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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
28/48

24.天狐の狐神1 ~穂香の役目~

ここからちょっと短めのが3つほど続きます。




~*~



「姉ちゃん、出かけるの?」



玄関で靴を履いていたところで、穂香は孝平に声をかけられた。

まだ日が昇りきる前の午前中。

今日は夕方には帰ってこようと思っているので、穂香は早めに家を出ようとしていたのだ。

両肩にはネロと白雪。もちろん、孝平にも見えている。

孝平は白雪に手を伸ばし、指先でそっと撫でる。ネロにはまだ触らせてもらえない。

ネロが警戒心が強いのもあるが、白雪が人懐っこいのもある。



「うん、ちょっとね。お昼はいらないよ」

「分かった、母さんに言っとく」

「孝平、宿題は?」

「後プリント2枚。姉ちゃんは? …って聞くまでもないか」

「そうでーす。8月に入ってすぐ終わりました」



顔を見合わせてニッと笑う。

こんな分かりきった会話も、穂香には愛しく思える日常だった。

いつか、離れなければならないのか。そう思うたびに愛しさは増していく。



「そうだ、今日の夜ちょっと付き合ってよ」

「何に?」

「晩酌、ならぬ晩ソーダ」

「なんだそれ。…いいよ、やろっか」



何気ない約束をして、穂香は「いってきます」と言って家を出る。

小さな約束が、穂香にとっての帰る理由。

家族と共に、いる理由。


あの日から数日がたち、あと少しで夏休みも終わる。

その数日の間で穂香はたくさんのことを知り、吸収していった。

情報だったり、術だったり、色々だ。

その大半が文月丸や黒羽から教わった。



(ホノカー、今日も天狐様のところー?)

(そうだよ。何か差し入れ買っていこうか)



穂香は歩きながら念話(テレパシー)で白雪と会話する。

この数日の修行(?)で穂香の神力が上がった。主の神力が上がったことで、契約したネロや白雪の神力も上がった。

念話で話せているのはその成果である。

今や白雪も、野良妖から神格持ちとなった。 …下級だけど。


このままいけばネロとも会話ができるようになるかもしれないと、文月丸が穂香に言った。

とても珍しいことであまり例はないけれど、それを聞いた穂香は嬉しくなり、もっと頑張ろうと決めた。

出世とか、そういう感情はない。ただネロと話してみたいだけという、欲は浅い。

欲はないけれど、穂香は自分にはある役目があることを聞いた。

今日は、文月丸に会いに行くついでに詳しく聞こうと思っていた。







~*~



「なんじゃ、また歩いて来たのか」

「いいじゃないですか。歩くの好きなんです」

「物好きよの…」

「今日は黒糖わらび餅ですよー」

「前のとは違うのか?」



逢瀬というより、まるでピクニック。

そんな感じのほんわかした空気がその場に満ちていた。

安全で、幸せな空間。

文月丸の封印が解けたあの日から。揺らいでいた結界が安定し、より強固なものになっていた。

よほどの存在でなければ入ってこられないだろう。

力も順調に回復してきており、尾も現在6本となっている。



「文月丸様、今日は聞きたいことがあるんですが」

「…あぁ、例の、か?」

「はい。私の役目とは、一体何でしょうか?」



穂香は、この数日で心の整理はしてきたつもりだ。

迷いが無いと言ったら嘘になるかもしれない。心の整理をしたのと受け入れられるかは別物である。

けれど、自分の中のそれに気づいた日から、なんとなく気づいていたのかもしれない。


だから穂香は準備をすることにした。

この先、自分がどういう選択をして、どういう道を進もうとも。

自分の選択が間違いだったと思わなくてもいいように。



「役目とはの前に1つ… 穂香、最近変わったことは?」

「この状況がすでに変わっているので… 改めて言われてもどれとは…」

「まぁ、そうじゃろな。小さなことでもいいから上げるのならば?」

「……白雪と、念話で会話できたり、術の習得が一瞬だったり、あと疲れなくなりました」

「ほぅ…」



どれだけ動いても、どれだけ無茶しても、疲れなくなった。

3徹ほどしても余裕だし、前より増えた治療の依頼をいくつこなしても平気である。

言い表すなら、力がありあまっている感じ。

変化を上げるならこれだろうと穂香は思った。

術を覚え、使うたびに霊力が自分に馴染んでいくのが分かる。

やっと、自分のものになったような。



「穂香の、神としての力が完全に目覚めた。穂香、お主は≪現人神(あらひとがみ)≫なのじゃ」

「現人神…? 人じゃ、ないんですか?」

「正確には人であり、神。人として生まれた神である。じゃが、神である部分を封印されていたために、今までは純粋に人として育ってきた。霊力も並であったから妖の姿は見えなかったのだろうな」

