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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
19/48

15.穂実という人 1

穂実の回想、というか過去編です。

長くなりそうだったので2~3つに分けることにしました。




~*~



「この子の名前は穂実」



稲穂が実る季節に、その女の子は生まれた。

小さな村の、ある一組の夫婦。生まれた娘は大変愛らしかった。

その赤子は大切に、大切に育てられた。よく笑い、よく泣き元気に育った。

この夫婦が、娘の特別な感覚に気づいたのは娘が3歳の時だった。



「お母さん、お外でね、いっぱい声が聞こえるの!」

「声? お友達?」

「お花さんとねー、虫さんとねー、うさぎさんとねー」



母親は、最初は何も疑問に思わなかった。

けれどもすぐに、娘の言っていることが他の子供たちと違うと気づく。

それから母親は、娘を注意深く観察するようになった。

当然、夫にも相談をする。



「え、穂実がそんなことを?」

「別に、気味が悪いとかそういうんじゃないの。ただ、あの子の存在がどこか不思議に思えて…」

「……」



不安そうに話す妻と、すやすやと眠る娘を交互に見て、父親は優しい笑みをこぼす。

心配はいらないと、安心させる笑み。

父親であるこの男がそう思ったのは、娘の特異性をすでに知っていたからだった。

妖たちが、人間のより近くにいた時代。

この男も実は、娘と同じ見える側の人間だった。

だから娘が何と言葉を交わしているのか分かっていた。

そしてそれらに、敵意がないことも。



「確かに、この子はちょっと他の子とは違う感性を持っていると思う。でもそれは決して悪いことではないと、僕はそう考える。僕らで見守り、支えよう。この子が大人になるその日まで」



その言葉に、母親はまだ少し不安そうにしながらも力強く頷いた。

そうだ、自分たちがこの子を守らないでどうするのだと。

頼れる親戚はいない。この子を守れるのは自分たちだけだと。

その時から2人はできる限り娘から目を離すことはしなかった。

家にいる時、外で遊んでいる時。

1人で外に出て帰ってきた時には、何をしていたのか、どんなことがあったのかを上手く聞き出していた。

そんな両親の努力の甲斐あって、おかしな言動をしたりせず、村の子供たちの中でも浮くことはなかった。

心美しく、社交的でもあった娘は、誰にでも好かれる村一番の「綺麗な人」となっていった。



「ねぇ、お父さん」



ある日、父親と家で2人きりになった時。

採取した薬草の仕分けをしていた父親を手伝っていた。

14年、両親からたくさんの愛情を受け、たくさんのことを教わった。

けれど娘は父親に聞いてみたいことがあった。

娘はわりと早いうちから、父親が自分と同じ景色が見えることに気づいていた。



「どうした?」

「…お父さん、あの山にあるお社には、誰かいるの?」

「…!」

「小さい頃、たまたま見つけたの。それから行ったことは一度もなかったけど、この前山菜とキノコを採りに行った時ふと思い出して行ってみたの。あの頃と、少しも変わらない綺麗な姿そのままだった。誰が管理しているんだろうって思って」



