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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
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小話5 稀莉のとある決意

小話その5です。

主に稀莉視点。





~*~



今年の夏は、とても大変だった。

まだ夏という季節が終わっていないのに、そう思うほど稀莉にとって、人に聞かれたらそう答えるしかないと思うくらい、この一夏は濃い物だったのだ。

大好きな先輩(穂香)が(妖が)見えるようになったり、それによって狙われる頻度が増えたり。普通ならあり得ない契約が続けて行われたり、穂香が現状の現人神になったり。

当の本人が一番そう思っているだろうが、稀莉もまさかここまで妖と関わることになるとは想像もしていなかったのだ。

けれど昔ほど妖に対して恐怖を抱いたりしているわけではない。いや、怖いは怖いのだけど、そんな身構えなくてもよくなったと思うようになったというか。

ゆきちゃんもそうだが、一番の要因は稀莉の傍にいるようになった≪彼≫がそうだろう。



「今日は遅いな…」



穂香と文月丸のことが落ち着き、雪宮家で寝泊まりすることがなくなったとはいえ、ほぼ毎日といっていいほど黒羽は稀莉に会いに雪宮家へ訪れていた。

今日はまだ顔を見ていないなと思いつつも、稀莉は母親に代わっていつもの家事を行っている。最近は妹の稀絵も手伝ってくれるからとても助かっている。



「お姉ちゃん」

「あ、終わった? ご飯ももうすぐできるから先に宿題片づけちゃいな」

「……」

「稀絵? どうしたの?」



稀絵の様子がおかしいことに気がついた。

不安や怖がっているとかいうより、寂しがっているように感じた。やはり、仕事といえど母親がいないというのは寂しいのだろうかと。

稀絵が今よりも幼い時に父親が亡くなったので、稀絵は父親の記憶が曖昧だった。だからこそ母親や姉に甘えたな子ではあるのだけど、そういった感情を簡単に表に出すような子でもなかった。

それを知っているので、今の稀絵の様子を稀莉は気になった。



「お姉ちゃんも、いなくなっちゃうの?」



妹の一言に稀莉は驚いた。そんな事を言われるとは微塵も思っていなかったから。

お姉ちゃんもということは、数年前に亡くなった祖母と重ねているのだろうか。そうだとしても何か引っかかる部分があった。

明確というか、なんというか。そこまで考えたところで稀莉に心当たりが1つ浮かんだ。



「私はいなくなったりしないよ? 何でそう思ったの?」

「…………」

「怒ったりしないから言ってみな」

「…見えた。お姉ちゃんが人じゃない何かになってここからいなくなるの。でも、それは助けるためだから、私は何も言えないの」



見えた、という稀絵の言葉に稀莉はドキリとした。

稀絵には『予知』という能力がある。稀莉は静流からそう教えてもらったことがあった。

だからそう遠くない未来、稀莉は本当にそうなるということだった。

人じゃない何かとは。

それは一体何なのだろうかと考えた。考えたところで浮かぶ可能性は1つだけなのだが。


可能性としては今後の穂香と同じようになるということだけだった。

自分がどのような経緯でそうなるのかは今の時点では分からないが、霊力が安定していなくて、まだ能力の発動が不安定な稀絵にとっては穏やかとは言えない事実だろう。

稀莉以上に稀絵には受け入れがたいことであった。



「嫌だよぅ… お姉ちゃん…いなくならないで……」



助けるためと、稀絵は言った。

けれど今は、見えてしまった()()が事実だろうとそうじゃなかろうと関係ない。寂しいのだから、素直にそう思っているだけなのだ。

稀莉もまた、そう思う時が来るのだろうと、泣き出しそうになっている妹を抱きしめることしかできなかった。


これから感じることにあるであろう、不安や葛藤。それをきちんと感じずに決めることはできない。

ただ自分は、人であることを止めてまで何をやろうと思ったのかが分からなかった。

人であることを止めるということは必然的に家族と離れるということだ。家族のことも大切にしている稀莉は、その家族と何を天秤にかけているのだろうと思った。

確信、があるわけではないけれど、1つだけ気になっていることがあった。



「稀絵、よく聞いて。私がこの先どうなるかなんて分からない。稀絵の言うとおり、私はここからいなくなってしまうのかもしれない。でもね、それは母さんや稀絵が嫌になってとかではない事は絶対って言える。もしこの家を出なければいけない理由ができたのなら… 黙っていなくなることはしないって約束する」

