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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
34/48

28.文月丸と管原穂香




~*~



穂香は、自分の通う高校の図書室にて1冊の本を眺めていた。

図書室には穂香を含めてほんの数人しかいない。宿題が終わっていない者だったり、休み明けの試験に対する自習だったりと来ている理由は様々だ。

穂香が手にして眺めていたのは『お狐様伝説』。読むわけではなく、ただじっと見つめているだけ。



「先輩、どうしました?」



本棚の影から稀莉がひょこっと顔を出した。短くした髪が肩に触れてサラッと揺れる。

腰まであった綺麗な黒髪だったのにと、穂香は少し残念に思う。

今の髪型も似合っているが、何でまたバッサリいくようなことになったのだろうと、知った時疑問に思ったのだ。

本人は気分転換にと言っていたが、別の用途で切ったのだろうということは容易に推察できる。

というよりもそうとしか考えられなかった。

問題は何に使ったかだが、稀莉なら変な使い方はしないだろうと思ったので、穂香は深く聞くことはしなかった。



「あ、それって…」



稀莉も穂香が手にしている本に気がついた。わざわざ話さなくても分かるというやつだ。

約千年という時の中、誰から、どのようにして伝わっていったかなど、この2人にとっては最早どうでもいいこと。本人と知り合ったのだからそう思うのも当然だった。



「この本をきちんと見た人ってどのくらいいるのかな?」

「そもそもそれがどうしてここにあるんでしょうかね。まぁ、写しがいくつか作成されたらしいんで、その内の1冊だと思いますけど」

「原本はどこにあるの?」

「…確か、霊能協会の本部かどこかの支部だったかと」



出所がなんとなく気になった穂香は、知っていそうな稀莉に聞いた。祖母経由でたまたま知っていた稀莉はそう答える。

別に原本が見たいわけではなかった。

ただ、作成者、もしくは所持者、管理者。他の人の感じた印象を聞いてみたいと思った。

その機会があるならばの話だが。



「本人を知っているからどう伝わっていようが関係ないけども… それでも悪く思われたくないって思っちゃうんだよね…」

「当然の心理ですよ。好きな人のことなら、当然です」

「稀莉の断髪も、()()()()心理なのよね?」

「…先輩も言い返すようになりましたね」



からかいあったつもりがなんだか恥ずかしくなり、穂香も稀莉も顔を赤くさせる。

2人の他にも図書室には数人いたが、幸いなことに自分のことに集中しているような人たちばかりなので、2人の言動を気にするような人はいなかった。



「……休憩は終わり。勉強しましょう」



そう、元々の目的は夏期休暇後の試験対策。

話題をそらすために穂香は本を戻し、席に戻っていった。

対策、といっても特別なことは何もしていない。そもそも穂香は頭が良いので、ちょっと復習するだけでよかった。

勉強さえ始まってしまえば、2人の間に会話は一切ない。稀莉が分からない所を穂香に聞くぐらいだ。

そうして時間はあっという間に過ぎ、昼食をとる為に図書室を後にする。

これからどうしようかと、穂香と稀莉は話しながら歩いていた。



「穂香」



思いっきり街中だったというのもあるが、その声に呼ばれると思っていなかった穂香は、びくりと肩を跳ねさせた。

そこにいたのは穂香の思ったとおりの文月丸だったのだけど、いつもと違うその姿に開いた口が塞がらない。

耳がない、しっぽがない。髪が短く、和服ではなく洋服。

誰のセンスだと思ってしまう服装。長身であるから似合いすぎている。



「ふ、づきまるさま? どうしてここに…」

「前に言っただろう? 人の姿に化ける練習をせねばと。…声がうわずってないか?」

「き、気のせいです!」

「ところで文月丸様、その服装はどうしたんですか? 変化の練習とはいえ、現代をあまり知らない文月丸様が試すようなタイプの服装ではないと思うんですが…」

「これは、だな… 騙されたというか、口車に乗せられたというか…」



稀莉の質問に、言葉を濁しながら文月丸は答えた。

文月丸の言い方は誰かに何かされたような言い方。その様子から、その人に悪気があったわけではなさそうだと穂香は感じた。

若干のお節介とからかいもあったが。


文月丸に何かを勧める人物はほぼいない。

そもそも文月丸と対等な存在を、約2名を除いて穂香は見たことも会ったこともなかった。

でも、すでに亡くなっている穂実ではないのは明らかだし、黒羽が勧められるかも怪しいところ。

色々考えていた穂香の腑に落ちていない様子を感じ取ったのか、文月丸が口を開く。



「…その者とはいずれ会えるじゃろう」

「やっぱりクロ以外にもいるんですね…」

「今は会えぬと言うておったが、話してみたいとも言うとった。信用しておるが、昔のような可愛げは無くなっておった。小生意気な小僧になっとった。…いや、あれが素なのか……」

