18.穂実と穂香
穂実と穂香。
実は2人は姉妹のような、親友のような。
そんな2人。
~*~
「…と、まぁこういう感じで… 私、話をまとめるの上手くないから伝わったかどうか不安だけども」
「大丈夫、私はなんとなくでも分かるから」
穂香がそう言うと、穂実はホッとしたようにふわりと笑った。
何もない、ただ2人だけがいるこの空間。
誰にも邪魔されない場所というのが重要なのであって、その他は穂香にとって割とどうでもよかった。
穂香の視界を何かが横切る。
「ネロ…」
ネロは2人の頭上を何回か旋回し、そしてゆっくりと2人の目の前に下りてきた。
穂香が手をそっと差し出すと、ネロは応えるようにその手にとまる。
「ネロ… いい名前ね」
「安直だと思うんだけど…」
「そう? 簡単でいいんだよ。そんな凝ってなくても」
「……」
「私は、この子が生まれるまで生きてはいられなかった。でも、私と一緒に散らしてはいけないと思って、清に持って行ってもらったの。…よかった、また会えて」
穂実が住んでいた家の前に、一輪の夢幻花があった。
穂実から霊力を与えられていた夢幻花が弟子の清に託され、無事に幻魔蝶が生まれた。
たくさんの「心」を知ったことで生まれた感情と欲。それらの中の1つの心。
愛した人よりも、与えられた使命よりも優先し、強く、強く願ったモノ。
「…私の、ために……?」
いろいろな捉え方があるのかもしれなかったが、少なくとも穂香はそう思った。
それこそ赤の他人だったのに。見ず知らずの人より、村の人たちより大切な存在があっただろうにと。
穂実がなぜ自分を優先したのか。
「貴女が、一番大切だった」
「一番…? で、でも一番はっ…!」
「だって穂香は、初めから、常に、そして最後までずっと私と一緒にいた。清と出会うよりもずっと前から。夢の中という、限られた場所だったけど」
「夢の、中…」
昔の記憶が少しずつ蘇ってくる。
幼い頃から3~4日に一度の周期でよく見た夢。
内容は、1人の女の子と話しているだけの、特に際立った場面があるわけではなかったが、何度も見る光景に当時は不思議に思っていた。
もやがかかっていて顔は見えなかったけれど、思い出した今ならあれは穂実だったのだと穂香は確信している。
でも穂実のことを知らなかったこともあってか、夢以外の認識は何もなかった。
けれど穂実は、逆にそれでよかったのだと穂香に告げた。
幼い頃から知らされていれば、自分のようになってしまうと思った。「人」としての多様な知識と考えが足りなくなると。
「私は穂積山の、そして穂香の土台。支えの存在」
「でも、私と穂実は…」
「うん、魂は同じ。けれど時として1つの魂に意識が2つ宿ることがある。時代を同じくしてそうなる場合もあるし、時代を違えてそうなる場合もある。二重人格とかが近い例ね」
「私たちも同じ時代であれば、1つの身体だったってこと?」
穂実は黙ってうなずいた。
たまたま時代を違えたからこそ、それぞれ存在し、それぞれの生でそれぞれの心で過ごせていた。
「でも、融合が進んでしまえば…」
それが完了してしまえば、それは穂実の生きた証を否定して、穂香の未来も否定することになる。
それだけは絶対にさせないと周りの人間が頑張っているのに、自分は何もしないなんてそんなのは違う。
友人たちの為にも、互いの大切な人の為にも自分は抗わなければいけないのだと、決意を込めた表情で穂香は穂実を見た。
穂実もまた、穂香と同じ気持ちだった。
「大丈夫! そんな馬鹿げた術をぶっ壊す方法を編み出しておいたから!」
「………」
「どうしたの?」
「…いや、穂実がちょっと乱暴な言葉を使うとは思ってなかったからびっくりしてる」
「えへへー、意外?」
何故か照れたように笑う穂実に、穂香は「褒めてない」と心の中でツッコミを入れる。
深刻な話になるかと緊張していたが、穂実のあっけからんとした様子に拍子抜けする。
同時に、安心もした。
穂香にとって穂実は、少し抜けている所もあるけれど、とても頼りになる姉のような存在となっていた。
「方法自体はとても簡単よ」
そう言って説明を始める。
その方法とは、言ったとおりの簡単なもので、穂香が黒羽に教わった解呪の術と似たようなやり方だった。
ただ、霊力操作が難しいようで。2人にかけられているような呪いとも言える術を解くとなれば、2人でやっても出来るかどうか五分五分だった。
1人が術の解析をし、1人がその解析した道筋をたどって霊力を流し込んでいく。
解析は穂実。霊力を流すのは穂香。
役割を決めたのは穂実で、穂香もそれに異論はないけれども、失敗できないと言われ、不安が顔に出てしまった。
どうしたとしても拭えない不安というものはある。
「大丈夫! 穂香は、ついて来てくれればそれでいいの。確かに、術の構造によっては入り組んでいて難しいと思う。しかも最速で行くから、一度踏み外したら失敗という状況で不安にならない方がおかしい。でも、私は大丈夫だと思う。だって私と穂香でやるんだもの。成功しかありえないでしょ!」
屈託なく笑う穂実は、ストンと穂香の心を落ち着かせる。
不安は消えていない。消えるわけがない。
でも、この人が大丈夫だと言うのならきっとそうなのだろうと。何度不安になっても、そう思わせてくれる何かがあると穂香は感じた。
「じゃあ、始めるよ」
穂香は、すっと出された穂実の両掌を重ね合わせる。
微かに熱をおび、温かくなる。
少なすぎず、多すぎずの霊力を練って少し待つ。穂実の解析が正確に進まなければ動きようがない。
でも、それは急に訪れた。