「本当? 本当にちゃんと言ってくれるの? 本当に、お姉ちゃんは……」

「もう… 稀絵は相変わらずだなぁ。泣きそうにならないの。今すぐってわけじゃないんだから」



子供をあやすように、言い聞かせるように。

稀莉は稀絵の背中をトントン軽く叩きながら、しばらくそのままでいた。

そんな未来が見えてしまう恐怖というのは、どう頑張ったって完全には理解できない。だから表面上の言葉だったとしても「大丈夫」と言うしかなかった。

稀絵も成長して理解してくれるようになる。そう願いながらも妹をあやす稀莉の手は、ほんの少し震えていた。






~*~



深夜。

稀絵はもう寝たが稀莉はまだ起きていた。

なんだか眠れなくて、庭先を少し歩くことにしたのだ。

庭には祖母が植えた様々な植物がある。花だったり、低木だったり。稀莉は小さい時からこの庭が好きだった。


1人で考えたい時に、夜、ここを散歩する。

真夜中の外といえど家の敷地内。しかも結界があるのだから襲われる心配もない。

うだるような暑さがやっと落ち着いてきたこの頃。すごしやすくなってきたこの時期はついつい長居してしまう。

1人で空を見上げていると、背後に気配を感じた。

稀莉はそれが誰だか見なくても分かった。そもそもでこの家の敷地内に入れる妖はものすごく限られているから、選択肢がそんなにないというのもある。



「まだ起きてたの?」

「…クロを待ってたって言ったらどうする?」



稀莉は質問に質問で返してやった。ちょっとした意地悪のつもりだ。

けれども黒羽は気にした感じもなく、当たり前のように稀莉の隣に降り立った。その場面だけ見ればなんだか密会しているようにも見えることだろう。

今日はどうしてこんなに遅かったのか、なんて聞くつもりはなかった。来ない日もあるのだからそういう日もあるのだろうと。

ただなんか、雰囲気がいつもと違うことには気がついた。



「…雪宮家の血筋は不思議だねぇ」

「稀絵の能力のこと?」

「予知能力なんてそうあるものじゃないよ。そもそも人間がそういう特殊能力を持つことが稀なんだけどね」

「稀、かぁ……」



特殊能力、と言われても稀莉には実感があまりなかった。

けれどもそれはじわじわと浸透しつつあった。稀莉の中にもある能力(それ)