「誰だろう…」

「さぁ…?」



結局誰なのかは分からなかったし、教えてもらえなかったが、穂香は文月丸の口から出た「信用している」という言葉に嬉しくなった。

文月丸にとって信頼のおける存在が増えればいいなと思っていたのだ。

じっと見ていると文月丸が穂香の方を向いたので目が合った。



「あー! 私用事を思い出したんで帰りますね」

「稀莉…? そんなあからさまに…」

「では! また連絡しますね先輩!」



言い終わる前に、稀莉はものすごい良い笑顔で走っていってしまった。

穂香は稀莉らしいと思いつつも、小さく呆れ笑いが漏れる。



「稀莉はどうしたんじゃ?」

「いつものことなので気にしなくていいですよ」

「そう、か…?」

「でも、せっかくなので稀莉の厚意に甘えましょう。文月丸様、デートしましょうか」

「でーととな…? あやつも言うておったが、恋人同士がするもの、じゃったか? ふむ、それもいいな。……じゃが、何をすればいいんじゃ?」




承諾したはいいが、言葉の意味が分からず真顔で穂香に質問をする。

その言動がなんだか可愛く見えて、穂香は笑ってしまいそうになるのを何とか堪え、平静を装う。

分からないと言うのなら教えればいい。

そう思い、穂香は文月丸の手を取って歩き出した。

どこへなんて決めていない。なんならこのまま散歩しているだけでいいとさえ思っている自分に驚いているくらいだった。

穂香だって、そういうことに興味のある年頃の女の子だ。まぁ、興味があるだけで、絶対にそうしたいという欲は無いが。



「私の行きたい所に行っていいですか?」

「かまわぬが… そ、それでよいのか?」

「いいんです! さ、行きましょう!」






~*~



「…穂香、これは?」

「それはコロッケですよ」



少し歩いて穂香が来たのはとある商店街。昔ながらの店もあれば、今時の店もあるという中々に栄えている所で、穂香はよく稀莉や孝平と訪れている。

小さい頃から来ている所なだけあって、顔見知りは多い。

そしてそんな知り合いたちの中での、穂香人気がかなり高い。

特に、おばちゃん人気。



「ほのちゃん、これ持っていきな!」

「あらー! ほのちゃんもしかして彼氏かい!?」

「穂香ちゃんもついに、なんだねぇ。嫌だね、歳とると涙腺が…」

「アンタ、名前は?」

「兄ちゃん、ウチのコロッケ持っていきな! サービスだよ!」



終始、この状態であった。

人気のある穂香が通れば、声をかけないわけがない。そんな穂香の隣にいる文月丸の姿を目にしないわけがない。

文月丸も、おばちゃんたちの勢いにのまれて、まともな返しをすることはできていなかった。

右手には(半ば無理矢理)持たされたコロッケが。


けれど文月丸はちゃんと感じていた。

ここにいる人間の温かさを。穂香が、多くの人に愛されていることを。

嬉しくもあり、誇らしくもあった。



「…温かいのだな、ここは」



ぽつりと、文月丸の口から言葉が漏れる。

その言葉は穂香だけに聞こえ、商店街の喧騒に溶けていった。

人の心に触れたのは何年ぶりか。

文月丸にとっての“人”の印象は、穂実を殺したあの村人たちでしかなかった。

信じるに値しない。それが人間だった。


だけど、穂香と、その周りの者たちならば…

以前の村人たちのように信じることができるだろうか。



「どうしました?」

「穂香、我は、もう一度信じることができるだろうか」

「……そう思うことができた文月丸様なら、きっと大丈夫ですよ」

「だといいのだがな」



不安と、期待が入り交ざった声。ほんの少しの安心もあるのかもしれない。