「………」



封印が解かれずに、人としてすごし、一生を終えていた可能性は十分にあった。

どちらがよかったかなんて、分からないことだしそんな事を考えてもしょうがないことは穂香も分かっている。

自分がそんな存在で生まれてきたのが偶然であることも。



「穂香が神として生まれてきたことは、正直言うて意味はたいして無いのだと思う。本当に偶然、穂香だったってだけで。…穂香でよかったと我は思うが、穂香自身は、受け入れるのに時間がかかるじゃろう」

「それはどういう…」

「我はお主を待っとった。穂香を守るのが我の仕事じゃ。この山の主人を守る。我の天狐としての本当の役目じゃ。穂香がこの聖域の真の主。豊穣と生命(いのち)の神。それが穂香じゃ」



そこまで言われれば、それ以上の言葉は必要がなかった。

文月丸は、穂香が現れるまでの代理だったのだ。


豊穣と生命(いのち)の神。

いきなり自覚などできるわけもなく、感じる全てのものが重責となり、穂香にのしかかる。

穂香の不安を悟った文月丸は、穂香の頭をそっと撫でた。



「今すぐという話でもない。力の安定はもう少しかかるじゃろう。代理もおるからあまり気負うことはない。ただ、まぁ… 現人神を人として死なすのはどうかという意見もかなりある。強行手段をとる者もおるかもしれん。用心せねば」

「それはどういうことなんでしょう? 神としての力はあるけど、寿命は人と同じということなんですか?」

「そうじゃ。そしてそれをよく思わない者がいるのじゃ」

「強行手段というのは?」

「…人を神にすることを言う」



人を神に。

そんなことできるのだろうかも穂香は思ったが、できる方法があるからそう言っているんだろうと思い直した。

まるで現実味がない話。でも自分にも当てはまる話だった。



「文月丸様も、方法を知っているんですか?」



穂香がそう聞くと、文月丸は少し動揺しながらも、頷いて知っていることを話し出した。

その方法は、大きく分けて2つ。

神、もしくは妖が、人と肉体を共有する方法。

だがこれは最終的に人間側の魂と心が犠牲になってしまうので、禁忌とされ(おこな)った者は厳しく罰せられることになる。

もう1つは、双方の同意があればできる方法。ただし、それは男女にかぎったこと。

想い合い、番の儀と呼ばれる(おこな)いをする方法。



「番の儀。人間たちの言葉で言うと… 結婚、じゃったか?」

「!!?」

「ん? 真っ赤になってどうした?」

「なんでもありません!」



思いもよらなかった方法に、穂香は大きく反応してしまう。

興味がないわけではないし、出来る年齢でもあるけれど、今すぐそれを考えるような年齢でもない。

いや、人によるのかもしれないが、あくまでも年齢(それ)は人間側の都合。

想い合う、一緒になる=結婚(それ)だということでもないとは思っているが、意識してしまうのは仕方がなかった。


でも、もしも、他から強要されることがあるのなら。

穂香はチラリと文月丸を見る。

魂と霊力の波長がピッタリ合う文月丸の側は心地よかった。

この人となら、この人とでなければとも思う。



「穂香には、人としての居場所もある」

「文月丸様…?」

「人としての居場所を、生活を、家族を… 捨てさせることになるのは気が引ける。……じゃが、もう手放すことはできそうにない。すまぬな」

「…かまいません。でも、今後どうするかはきちんと考えようと思います。その答えは必ず伝えます」



たくさんのことがあったのだ。

その全てを受け入れきっているわけでもないし、かといって考えていないわけでもない。

不安も消えてはいない。けれど消えなくてよかったと思うくらいには、冷静に考えられている。

いや、ある意味冷静ではないのかもしれない。いい意味で。


家族や友人以外の大切な人。

自分がどういう選択をしようと、理解を示してくれる人。

穂香は、自分のことを考えながらも、いつかくる最期の日までこの人の側にずっといよう。

そう、決めた。




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