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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第2章 家族の絆
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2.物騒なもの




~*~



不安は、大きくなるだけで無くなりはしない。

普通ならば平穏を保とうとするだけで精一杯だろう。でも、そこで冷静に考えることができるのが穂香だった。

この夏から冬までの、短い期間ではあったが穂香の精神は能力と共に向上した。…いや、しすぎた。



「姉ちゃん、感じるし、見えてるよね?」

「いちいち反応するから気に病むんだよ」

「そうはいってもさぁ…」

「気にしなければそこらの通行人と同じだよ。負の感情は向けられてたら割とすぐに分かるものだよ」

「……姉ちゃんの勘の良さ、少しでいいから分けてほしいくらいだ」



家を出発する時、道中の休憩の時、目的地に着いた時。

行く先々で、穂香と孝平は人ならざる者を見続けた。そのほとんどが小物妖だったが、中には祠を持つ神様だったり、人の霊だったりと様々だ。

穂香は基本的に気にしない、というより無視を決め込んでいた。

ただ、話しかけた方が自分に利があるという直感がたまに働く。そういう時は、両親や周囲の人に怪しまれない程度に交流をしていた。



『この気配は、もしや、文月丸様か』



旅行先で気分が高揚した両親のいちゃつきが始まったので、両親とは別行動をしていた穂香たち。

2人にだけ届く声が突然響いた。表情も固まり、動きも止まる。

思わず顔を見合わせる2人。

他の人もいる。うかつに反応し、声を出すことはできなかった。



「(聞こえた?)」

「(うん)」



視線だけで会話をする。

さわ、と風が穂香の横に触れる。

それはとても優しい風だった。敵意など一切ない、慈しむような。

穂香が瞬きをしたほんの一瞬に、それは2人の前に現れた。



『ん? 違うな… あの方の気配を纏っているだけの人の子か… 人の子…か…?』



じっと穂香を見てくるそれはとても小さかった。

もしかしたらネロよりも小さいかもしれない。そう思いながら、文月丸の知り合いであろうその存在の姿を目で追った。

姿は人。でも大きさが大きさなので、神や妖というよりも、妖精と言い表した方がしっくりときた。

そんな存在があるのかは分からなかったが、害はなさそうだと再認識したので、穂香は話しかけることにした。



「あのお方のお知合いですか?」

『ん? あぁ、私がというより私の主がそうだ。その昔、私と主は文月丸様に助けられたのだ。今でこそ我が主はこの土地に根付き、治めているが、文月丸様のことは今でも尊敬している』



いつ頃のことなのかは分からないが、おそらくはその主とやらが文月丸の知り合いなのだろうと思った。

会わない方がいいと文月丸は言った。

でも、それがどういう意味なのか。教えてはもらえなかったけれど、言うほど悪い意味ではないだろうと穂香は考えている。

嫌っている相手なら、手紙を送るなんてするだろうかと。



「姉ちゃん、文月丸って誰?」

「えーっと…」



どう答えるべきか。文月丸のことを知らない孝平がそう疑問に思うのも当然で。

文月丸が何者で、どこにいるかを教えるのは別によかった。元々伝えるつもりはあったしタイミングが今なだけだ。

でもいざ言うとなると、どういう言葉で言ったらいいのか迷う。恋仲であることは、今は絶対に言わないけども。

穂香は簡単にだが、文月丸がどういう存在なのかを孝平に教えた。

天狐の狐神であること。穂積山に住んでいること、そこの主であること。

当り障りのない内容しか言ってないけれど、この場では一応の納得した姿勢を見せた孝平。後にタイミングを見計らって再度聞くつもりである。



『なるほど、なるほど… 今は余計なことを言わない方が良さそうだな』

「あの、この辺にお社があるのですか?」

『いいや、我が主は社は持っておらぬ。社というより本体と言った方が正しいだろうな。私は主の代わりに、主の治めるこの土地の見回りをしているのだ。その途中で、懐かしい気配を感じて来てみればお主等が。…それにしても、お前』