穂実の霊力の流れが速くなった。解呪するための正確な道のりを見つけたからだ。
それを合図に穂香も続く。道に迷うまいと、置いて行かれぬように集中して後を追う。
「(早い… 見失いそう。集中しろ私!)」
融合の術は、穂実が思っていたよりも複雑で入り組んでいた。
正確な道のりを見つけていても、ほんの少し気を抜けば見失ってしまいそうなほど。
穂香にも、穂実にも冷や汗がつたう。
「……穂香。返事はしなくていい。話だけ、聞いてくれる?」
突然、穂実が口を開く。
何故今話し出すのか分からなかったが、穂香は言われたとおりに自分の手を止めることはしなかった。
聞くだけなら、集中しなくてはならない状況でも大丈夫だと思ったからだ。
どんなことでも穂実の気持ちを聞けるのは、穂香にとっては嬉しいことだった。
記憶を見ても、魂は同じでも、本当に奥底にあるものは誰にも分からない。
「私… 他人で、異性を好きになったのは文月丸様が初めてだった。普通に生きられるのなら、この人に添い遂げてもいいと思えるほどだった。きっと、初めて会った時からそう思っていたと思う。文月丸様との時間はとても幸せなものだったわ。両親を失った直後の私にとっては幸せすぎるほどに。文月丸様がいて、清がいて、私がいて… それが当たり前だと思えば思うほど、私の心の内は罪悪感で満ちていった。仲を深めるほど、愛し合うほど私はこの大切な人に大きな傷を残してしまうのだと」
後悔もずっとあった。でもその瞬間の幸せをかみしめる方が穂実にとっては大事なことだった。
父親の、大切な願い。ないがしろにする理由なんてない。
何かを欲すれば何かを諦めざるを得ない状況で穂実が選んだのが、自分を諦めることだった。
自分の気持ちを、自分の命を。
「文月丸様の真に欲したモノが私ではない、私にはないと分かっていても父が願った感情を諦めることはできなかった。確かに、あの方は人ではないのかもしれない。でも、人ではないからこそ私は惹かれたの。文月丸様は私をちゃんと見てくれたから」
今まで、何も言わなかったというのが嘘のように穂実は言葉を紡ぐ。
穂香が相手だからだろうか。その様子は歳相応の、おしゃべり好きの女の子。
だけどね… と、穂実はその表情にほんの少しの悲しみの色を浮かべる。
文月丸より、大切で守りたい存在があったのだと穂実は言った。
「気づいていなかっただけで、私にはいたの。さっきも言ったけれど、それが穂香だよ。男とか、女とか、人間とか、妖とかそんなの関係なくて、ただただ貴女という存在が大切だった。大切な人が2人もいて、私はどうすればいいのかすごく迷った。どちらかを諦めなくてはいけないのか、両方を守れないのかってね。考えて、考えて… 行きついたのが村の人たちに殺されることだった」
思いもよらない言葉に、穂香は一瞬集中を乱しかけたが、ギリギリの所で踏みとどまる。
村人たちによる襲撃は、穂実が故意に起こしたものだと思っていなかった。そもそも誰が思うだろうか。
そんなことを殺される本人が仕掛けるなんて。
けれどそこまで聞いたからなのか、穂香は穂実が何故そうしたのかの理由が分かってしまった。
自分が仕掛けられる術を仕掛ける為に。敢えて「神」ではなく、「人」の手によって死ぬことを選んだのだ。
それが当時、自分の最大限の範囲内だった。
「ある時からこう思うようになったの。ただで使われてやるものかって。人間には人間の、私には私の意地があったから。「私」を使わせてあげるんだからそれ以外は好きにさせてもらおうって。だからこうして、千年たった今でも私の意識が残っているの。魂で繋がった、穂香の中だけという条件付きだけどね。よしっ! 出口見つけた!」
自分の作業が終了したことを穂実は言葉で穂香に告げた。
ならばと、穂香は元々速かったスピードを更に加速させる。そして終わりを告げるようにパキンと音が鳴った。
今までこんなハイスピードで行程を進めたことがなかった穂香に疲労がどっと押し寄せる。立っていられなくてその場に座り込んだ。
身体の疲労というより精神の疲労。そもそもここは現実世界ではないので体に疲労があるはずもないが。
「おつかれさま」
今は頷きを返すので精一杯な穂香とは違い、穂実は涼しい顔をしている。
これが経験の差かと穂香は思った。
「私たちにかけられていた融合の術は解除されたわ。穂香の中に存在していた私の意識も、穂香が目を覚ましたら消えることになると思う」
「……どうなるの?」
「在るべき場所に、行くことになる。そこにあるのは魂と霊力のみで、意識があるわけじゃないから、そういう意味ではお別れになるわね」
「……、あの、ね… 穂実…」
何を言うべきか分からなかった。でも何か言わねばと思った。
言葉を探しながら、穂香は穂実の名を呼んだ。
事実を知ったのは現代になってだ。それでも、彼女とはずっと共にあった。
悲しくないわけがない。寂しくないわけがない。
言いたいことも、聞きたいこともまだまだたくさんある。それなのに時間はもうないことを示すように、辺りに光の粒子が溢れて空間を埋め尽くしていく。
「穂香、お願いがあるの」
「え…」
「――――――」
「…!」
そこには2人とネロしかいなかったが、まるで内緒話をするように、穂実は穂香の耳元へと顔を寄せ、伝えた。
穂香は何も言えず、体を離した穂実をただ見つめる。
光が強くなり、穂香の視界が白に染まる。
「じゃあ、穂香。……またね」
穂香は思わず穂実の方へと手を伸ばす。
伸ばした手に、そっと触れられる感じがした。
そこには確かに温もりがあった。




