロの言葉が穂香へと届いた。

何故このタイミングかと思わないでもないが、不安が大きくなってきていた穂香にとっては嬉しいことだった。

ゆっくり、ひらりとネロは穂香の肩にとまる。



『コウヘイ、チカラ、ヒトジャナイ…』



ネロから伝えられる言葉に、穂香は思わず息をのんだ。

けれど、どこか納得したような気にもなった。自分がそういう状況になったからか、理解できるくらい知識を身につけたからか。

身につけたもの全てが自分だけじゃなく、大切な人たちの為になるのだと、穂香はより一層やる気になった。

孝平に何が起きているのかは分からない。

悪いことなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。孝平の意思かもしれないし、利用されているのかもしれない。

もしも、利用されていた場合は―――



「…ネロ、もしもの場合は、私は孝平を助けたい。手伝ってくれる?」

『…ボクハ、ホノカ、マモルダケ』

「うん… ありがとう」



穂香は、ネロがそう言ってくれたことが嬉しかった。

自分を守ってくれる存在がいるのなら、自分はやりたいことに集中できるから。

もちろん、悪いことなど何もないのが1番いいことではあるけれども。






穂香たちが抱いていた不安は、少しずつ、少しずつ大きくなっていた。




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