ビシッと孝平を指す。

いきなり矛先が自分に向いた孝平はたじろぎ、穂香も何事かと思い緊張が走る。

少しの間の沈黙。その妖は孝平の顔の前に来て、じっと目を見つめる。

何を見ているのだろうと思った。

でも、自分が干渉せずに何かを知れるのならばとも穂香は思った。そんな好都合なことはないからだ。



『物騒なものを内に入れてるな。身体は何ともないのか?』

「………え…?」

『混ざり具合から見て、自覚がないということはないだろう。体調にも影響があるのではないか?』

「………」



その妖の言葉に、孝平は何も答えなかった。

肯定を意味するその沈黙は長かった。穂香は問い詰めたい衝動にかられたが、この沈黙を長引かせる方がまずいと考え、孝平の服の裾を引っ張った。

意識がどこかに飛んでいたかのような状態になっていた孝平は、穂香の行動でハッと意識を取り戻した。

そんな一連のやり取りを見たその妖は考え込むように腕を組む。



『これは……』

「あの、孝平は…!」

『すまんな、責めるつもりはないのだ。ただ、この地に害あるものならば対処しないといけないからな。そういうわけではなさそうだから、これ以上は何も言わぬとしよう』



その妖はあっさりと引いた。

引きはしたが、探るような目は止めていなかった。

この地に害はなくとも、危険であると判断したためだ。



『すまなかったな』

「…いえ……」



その妖は再度孝平に謝罪したが、孝平の返しはどこか他人事だった。

おかしい。

さっきまでの孝平との違いを穂香は明確に感じそう直感した。

そしてその妖も穂香と同じことを思っていた。



『(娘よ、聞こえるか)』

「…!」



穂香の脳内に響いた声。

どうやら穂香にだけ念を飛ばしてきているようだ。ならば極力反応しないように、穂香は聞こえていないフリをしながら表情を変えないようにした。

周りの人の声や自然の音とは別で聞こえる声に、穂香は何とも言えない気分になった。



『(悪いが、このことは早急に主に伝えさせてもらう。何も起こらぬ事を祈るが、旅行中とのこと。用心なされよ)』



それだけ言ってその妖は去っていった。

残された穂香たちは話そうとしなかった。そもそもで、何を話したらいいか分からなくなっていたのだ。

穂香はそっと隣にいる孝平を見た。

今度はちゃんと表情があることにホッとする。


孝平は人付き合いがあまり良いとは言えない方で、どちらかといえば友人は少ない。

この子は普段どうしているのだろう。

そんな思いが穂香の中にふと浮かんだ。

よくよく思い返せば、学校でのことを聞くことはあっても友人のことを聞いたことはなかったのだ。

部活をやっているから、人との交流が全くないわけではないのだろうけれど。

穂香は孝平についての“知らなかった部分”にけっこう大きなショックを受けていた。



「姉ちゃん? あの妖に何か言われたの?」

「うん… でもたいしたことじゃ…」



否、たいしたことである。

けれど渦中の本人に対して言えるわけがなかった。用心しないといけないのだから孝平にこそ話してはいけない。

とりあえず誤魔化しはしたけれど、はたしてこの弟に通じているか不安であった。



「孝平、あそこのソフトクリーム食べよ」

「冬の北海道で? てゆーか切り替え早いな…」



穂香は、自分が切り替え早いだなんて思っていなかった。

事が起きてしまった後の緊急時なら思考を巡らせるのは早いが、今みたいな時だとうじうじ悩んでしまう。

理由を上げるのなら、主に2つ。

まだ自分1人で全てをどうにかできるほどの力はつけていないことと、今が家族旅行中であることだった。

自分と弟だけのお出かけだったなら話していたかもしれなかった。

今は、駄目だ。両親にまで心配かけさせたくなかったのだ。



「ほら、行こう」

「ちょっ、押すなって」



バレてしまっているかもしれないけど、誤魔化すように穂香は孝平の背を押した。

その時、右足首に違和感があった。



「っ!?」



そっと見てみると、右足首にうっすらと黒い靄がまとわりついていた。

穂香は思わず目をそらしてしまった。できることなら見なかったことにしたいくらい。

本当にうっすらとなので、見間違いの可能性もあった。でもネロが足元へと降下し、羽を震わせて風を起こす。

何の意味もなしにネロはそんなことをしない。

それを分かっている穂香は、間違いではないのだと思いなおし警戒を強める。

でも今の靄以外はなんの音沙汰もなかった。



「(なんで、このタイミング? 孝平は… 今は何ともなさそうだし…)」



孝平の様子に変化は見られない。悪いものの気配は感じられない。

とりあえずは大丈夫そうだと穂香は思った。

旅行はまだ初日なのに。あと3日程はこっちにいることになる。


穂香は、1度孝平とそのことについて話し合うべきだと思った。

たとえそれが、孝平の中の“何か”にも伝わってしまったとしても。孝平自身に伝えることが重要なのではないかと思ったのだ。

そしてそれは孝平も考えていた。



「……姉ちゃん、今日の夜、ちょっといい?」

「…! いいけど、どうしたの?」

「話したいことがある」



穂香は孝平の様子が少し珍しく感じた。

何がと言われたとしても答えられないけど、なんとなくとしか言えないのだけど。

いつからだろうか。そういう風に思うことが、今までにもたまにあったことを思い出す。

もっとも当時はそれが妖事かもしれないなんて考えもしなかったし、理解も出来なかったけれど。

何度どう言葉にすればいいのか。

お互いに、分からなかった。



「何か、変な感じだね」

「何が?」

「私たちって、仲悪くないし、会話もよくするのに… 知らないことが多い。何を言うべきなのかも分からないね」

「……」

「でも… まだ遅くないかな?」

「…うん」

「知りたいな」

「俺も」



穂香も、孝平も、ほんの少しだが口角が上がり小さく笑った。

そう、悲観などしている場合ではないという気持ちは2人とも同じ。だったら今からでもやれることを探すしかないと思った。

言葉を、交わす。

この2人にとっては難しくもなんともないこと。

だから大丈夫。そう信じあえることが2人の絆の形でもあった。











穂香たちが歩いていった方を見ながら、ネロはその場を動かず静かに飛び続ける。

強く、冷たい風が吹き、その羽を揺らした。



「きゃあ! 何!?」

「おい… 雪が裂けたぞ! 何だ今の……」



観光客の悲鳴。真っ白な雪道にできた大きな避けたような跡。

それはネロがやった“牽制”

手出しはするな。するのならば容赦はしない。

そう言い残すようにくるりと舞い、ネロは穂香たちの後を追った。


微かに形作った黒い靄の中に浮かぶ瞳。

その瞳はネロと穂香。そして孝平を見据えていた。




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