でも不思議と恐怖の感情は、文月丸は感じることはなかった。

不安はあっても怖くはない。そう思える理由はきっと、あの頃とは違うから。

再び繋がることのできた縁があるから。



「あ、文月丸様。前に持っていったお菓子、あの和菓子屋で買ったんですよ」

「あのわらび餅というやつか?」



穂香からのお土産を、なんだかんだで文月丸はほとんどを気にいっていた。

人の世のものを口にすることはあまりないと言っても、食の好みというのは当然ある。好きだと思ったものは記憶に残る。



「店内でお茶と一緒に食べられるんですよ。せっかくなので食べていきましょう」

「…あの店だな? ちょっと先に行っておれ」

「? 分かりました」



別のどこかを見ていた文月丸がそう言った。

穂香は首を傾げながらも、一応は了承する。何かあるのだろうかと思ったけれど、わざわざ聞こうとは思わなかった。

自分に言う必要があるなら言ってくれることは分かっているから。

穂香は先に和菓子屋へと向かう。店主のおじさんとも知り合いなので注文はスムーズだ。

2人分注文し、受け取ったところで文月丸がやって来る。

何も言わずに、普通に、穂香の代わりに品を持ってイートインスペースへと移動する。



「(手慣れてない…? もう順応できている気がする)」



見慣れた耳としっぽが無く、人の姿でその場の風景に溶け込んでいるのもそう思う理由の1つだと穂香は思った。

驚くほどに溶け込んでいるとは思うが、女の子から視線が集まっているのは少し気になってしまう。

耳などがあってもなくても、そもそもの素材が良く顔が良い文月丸。周囲の気を引いてしまうのは仕方がないといえば仕方がない。

周囲からしたら、突然降ってわいたかっこいい人という感じだろう。

穂香的にはほんの少し複雑だが。


不意に、文月丸が穂香の髪に触れてきた。

文月丸は、穂香に対しては基本的に距離が近い。

そして穂香は、その距離感にすでに慣れてしまっているので何も気にならない。



「ふむ… やはり似合うな」



そう言って満足そうに文月丸は笑みを浮かべる。

なんだろうと思いつつ、穂香はさっきまで触れられていた場所に手をやり、それを確かめる。

触った感触と形状から、それが髪留めであるとすぐに分かった。

この商店街にはそういう小物も売っている店もある。穂香もそれは知っている。

さっき少し離れた理由はこれかと思いつつ、表情で文月丸に問いかけた。

本当は、分かっているけれど。

夢じゃないのかと思うくらい、嬉しいのだけれど。

文月丸は小さく笑みで返す。



「もぉ… ずるいです…」

「なんのことやら」

「……ありがとう…ございます…」



頬を赤く染めながらお礼を言う穂香を見て、さらに満足そうにしながらお茶を飲み、菓子を口に運ぶ。

これらは文月丸の牽制。

手を出すな、これは自分の番だと。

人に、そして妖に向けて。



「…さて、穂香。次はどこへ行くのじゃ?」

「そうですね… この辺だと…」



どこへ行こうか。何をしようか。

普通で幸せな会話ができるとは、穂香も思っていなかった。

だから穂香は密かに思う。この普通(しあわせ)を一時のものだけにしないと。

よほどのことがないかぎり、死を選ぶ真似はしない。


共に生きる。

最期となるその時まで。



――――――





~~*~~

これにて第1章が完結になります。

あともう1つほど、第2章へと続く小話を投稿します。




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