父は、娘に対してどう答えるか迷った。正確なことを教えられるほど、自分も詳しくはないからだ。

昔、妻と出会う前くらい昔。

たまたま知り合った巫女や陰陽師の一族の人物から聞いた程度の情報しかない。

それでも、この子には伝えておくべきだと思った。

妖が見え、聖域に足を踏み入れた以上、近い将来無関係ではいられないからだ。


もしかしたら、娘は―――

父はまさかと思った。信じたくはなかった。

受け入れたくもなかった。けれど現実は父の想像を超えてはるかに残酷だった。



「それともう1つ。私、大人になれないみたい」

「何を…!」

「言われたの。私は、土台だって」



この時初めて、娘は父に話した。

自分に告げられた、自分の運命を。

淡々と話す娘の姿に、父は初めて恐怖を抱いた。

娘の様子にではない。疑問も持たず、抗いもしない娘の感情に対してだった。

どうにかしなければ。父はそう思った。

娘が生きられる方法。生きたいと思わせる方法。

避けられない運命だといっても何かあるはずだと、1日の仕事の合間に必死に考え、探した。

明確な方法が見つからぬまま、半年が過ぎる。

そんな時、娘が1人の男の子とよく一緒にいるのを見かけるようになった。



「もう一度だよ清。やってみて」

「はい…!」



もう少し後に、師弟関係となる2人。

その2人の姿を見て父はふと思った。娘の交友状況をよく分かっていないと。

娘は、村での評判は悪くない。

むしろ良いほどだが、娘と村人たちの距離感が一定で保たれていて、それ以上縮まっていないことに、今気づく。

自分に未来がない娘にとって、村人たちとの交友はあまり意味のないものだった。

親はともかく、友人、ましてや恋人なんてものは必要ないものと思ってしまっていたのだ。

命が終わる、その時まで。

当り障りなく生きていられればそれでいいじゃないかと。

そんな自分の命に対しての感情が希薄だった娘が、その少年と接し始めたことでほんの少しではあるが、変わり始めた。

その少年が、家族以外の人の温もりを、命の儚さを娘に教えたのだ。

娘がやっと、命というものに向き合うことができていた時だった。

1つの悲劇が、娘にふりかかる。



「どうして…? お父さん、お母さん…」



娘の両親が、亡くなった。

近隣の村まで薬草や薬などを売りに行ったその帰りでの事故。

その他にも同じような目的で、同行していた数人の村人も犠牲になった。

娘の、そしてその村の不運はそれだけにとどまらなかった。

異常気象による日照りと大雨。

それが交互にやってくるせいで、地盤のゆるみ、畑の状態悪化。村人たちの心は少しずつ(すさ)んでいった。

けれどまだギリギリのラインを保っていた。

けっして豊かとは言えないが、必要最低限の生活ができるくらいだった。

畑や、そこで育つ作物の様子が、落ち着いたり荒れたりを繰り返す。

娘も、置かれてしまった状況の中で抗った。こんなことで父が望んだ感情(こころ)を失いたくないと思ったのだ。

そんな中で、娘は、夢の中である存在に語りかけられるようになった。



《この山を、未来の、あの娘を…》



未来のあの娘。その意味がよく分からなかった。

娘はその意味を、少年と共に考えた。



「穂実様、もしかしたらなんですが…」

「何?」

「未来の、という言葉に少し引っかかりを感じまして… 何年先になるかは分かりませんが、未来の、穂実様が関係する人のことなのかなと…」



未来の人と言われてもピンとこなかった。けれど1つの可能性が娘の脳裏をよぎる。

それならば、あれが使えるかもしれない。

父や、夢の中の存在に、そういう妖がいると教えてもらってから。

あれができるのでは、これができるのではと試行錯誤し、自分だけの術というのをいくつも作ってきた。

それらは本来、自分の身を守る為のもの。少年を除いた自分以外の、ましてや自分がいなくなった後の世の人間の為に何かをするなど考えたことがなかった。


けれど、今ならと。

ほんの少しの興味もあった。

わざわざ神様が語りかけてくるような事柄だ。未来のあの娘とやらはどんな境遇なのかと。

生贄となる予定の自分と同じような運命なのかと。



「 “力の源である我が御霊(たましい)よ。我の声に応え、未来の、()御霊(たましい)への道を開き給え” 」



娘は別に、そういう家系の血筋ではない。

それでもそう唱えたのは、自分がどうしたいかのイメージをしっかりと持つためだった。過去、未来の魂に干渉するなどいろいろな禁に触れてしまうからである。

その時娘は不用心にも家の中でそれを(おこな)った。

けれどすぐに気づいて止めた。このまま続ければ、村にも何かしらの影響が出てしまうと。

少しだがやっと落ち着き、安定してきたのだ。自分の過失でまた村中を不安にさせてはいけないと思った。

その夜は術を行うのを止めた。でも一瞬だったが、未来のあの娘と接触することに成功した。

それなのに娘は浮かない顔をする。

一瞬だけ感じた霊力と魂の波長から、その者が自分とは比べ物にならないことを悟ってしまったからだ。

自分のことを、序の口だと表現してもいいくらいに。

早急に手を打つべきだと娘は思った。

でも、どうやって? 自分はもう、5年以内には死んでしまうのに…?

時間が思ったよりもないのだと、娘は焦り始めた。

とりあえず、明日。人気のない場所で、術をやり直すことにしてその日は眠ることにした。

分からなくても、どうにかする。やるしかないと思いながら眠り、そして朝。

いつも通りの時間に起きた娘は、朝の畑仕事をきっちりと終わらせた。

いつもの日課と言える行動を疎かにしていては、村人たちに怪しまれてしまう。

仕事を終わらせ、そうして時間を作り、娘は山の中へと入り、登っていった。

目指すは自分の知る、少し開けた場所で、人の気配が全くしないとあるお社。後の、狐神のお社となる所だった。

娘が歩いて登り、通るたびに周囲の草木が揺れる。娘の霊力に反応していた。

話しかけはしないものの、力のある人の子が山へと入ってきたということで。

周りの妖たちは、小物から大物までたくさんいた。みな、珍しい物見たさなのだろう。

娘は特に何も気にしていなかった。

いつものことだと割り切っていた。良い意味でも、悪い意味でも妖を引きつけている娘にとっては、妖たちが集まることは日常茶飯事だったのだ。

襲われる心配もないので可愛いものだと思っている。危ない存在だとすら思っていなかった。




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