17.穂実という人 3
空狐たちが考える新しいものというのは、もちろん土台となる予定の娘のこと。
魂が清く、霊力も稀少で生娘であること。
なぜ生娘でないといけないのか、娘には理解できなかったが、やはり自分の運命は変わらないのだと心が一気に冷えた。
やっぱり、この男もそちら側なのかと一瞬思ったが、何かがおかしいと頭に疑問符が浮かぶ。
男の言動、雰囲気、そして表情。もしかして、本当に知らないのではないか。または間違った情報を流されているのではないか。その可能性は十分にあった。
仲間割れでもしているかもしれない。それもあるけれど、いろんな可能性がありすぎてどう予想するのが正解か分からなくなってきた。
自分は、引かれた線に沿って進まされているだけなのかもしれない。そう思ったらなんだか全てに腹が立ってくる気がした。
神様というのはわりと勝手な存在なのかもしれないと。
娘はこのくらいの時から、自分が今まで接してきていた「神」に対してそう思うようになっていた。
自分は、あちらの都合のいいように使われるだけ。
私にいいことなんて、何一つとしてないのではないか。
そんなふざけたこと、あってたまるか。
両親が死んだのも、その「神様」たちのせいな気がしてきてならなかった。
その現場を見ていたわけではないので娘は何とも言えなかったが、たとえ本当にそうだったとしてもあの「神様」たちが自白するとも思えなかった。
何はどうあれ、そういう疑念が生まれてしまっては、真実を知る手段を持たない娘にとってはなすすべがない。
じゃあ、どうするか。
一矢報いる、ではないが、なんとか一泡ふかす何かをしようと娘は考えた。
「穂実、どうした? 気分でも悪いのか?」
男が不安そうに、心配そうに娘に問いかける。
娘は小さく笑って「大丈夫」と言ってみせるが、男の顔を見た瞬間にあることに思いいたり、余計に悲しくなった。
空狐たちがどうにかしようとしているのはこの土地の事のみ。
きっと、おそらくは、自分さえ使うことができれば、他はどうなろうと何も考えていない存在たち。
じゃあ、何故この男はここへ来たのだろう。
娘を土台にするだけなのなら必要はない。管理者として置かなければいけなかったのだとしても、今じゃなくてもいいはずだった。むしろ娘がいなくなった後に配置した方が、空狐たち的には都合がいい。
つまり、この男は空狐たちにとっての異常事態。
しかもその事に空狐たちが感づいている様子はなかった。
けれどそれもおかしくないだろうか? 空狐たちからしたらこの男の存在はどれ程のものなのだろうと、娘は考えるようになった。
いろんな疑問と不安を抱えたまま1日、また1日と過ぎていく。
そんな、数日たったある日だった。
「穂実様、山が、おかしいです」
弟子の少年からそう言われた。
娘も薄々感じていた。山からの霊力が弱まっているのは分かっていたからだ。
再び天候も荒れ出していた。けれど、村人たちからは言うほどの焦りを感じない。
皆、口々に言うのだ。我々にはお狐様がついているのだ。大丈夫だと。
村人たちは、娘の恋人が自分達の言う「お狐様」だというのを知らない。
山の不調や天候の不調が、お狐様となんら関係ないことも知らない。
空狐たちも、本当は、この山の限界がとっくに過ぎていることは知らなかった。
繋ぎ止めている、娘以外は。
時間はあと、3ヶ月程。
どのくらいの準備が出来るだろうか。どのくらいの細工が施せるだろうか。
決行の日を、自身が18になる日になるように調整をする。娘の中にはもう、「生き延びる」という選択肢はなかった。
利用する。使えるものは全て。
それが、たとえ自分の命だろうと。
「清、手伝ってほしいことがあります」
「はい! 何でも言ってください!」
「……ごめんなさい、本来ならこんなことさせるなんて… 私は、師として最低ですね」
「…穂実様。穂実様は、十分にやっておられると思います。やらなくていいことまでやっているのに、良い見返りなんてないのに…」
「文月丸様と出会えた、清と出会えた。父さん母さんの娘に生まれた。…あの子の、助けになれる。それだけでも私は幸せだと言えますよ」
自分の幸せは自分で決める。そう言うかのように。
娘は動いた。少年と共に、未来への細工を施すことにした。
もちろん、それは簡単なことではなかった。空狐たちに、そしていつも傍にいる男にほんの少しでもバレないように。
娘は、わざと田畑の状態を悪くし、悪天候にもなるようにした。
そうすれば当然、村人たちの心は荒んでいく。対処をすれども良くはならないので余計にだった。
貧困になっていく村人たちを見るのは、自分が起こしたこととはいえ辛いものがあった。けれどもそれが娘の狙いでもある。
娘は自分の魂にも細工をした。
同じ魂を持つことになる未来のあの娘の手助けが出来るように、意識を残す術をかけた。
自分の魂の一欠片分、切り分けて山のある場所に隠した。
