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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
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19.今、会いに行く




~*~



その部屋全体を覆っていた光が収まり、術の発動が止まった。

稀莉は詠唱を止め、大きく息を吐く。

発動は止まった。でもそれが成功したのかどうかは稀莉やゆきちゃんには分からなかった。

穂香が目を覚ますかどうか、覚めたとしてどうなるのか。

少しの不安を含んだ目で稀莉は穂香を見つめる。

すると、どこからかネロが現れる。ネロの不在を今認知したが、不在だった理由も察し安堵の微笑をもらす。



「う…ん……」



陣の中心で倒れていた穂香がむくりと起き上がる。術の影響だろうか、その雰囲気は少しぽやっとしていた。

穂香の肩にネロがとまり、膝には白雪が乗っかった。じわじわと伝わるぬくもりと重みが覚醒を促していく。

何も言わずに、穂香は白雪を抱きしめた。白雪のモフモフに癒しを求めたか、白雪は少しの間されるがまま。



「…よかった、もう大丈夫そうね」

「先輩は強いですね… し、信じてましたけど…!」

「あら、稀莉ちゃんだって私が思っていたよりもずっと強い子よ。静流様が認めていただけあるわ」

「おばあちゃんが…?」



稀莉とゆきちゃんが会話をしている間もずっと穂香は白雪を抱いていた。

しばらくして白雪のモフモフから顔を上げ、稀莉たちの方を向く。



「稀莉」

「先輩、体は大丈夫ですか? どこか異変とかないですか?」

「霊力が枯渇気味で立てそうにもないけど、それ以外は大丈夫。休めば平気だよ」

「よかっ…たぁ…」

「ありがとう。稀莉も頑張ってくれたんだね」

「そりゃ、穂香先輩のためなら!」



互いに霊力枯渇気味なので動けずに離れて会話する。

穂香は術から覚めて、稀莉の姿を見てホッとしたものの、今すぐにでも文月丸に会いに行きたい気持ちもあった。

けれど動けないものは仕方がなかった。けっこう時間が経過していたようで、日も落ち始めている。

夜になるから危ないとか、穂香にはどうでもよかった。

ただ会いたい。それに穂実に頼まれたこともある。

もどかしい気持ちを抱えながら、穂香は無意識に白雪を抱きしめる腕に力がこもる。

白雪は穂香の腕の中でもぞもぞと動き、穂香の顔を見上げる。

自分の主から伝わってくる、もどかしく思う感情。

なんとかしてあげたいと、白雪は、願った。

その願いが、白雪の能力を形成する大事な部分(パーツ)となる。



「白雪…? どうしたの?」

「…まぁ、珍しいわね。下級の妖が固有能力を手にするなんて」

「固有能力…?」



とても優しい光を放つ白雪。

眩しいということはなく、ただただ優しい光。例えるなら、癒しの波動。

白雪が手にした固有能力は≪治癒≫

白雪の治癒の光が穂香を癒していく。



「体が… 軽い…?」

「ホノカ、元気になった?」



そんな気がする、ではなく、本当にそう思った。

だるかった体が軽く、立ちたくないと思っていたのにすっと立ち上がれた。

その場で足踏みをしてみても、さっきまでのようなだるさは完全になくなっていた。

嬉しさ、白雪への感謝の想いの後に、これなら… と、穂香はすぐに動くことにした。



「稀莉、本当にありがとう。白雪を少し預かっててくれる?」

「…忙しいなぁ。いってらっしゃい、先輩。…気をつけて」

「いってきます」



白雪を稀莉に預け、穂香は稀莉の家を飛び出した。その後ろをネロもしっかりとついていく。

動けるのなら、行こう。

そう思いながら穂香は走る。

日が落ちかけてきているとはいえ、今は真夏。全力に近い力で走れば当然キツイ。

運動ができないわけではないが、得意でもない穂香。でも今は疲れなんて感じなかったしどうでもよかった。

時々、立ち止まる。

そしてかんじる、胸の奥のぬくもり。

穂香は、自分の中の穂実はまだ消えていないと思っていた。

目覚めれば消えることになると言ったのは穂実だ。でも穂実でも分からない現象が起きていた。



「それぐらいやってもばちは当たらないよね」

「…」

「あなたも、いつか、話せるようになったりするのかな?」

「…」



穂香の言葉に応えるように、ネロは反応し上下左右忙しなく動く。

その様子を見て、穂香はふっと笑う。そしてまた走り出す。


今、会いに行く。

穂実と共に、会いに行く。






~*~



一方、その頃。



「先輩はすごいなぁ」

「どういう所が?」

「全部、だけど… しいて言うなら決断力と行動力…かな」



