14.対面
~*~
「あ、穂香先輩!」
「稀莉、ごめんね。昨日の今日で…」
「いえいえ、どうせ私以外まだ誰もいませんし、見られる心配はないですよ」
稀莉はドヤ顔で、何故かテンションが高かったが、大体いつものことだと穂香はスルーした。
スルーはしたが、そのいつものテンションが今の穂香にはありがたかった。変わらない日常という感じで安心するからだ。
ネロはもちろんのこと、今回は契約したばかりの白雪も連れて来ている。
穂香に、両腕でしっかりと抱きかかえられている白雪はまるでぬいぐるみのようだった。
穂香は、自分と行動を共にするにあたって気をつけなければいけないことを、家を出る前に白雪にしっかりと教え込んだ。
そのかいあってか、ここに来るまでの人通りがある道中では一切喋らず、動かずを貫いた結果、稀莉にもぬいぐるみだと思われていた。
「無意識にやっちゃうのが穂香先輩ですよね」
「どういう意味よ、それ……」
「どうしました?」
「クロはいないのかなーって… いつもいるイメージだから…」
「今はいないだけですよ」
穂香は、お小言を言われなくてよかったと思う反面、異様な馴染みの良さにほんの少し戸惑いを感じた。
黒羽のことを信用してはいるが、それとこれとでは話が別だった。
稀莉とそんな話をしながら、穂香は居間を通り越し、離れと言える場所に案内された。
滅多に使うことがないらしく、入り口付近には少し埃が溜まっている。
今回使用するにあたって、稀莉は朝早く起きて軽く掃除したが、広い部屋なので隅まで行き届かなかった。
「浄化の術が使えれば一発なんですけど…」
「そんなのがあるの?」
「緊急時にしか使うつもりありませんけど、使えたら便利ですよね」
確かに、と穂香は思った。
本来は邪気を祓ったりするためのものなのだが、日常でも使えるのならいつか覚えようと思う穂香だった。
そんな日常的な会話をする2人から、これから穂香が行う危険なことの様子など微塵も感じられない。
何をするかはお互いちゃんと分かっているけれど、あえて今は言わない感じ。
穂香は稀莉に余計な気負いをさせない為に、稀莉は穂香に少しでも楽にしてもらう為に。
2人とも、この世界に、自分の能力に向き合うと決めたのだ。
「仲良いのね」
「ゆきちゃん…!」
「とても良いことよ。静流様も喜んでいるわ」
静流の名前が出ると稀莉がピクリと反応する。
稀莉も稀莉で思うところがあるのだろうと思い、穂香は何も言わなかった。
ゆきちゃんは穂香と、補佐をする稀莉に詳しい説明を再度してくれた。
術の方法。必要霊力、所要時間など。
聞き漏らすまいと、2人は真剣に耳を傾けた。
「先輩…」
「大丈夫だよ。稀莉、サポートよろしくね」
「…っ! まがせてぐださいっ…!」
稀莉が若干涙目になり、声も震わせている。
不安はもちろんある。それでもこんなに落ち着いていられるのは、一緒にいてくれるみんながいるからだと穂香は思っていた。
大丈夫だと、素直に、心からそう思えた。
稀莉がゆきちゃんの指示で、床に陣を書いていく。これは術の中心となる穂香ではやれないので、全て稀莉が行った。
着々と描かれていく陣は広く、大きく、気づけば部屋全体を覆うほどになっていた。
「穂香ちゃん、陣の中心に座ってくれる?」
ゆきちゃんに言われて穂香は動く。
指定の位置について正座で座る。スッと目を閉じると、周りが静かだからなのか自分の心臓の音がやけにうるさく聞こえる。
「(落ち着け、落ち着け… 大丈夫…)」
心配することは何もない。
自分を包む2つの霊力からその思いが感じられて、穂香は温かい気持ちになった。
ゆきちゃんと稀莉の口から紡がれる呪文は、術を正確に構成していく。
窓が閉められた室内なのに風が巻き起こる。稀莉が描いた陣に光が灯る。
穂香はふわふわとした浮遊感に包まれた。身体は地についているのに、何とも言えない感覚。
穂香が感覚として感じられたのはそれだけで、だんだんと現実での意識は薄らいでいく。
そしてとうとう、穂香の意識は途切れた。意識だけ、とある場所へと飛んだのだ。
意識が無くなったことで身体から力が抜けて、支えを失った穂香の身体はドサリと倒れこんだ。
「…!」
「大丈夫、術が作動して意識が狭間の空間へと飛んだの。……あとは、穂香ちゃん次第。信じましょう」
信じる。
そう決めたことを思い出し、稀莉は少し不安そうにしている白雪を抱き上げる。
稀莉の仕事は、術が途切れないように呪文を唱え続けること。
たとえ、自分の霊力が枯渇に追い込まれようとも、それで意識を失うことになろうとも稀莉はかまわなかった。
穂香が頑張っているのだから、自分も頑張ると決めたのだ。
倒れた穂香の上を、くるくると旋回しながら飛び続けるネロ。
ただ飛んでいるだけなのに、その様子はとても美しかった。
~*~
穂香が目を覚ますと、視界は真っ白だった。
全てが白だから方向なんて分からない。
けれど穂香はふらりと歩き出す。目的地なんてない。ただの勘だった。
歩いている穂香の後ろから、楽しそうに笑いながら駆けていく幼い女の子。
「……穂実?」