これで大方の準備は整った。後は、その日まで貧困に苦しむ一村人を演じ、後処理を少年に任せ、自分が去るだけとなった。
けれど、予想外の言葉を男から告げられることになる。
「え… 姫巫、ですか?」
「そうじゃ、穂実になってほしい」
「………」
ある夜、会いに来た男に娘はそう言われた。
娘は当然、姫巫という言葉の意味を知らないため、即答はせずに表情で意味を問う。
姫巫とは、霊力の高い人間の女性が神の番になることをいうのだと男は答えた。
もちろん、全ての神がそうだというわけではない。そもそも姫巫となれる人間はそう現れない。
娘は、姫巫となるには十分な器だった。もしかしたら、姫巫となれば生贄になどならなくてもすむのではないか、娘はそう思った。
けれどそれは確実なことではなく、あくまで可能性というだけであるから娘は承諾の返事をしなかった。
それでも心を揺らすには十分だった。
生きたい、死にたくない、この人といたい。そんな思いが固めたはずの想いを揺らす。
「止めますか? 穂実様」
「……いえ、やめないわ」
「無理されていませんか?」
「大丈夫よ」
娘は虚勢を張るために精一杯の笑顔を作る。少年はそれ以上は何も言えなくなった。
本当は、男の申し出をすぐにでも受けたかった。
けれども自分なんかに、男の言う姫巫などというものの資格があるとは思えなかった。
それに、たとえあったとしてもそれでなって死ななくてもよくなる保証はどこにもなかったのだ。空狐たちはなにがなんでも押し通してくるつもりだというのを分かっていたので、娘は思い直し決意をまた新たにする。
18になる日が近づくにつれて、死への恐怖というのはなくなっていった。
ただ日々を淡々と過ごす。気のせいか、感情の起伏というものも無くなっていっているような気がした。
ある日から恐怖の感情だけでなく、幸福の感情も薄くなっていることに気づいた。恋人である男といても、信頼をおく弟子の少年といても、以前に感じていたものが感じられない。
このままその日までに全ての感情が無くなってしまうのかもしれない。そう思った娘は伝え残しておくべき事を少年に伝えておくことにした。
「…清、あなたにだけ伝えておくことがあります。決して他言はしないように」
そしていよいよ明日、18になる日。
娘は少年にだけ、自分が行うつもりのことの全てを伝えた。
少年に、後のことを全て押し付けるような形で任せてしまうことに大きな負い目を感じながら、一言一句漏らさずに。
驚きながらもどこか分かっていた様子で、少年も真剣に聞いている。
「清、生きるのです。貴方だけは生きて。
そして、後世の者たちを伝え、導くのです。いつの日か… 文月丸様の力になってあげてほしい。あの人を、守ってほしいのです。私が貴方に望むのは、それだけです…」
これで準備は全て終わったというような表情で、娘は帰る少年を見送った。
去っていく少年の後ろ姿を見ながら、娘はとある呪文を唱え、とある術を発動させていた。
「穂実。あんたには悪いが、村の為に死んでくれ」
次の日の朝。
娘が想定していた通りの時間、人数、持ってる武器(農具)。
目の前に広がる光景が、何もかもが頭に浮かんだ光景そのもので。ここまで運命というものの強制力があるのかと、娘は感心すらしていた。
村の為なんかじゃない。
自身の為、恋人の為、弟子の為。
そして何よりも大切な、あの子の為。
運命というものに抗った私の意志なのだと。そういった意味を込めた目で、娘は村人たちを見据えた。
「(ごめんなさい… 文月丸様…)」
貴方が望んだのは、欲したのは自分ではないと。
襲い掛かる衝撃がどれほどであろうと。それによる痛みがどれほどであろうと。
娘が一番痛かったのは、心。
致命傷となる、首に攻撃を受けた時も、ずっとずっと心が痛かった。
最期に、その目で男の姿を捉えた時。
声がもうすでに出せなかったので、心の中で、傷つけてしまったことを悔いて、謝罪した。
~*~
ハッキリとした意識というものはなかった。
でも、確かにそこにはあった。
「……この魂が、例の娘のものですか?」
「そうだ、大切にせねば。来る日まで、2つに分け片方を封しなければ。……息子は、大丈夫なのか?」
「深い悲しみと、絶望の中にいるようで。…ちゃんと伝えるのはもう少し後の方がいいかと」
「難儀なものだな… 心を持ちすぎるというのも」
「あの子の姫巫が現れれば、あるいは…」
「…穂実といったか。あの娘が言うにはその素質の娘は今はいないだけだと。……なんにしても、時間が必要だな。長い、長い時間がな」
2人の狐神が淡く光を放つ魂を手に。
娘と交わした約束を胸に秘めながら、今後のことを考える。
分けられた魂の片方を墓石に封印し、片方を輪廻転生の輪へと続く道に乗せる。
けれどそこで、とある妖に細工をされた。
霊力を抑える術を魂にかけられたのだ。
その1つの歪みが後の歪みへと繋がっていくのだった。