穂香の代わりに白雪を抱っこしながら稀莉は言った。

ゆきちゃんから見た稀莉は、別に穂香に劣っているとは思えないぐらいの才能があった。

ゆきちゃんがそう思っている理由は、彼女の人となりを直接見てそう思ったのに加え、静流から聞かされていた情報もあったからだ。

稀莉は、先祖の雪宮清の能力を色濃く受け継いでいると。

なのに稀莉が一歩引いている。ゆきちゃんは稀莉のその姿勢が気になった。

思い切って聞いてみることにした。



「稀莉ちゃんにはないの?」

「先輩ほど強くはないです」

「そうかしら?」

「私は、妖が最初から見えていたくせに、向き合おうとするまでだいぶかかった。穂香先輩のようにはできていないんですよ。…でも、ちょっと不思議なんですよねぇ… 穂香先輩のことは尊敬しているし大好きなんですけど、なんていうか…」

「何か他に特別な感情が?」

「……穂香先輩と、初めて会った時。今度こそ守りたいって気持ちが湧いて強くなったんです。おかしいですよね。そんなこと、誰に対しても思ったことないし、ましてや初対面だったのに…」



そういう事かとゆきちゃんは理解した。

穂香の中に穂実がいたように、稀莉には清の想いが能力と共に受け継がれていたのだ。

つまり穂香と稀莉の2人は、現代(いま)の穂実と清なのである。

清はいつも穂実の一歩後ろにいて、いつでもサポートできる態勢をとっていたのだ。

そんな清の姿勢が稀莉にも現れていた。

けれど、それはけっして悪いことなどではない。



「貴女は、支援が得意なのね」

「…え?」

「人を助けることのできる、立派な才能だと思う」



静流の使い魔として、ゆきちゃんは長く雪宮家にいた。

稀莉が関わろうとしていなくても、ゆきちゃんは(あるじ)の孫娘である姉妹をよく見ていた。

いつか必ず来る静流との別れの後は、稀莉の使い魔として雪宮家に残るのもアリだと思っていたくらいには、ゆきちゃんは稀莉のことを認めている。

だからさっきの言葉はお世辞でもなんでもなく、本音だ。

穂香ほどではないが、稀莉の心の変化にも気づいている。



「今は… 穂香ちゃんの他にも、助けたい存在がいるんじゃない?」



言われた稀莉はある男を思い出す。

付き合いは穂香に比べたら全然だ。でも彼は、すでに稀莉の中では穂香と同列の存在になっていた。

彼の心に大きな傷があるのは、なんとなくだが感じていた。



「あら、穂香ちゃん以外にも作用するのね」

「…? どういう意味?」

「白雪よ。さっきからずっと光ってる。稀莉ちゃんのことも回復してくれてたみたいね」

「え? …あ、立てる!」



その場で踏んだり、腕をくるくる回したり、体がどの程度動かせるのかを確認する。

枯渇気味だった霊力も戻っている。

思っていたよりも高い白雪の治癒能力に、穂香はとんでもないコを生み出してしまったのではないかと、稀莉は内心冷や汗をかく。

下級の妖に、高い能力を与えることのできる存在は、人間どころか神にだって片手で数えられる程度。

ただ特殊、というわけではなさそうだと稀莉は考える。



「…稀莉ちゃん、貴女にその気があるなら1つ、術を覚えてみない?」

「え、今?」

「そうよ。追いかけるつもりなんでしょう? それか、会いに行くつもり、と言った方がいい?」



言われて稀莉は頬を染める。

誰、と口に出したつもりはないけども、分かりやすかっただろうかと恥ずかしくなったのだ。

稀莉が詳しく聞くと、稀莉ならすぐに覚えられる術だとゆきちゃんは言う。

どちらにしろ、稀莉に断る選択肢なんてなかった。

それが誰かの為になるならなおさら。

大切な人たちの為になるのなら、なおさらだった。









~*~



「……動いたようだね」



とある住宅街にある普通の一軒家の一室。

気にしていた霊力の流れを感じ取った少年は、読んでいた本を閉じて窓から外を眺める。

後10分もすれば日は完全に落ちるだろう。夜は、神や妖たちの活動領域だ。

自分が、彼女たちに正体を明かし、手助けすることはまだできない。大変な時であろう今もサポートしに行くことはできなかった。

でも、心配だけど安心もしていた。

きっと、大丈夫だろうと。



「頼みましたよ。文月丸様」



ぼそりと呟いた言葉は、吹いた風にかき消される。

少年が信頼をおいているのは文月丸に対してだけではなかった。

誰よりも尊敬していた人。

そして、自分の能力を受け継いだ、大事な子孫。



「清ー! ご飯よー」

「…今行くよ。母さん」



自分が会えるのはいつになるだろうか。

少し先の未来を楽しみにしつつ、少年は今の家族と共に生活をしていた。




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