穂香がそう呼びかけると、女の子は立ち止まって振り向いた。
その顔は、幼くはあるが確かに穂実で。
その子はにこっと笑ってまた走り出す。時々立ち止まっては振り返り、穂香をじっと見ている。
ついてこいと言っているように思えた穂香はその子を追いかけた。
進むにつれ、穂実の姿は子供からだんだん成長していく。
その光景を見ていた穂香の目に涙が溜まっていた。
普通の人と同じように成長しているのに、大人になった穂実を見ることは決してないからだ。
穂実がピタリと立ち止まる。
その姿は穂香がよく知っている姿。
振り向いて見えた顔には笑みが浮かんでいる。
けれど、穂香が近づこうと一歩踏み出した瞬間に、そこにいた穂実は粒子状になって消えていった。
「はじめまして」
穂香の後ろから、穂香にかけられる言葉。
ゆっくりと穂香は振り向いた。
初めて会うはずなのに、初めてな気がしない。もうずっと、会えてなかった親友のような感覚。
その姿を視界に入れるやいなや、穂香は穂実に抱きついた。
自身の衝動を抑えるつもりはなかった。
少しの間、ただ抱きしめているだけで穂香は一言も話さない。
穂実もまた、そんな穂香に合わせるように穂香の背中に手をまわした。
どれくらい、時がたっただろうか。
穂香はゆっくりと離れ、しっかりと相手の姿を見た。
「言いたいこと、たくさんあったはずなのに、忘れちゃった」
「私もだ。ずっとこうしていたい気さえする。穂香の霊力は心地良いな」
2人、顔を見合わせて思わず笑う。
穂香は、穂実の笑った顔を見て思った。その様子は普通の女の子だと。
周りがあんなに言うのだから、心のどこかで身構えていた自分がいることに気づく。
ほんの少し言葉を交わしただけでそんな考えは消え去った。
こんなにも普通なのに、穂実は普通には生きられなかった。
それは、どんな理由だったのか。穂香は思い切って聞いてみることにした。
「いくつか、質問するね」
「かまわない。そのために、危険を冒してまで来たのでしょう?」
穂実の、分かっていた、覚悟していたという目。
穂香は一度目を閉じて深呼吸をする。頭の中で聞きたいことを整理した。
まず、一番に―――
「穂実は、どうして死ななければいけなかったの?」
穂香はそれが一番聞きたかった。
文月丸への気持ちがどうこうの前に、死ぬことがなければ、ちゃんと寿命まで生きることができていれば何かが違ったかもしれない。
穂実の命が使われたことにも憤りを感じる。
そんなことをした存在があるのならば、それは一体誰なのか。
「…私の魂と霊力を、聖域と言われる霊峰の土台にするため」
「土台…?」
「霊峰。 ……今でいう穂積山は世界各地に存在する聖域の1つなの。聖域はたとえ1つでも欠けてはいけない、とても大切な、世界を構成する欠片のこと。聖域には、力の根源となる≪核≫が存在するの。核の姿形は様々で、それぞれの方法で守られている。…そう簡単に壊れるようなものじゃないのだけど…」
穂実のその言い方から穂香はなんとなく察してしまった。
穂積山の、核となるものが何らかの理由で壊れた。
そしてその核の代わりに穂実が使われた。
何故穂実なのか。その時代に適正ある魂と霊力の持ち主が穂実だっただけであった。
「だから、もしかしたら私じゃなかったかもしれない。別の誰かだったかもしれないし、私しかいなかったのかもしれない。本当に、たまたまとしかいえないと私は思うの」
「たまたまという言葉だけで、納得できるものなの?」
「そういうものだとずっと思ってたし、文月丸様と出会ってからもその認識は変わらなかった。でも、あの人を好きになったからなのか、命というものに執着心を持ったというか。その使命というものに抗いたくなってしまった。けれどすぐにそれはできないと思ったの」
「どうして?」
「代わりの方法がなかったから、かな」
「…だから文月丸様にも言わなかったの?」
「それもあるのだけどね」
何か、他の理由があるような言い方。
穂香は穂実の表情と言い方に違和感を覚える。
穂実は嘘を言っていないと分かるのに、どうしてか、穂香は胸が締め付けられる思いがした。
「私は、穂香を知っていた。当時、未来の貴女の魂に干渉していたし… でも、それが原因なのよね。穂香が今、こんなにも襲われているのは」
「え… どういう、こと?」
「同じであって、同じじゃない。私と穂香とじゃ、狙われる理由が全く違うの。穂香はね、私以上に稀有な存在なの」
自分が稀有な存在と言われても、穂香には何一つ分からなかった。
自分が狙われる理由は穂実の生まれかわりだから。
穂実と同じような霊力を持っていたから。
でも、そもそも周りの認識から違っていたら…?
周りが、そう思わされていたとしたら?
誰によって? もちろん…
穂実によって。
「一から、全部話すよ。頑張っている穂香の友達の為にも、穂香の今後の為にもちゃんと話さないとね」
穂実は、稀莉が術を維持していることに気づいていた。
稀莉の頑張りに報いるためにと、穂実は穂香に向き直る。
穂実の、最初の記憶から。
父と母を、父と母だと認識した日に聞こえた声が始まりだった。