夏の穂香の件では稀莉の能力(それ)はあまり表には出ていなかったので、稀莉自身も自覚も理解もなかった。

こうして落ち着いて初めて、自覚をし、向き合うことができている。そうして夕飯前に妹に言われたことがカギとなり、自分がどうして家を出てまで何をすることにしたのか。


『誰かの為』の誰かとは。

分からないふりをし続けて、でも心のどこかではきっと分かっている。

稀莉は隣にいる黒羽をじっと見る。そういえば黒羽からは自身のことを聞いたことないなと、稀莉はほんの少し疑問に思った。

別にそんなことをわざわざ聞くような間柄でもないし、深い仲でもない。聞いたところで… という考えもあるからかもしれないが、稀莉には聞こうという気は起きなかった。

でも、今は―――



「稀莉ちゃんにもあるんでしょ? 妹以上の特殊能力」

「……それをわざわざ言うとでも? ていうか分かってるよね?」

「手厳しいなぁ」

「…クロ、私に何か、させたいことあるんじゃない?」

「…!」



稀莉の言葉に、黒羽の表情が硬くなった。

自分の抱えていることを表に出したつもりのない黒羽にとって、稀莉の言葉は予想外のものだったのだ。

()()()()を知っているのは妖側の存在や霊能協会の人間だけ。普通に過ごしていただけでは絶対に耳にすることのない情報。

的確なことではないにしろ、稀莉は感づいていた。黒羽の問題に、稀莉の能力(ちから)が必要であると。


話すべきかどうか、黒羽は迷った。早ければ早い方がいいとは思っているが、今はまだ時期じゃないとも思っていた。

躊躇う理由に、稀莉への恋慕の情があった。

自覚してから日はまだ浅いが、それでも巻き込みたくないと思うのには十分な理由になった。

初めて会った時は、利用してやろうくらいに思っていたのに、これほど感情の変化を厄介だと思ったことはない。

選択を誤りたくない。そうは思うけどどうしたらいいのかも分からない。

そんな黒羽の迷いを断ち切るかのように、稀莉の言葉が発せられる。

それは一切の迷いのない、凛とした声だった。



「クロ、私、聞けるよ。貴方の言葉」



迷っている自分が恥ずかしくなるくらいの、けれどどこか安心させる力強い言葉。

あの日、黒羽は全てを失った。

文月丸と出会う前の、まだ幼かった頃だ。逃げるので精一杯で家族や仲間を気にかける余裕もなくて。

逃げきった先で1人、恐怖と、悲しみと、怒り。そういう感情と戦い続けて。

たまたま出会った文月丸に、たまたま助けられて。

それでも、気はぬけなくて。



「……稀莉ちゃん、俺はね、帰る場所がない。でも故郷だった場所はある。そこには家族もいたし、仲間もいた。普通に暮らしてたよ、普通にね。けどある時故郷を追われ、そこにいられなくなった」

「何があったの?」

「故郷だった山が… ある日突然、瘴気に覆われたんだ。あの時の時点でとても濃い瘴気だった。瘴気は自然に晴れることはない。今も、誰も近づくことができないほどに瘴気が濃くなっているはず」



瘴気というものは発生するのに2パターンある。

術を用いて人為的に発生させるパターンと、自然発生するパターン。黒羽の故郷の場合は後者だ。

瘴気は命ある者全てに害のあるもの。その瘴気に蝕まれた者は最悪の場合、命を落とすこともある。

黒羽の仲間たちのほとんどがそうなってしまったので、黒羽という存在は生き残りと言われているのだ。


黒羽自身も故郷を離れて以来、故郷や仲間のことを知る機会がほぼほぼなかったので何も知らなかった。

けれど、いつからか情報を集めるようになった。

それなりに情報収集が得意な黒羽。少し遠出をしていろんな所を調べに行くようにしていた。

そんな中で、ある1つの情報が手に入った。黒羽の故郷と同じように瘴気に侵された場所が、人間の手によって浄化されたというのだ。

黒羽がその事を知った時、その人間はすでに亡くなっていた。

なので浄化の力を持つ()()()()を探した。


そして。



「今すぐじゃなくていいんだ。いつかでいいんだ。……稀莉ちゃんに、頼みたいことがある」



稀莉は黒羽の目が揺れるのを見た。

葛藤がありながらも、救いを求めている目だった。

いつもの陽気な感じの声のトーンではない。消え入りそうな、すがるような声。



「稀莉ちゃんの≪浄化≫の力で、俺の故郷を助けてほしい」



一族の再建、とまではいかなくてもいい。

そんな高望みはしない。でも黒羽の中の故郷を救いたい気持ちは大きかった。

稀莉も迷いはなかった。

自分の能力(ちから)が穂香以外の誰かの役に立てるのなら。

助けることができるのなら。


稀莉は黒羽の右手を、自身の両手で包み、微笑みながら了承の言葉を伝えた。




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