27.今度こそ
今回は1人と1匹のお話です。
~*~
ちりりん
どこかの家の、風鈴の音と重なって鳴る鈴の音。
その鈴を付けた白猫はある少年と対面していた。まだ暑いのに、1人と1匹の周囲は何故か涼しげだった。
「――…やはり、あなたでしたか」
「どういう意味かしら?」
「いえ、深い意味はありませんよ」
涼しげというより、もはや冷気。寒さを感じる錯覚を起こすほどの。
殺気にも似た怒りの視線を白猫は少年に向けていた。少年はそんな視線も意に介さず、どこか懐かしむように目を細める。
少年にとってその白猫は、かつての友であり、相棒。対等な存在だった。
「久しぶりですね。朱珠。…今は、ゆきちゃんでしたっけ?」
「…朱珠でいいわ。どうしてでしょうね。何百年、何千年たとうと、前と名が変わろうと、あなたからは朱珠と呼ばれたい。そう思うの」
「元気そうでよかった… それと、今回の穂香さんの件、手伝ってくれたみたいで… ありがとうございました」
その言葉に朱珠はピクリと反応する。
やはり分かっていた。分かっていてこの少年は傍観していた。…いや、傍観せざるを得なかった。
少年も力を貸してくれていればもっと楽に、もっと安全に事を進められたのに。…と思わないでもない朱珠だったが、少年の考えも理解しているので何も言わなかった。
彼が出られなかったからこそ、朱珠は自分が動いたのだけれど。
それでもけっこうギリギリの状況だっただけに、少し恨めしく思う感情を全面に出していた。
その感情を向けられている当の本人は気にもしていない。けっこう図太かった。
「無事に終わって、本当によかった… いや、終わったけど、始まったのかな…」
「あなたがいつ、穂香ちゃんたちに接触するつもりなのか知らないけど…」
「1年… うーん… 半年は先の予定ですよ。状況にもよりますけど」
「まぁ、そうでしょうね」
終わったと言っても、それは穂香たちが抱えるいくつものの問題の内の1つにすぎなかった。
問題の大きさにもよるけれど、いつでも助けられるようにと少年は準備を進めている。
あの時のように、何もできない自分はもういない。
自分の気持ちに添うことのできる力がある。もうあんな悔しい思いはしなくていいのだ。
少年は自分の手をじっと見る。
目を閉じると浮かぶのは、大好きで、最も尊敬している師の姿。
まだ小さかった自分の手を握りしめながら、微笑んでいるその顔。
「穂香さんには… 文月丸様には、今度こそ幸せになってもらいたいです」
「…それが、あなたの願い?」
少年は、聞かれた問いに笑みで返す。その笑みだけで朱珠は全てを悟った。
友人が、何をどうするつもりなのか。
自分がどうするべきなのかも。
「まったく… 言い出したら聞かないのは相変わらずなのね」
「ごめん、朱珠には迷惑をかけてばかりで…」
「謝るのなら千年前の時に謝ってほしかったわね」
「う……」
「冗談よ…」
呆れたように笑う朱珠を前に、少年はやっと肩の力が抜けた気がした。
師である穂実から受け継いだのは技術だけじゃなく、1人で全てを背負い込もうとしてしまうその気質もだった。
だから、今度は自分がという少年の思いも否定はしないけれど、朱珠は心配してしまう。
無理はしないでほしいのにと。
頼ってほしいと。
「…ねぇ、あなたは今、1人じゃないわよね?」
その朱珠の問いかけに少年は答えなかった。
現状そのままを話せば怒られてしまうことは分かっていたからだ。
けれど沈黙することは、肯定の意を表すことと同じ。隠そうとしたところでバレている。
少年は、親しき相手には嘘をつけない性格だった。
「…そこも昔と変わらないのね。人の為に動けて、人にも妖にも信頼されて… でも人の友達はいない」
「そんなハッキリ言わなくても…」
「事実でしょう? …でも、今世は大丈夫じゃないかしら。“あなた”を理解してくれる“人”はいる。そんな気がするの。今度こそ、大丈夫よ」
「………」
「…清、あなたも幸せになっていいのよ?」
中学生の子供がしている会話にしては“幸せ”というたった一言に重みがありすぎた。
たかがで終わらせられないその言葉は、少年にとってある意味、楔のようなもの。
呪縛、と言ってもいいかもしれない。
もっとも貰う側ではなく、与える側としてだが。
一連の事柄は、この少年の価値観を大きく歪ませもしていた。
少年が、微笑んだ。
かつての穂実のような儚い笑み。向けられた朱珠の方が、何故か心が痛くなった気がした。
「朱珠、僕は幸せだったよ。あんな状況下でも、ちゃんと幸せを感じられた。それは、守ってくれた穂実様のおかげであり、友として傍にいてくれた朱珠のおかげであり、こんな僕を愛してくれた青葉のおかげ。それは確かなんです。でも、朱珠の言うとおり、心の底から幸せを感じられていたかと言われると… 分からない、けれど…」
少年は言葉を一旦切り、すっと目を閉じる。
さぁっと風が吹いて風鈴の音が聞こえる。近所の子供たちの遊ぶ声も聞こえる。
少年は自分がかつての自分だと自覚した時からずっと考えていた。
この時代に再び生を受けた意味を。
「大きな心残りが果たされた。これからは今を生きる上での心残りを作ってしまわないように、やれることはやるつもりです」
「まったく… そうね、今のあなたはまだ14歳だものね。まだ、先があるのよね」
「これでも学校と家では普通の中学生なんですよ?」
1人と1匹。顔を見合わせ、思わず笑う。
そうだ。まだ、未来があると思いを馳せる。
過去を懐かしみ、未来を楽しみにしながら少年と朱珠は「またいつか」と別れの言葉を紡ぐ。
少年は母親に呼ばれ、部屋を出ていった。
朱珠は少年を見送ってから、その部屋を後にしたのだった。
―――ちりりん




