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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
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小話4 伝え人

小話その4になります。

今回は文月丸にとあるお客様が。



~*~



「何か、来たな…」



穂積山へと足を踏み入れた存在の気配を文月丸は察知した。

おそらく、人の子。その足取りは迷いがなく、まっすぐに文月丸がいる境内へと向かってきている。

この境内へは文月丸の許可がない限り、入ることはおろか、近づくことすらできないはずだった。

穂香や黒羽のような例外はおいといて。

ここに、文月丸がいると分かっているとでも言うようにどんどん近づいてくる。


―――そして。



「ふぅ、やっと来れた。お久しぶりですね、文月丸様」

「…! おぬし、は…」

「貴方の元へと来るのに、千年もかかっちゃいましたよ」



あっけからんとした様子でそう答える「少年」。

そう、文月丸の目の前にいるのは少年であり、人間。

この時代に、文月丸を目の前にして「久しぶり」と言える人間はまずいない。

文月丸とまともに接触をしたことがある人間は、千年前のあの村にいた人間たちで最後のはず。千年たってようやく、穂香という人間と接しているというのに。

ありえるはずがないと、文月丸は目の前の少年を凝視した。

見れば見るほど、この少年は()()()()なのだと認識せざるをえなかった。



「……何故」

「言っておきますけど、貴方たち妖と違って千年も生きてないですからね。ちゃんと奥さん見つけて、子供も生まれて、孫も生まれて… 並程度には生きましたけどね。術などは使ってませんよ」

「………」

「僕も、役目を担ってたので。……穂実様のように」

「…!」



苦笑し、それでも少年は淡々と言葉を紡ぐ。

少年もとある役目を担っていた。穂実から託された、大切な役目。

千年前と同じ瞳、同じ顔立ち、同じ声。違うのは髪の色ぐらいだった。

文月丸をじっと見つめる少年。



「まず、現状を。貴方の天狐としての力は失われてはいないことは理解していますか?」

「…分かっておる。父上、母上にも諭された。どれ程時がたとうともかまわない、真実を見つめ直せと」

「その真実に心当たりは?」

「そんなもの分からぬ! ただ……」

「?」

「何故… 何故穂香は我の前に現れた? 我はついこの間まで穂香を知らなかったのじゃ。なのに、穂香を懐かしく感じる。愛しく感じる。もうずっと昔から、穂香を知っていたような感覚だった。穂香は、何者なのじゃ…」



穂実を愛した気持ちに嘘偽りはない。

けれど、穂香を愛しいと思う気持ちを()()()()から感じていた気がするのもまた事実。

穂実と穂香。魂は同じであるが、それぞれ1人の人間。



「厳密に言うと、同じであるが少し違うとのことです」

「少し違う…?」

「…これは、穂実様から聞かされたことになりますが、私が死んでから文月丸様に伝えてほしいと言われたので、お伝えしますね」



話は、穂実があの村で両親を亡くし、1人になってしまった15歳のある日にまで遡る。

その頃から既に穂実は、自分にはとある使命があることを理解していた。

その使命の為に、20歳になる前に死ぬだろうということも。正確に言えば、「人としての命を終える」ということを。



「人としての命を終える…… やはり、そうだったのか…」

「分かってたんですか?」

「半信半疑ではあったがな。父上に、穂実の墓を穂積山の山中に作れと言われた時はもしやと思っていた。そんなものの為に穂実は死んだのかと」

「それに関しては同意しますね。この世に、どれだけの《神》がいるのかは知りませんが、神や妖の領域内での問題に人間を使うなと言いたい。ある意味、穂実様は、生贄にされたのでしょう?」

「人柱、とも言うな。あの村人たちが勘違いを起こして手を出してしまったせいで、少々予定が狂ったようだが…」

「それでも、穂実様の運命は変わらなかった。あの時あのまま死ねていた方がいくらかマシだったかもしれない」



皮肉を含んだ声色で少年は言葉を紡ぐ。

それに関して、全ての事情を後から知った文月丸はなんとも言えない顔をした。

その表情には後悔の色もある。自分がもっと早く、事態を把握していれば。穂実が死ななくてもいいような方法を見つけていれば。

今さら、後悔していても遅いのだけど。


()()()()()()()()()()だが。



「……まぁ、今さら仕方ありません。何を言おうと、何をやろうと、穂実様が帰ってくるわけではありませんので。これからの問題に目を向けましょう」

「問題…?」

「はい。管原穂香さんのことです。このままでは彼女が危ない」



穂香は穂実の生まれかわり。

穂香という存在が生まれることは、千と二年も前から分かっていたと少年は言う。

穂実がそれを知り、少年に伝えた。


穂実は、ある特殊な術を使って未来の魂に干渉し、語りかけていた。

その術は禁忌すれすれのもので、あまり他に見られていいものではなかったため、穂実は人気(ひとけ)のない山中の少し開けた場所で()()を行っていた。

そう、人気(ひとけ)のない―――

けれど、妖は見ていた。

無害な小物の妖から、欲深いかなり大物の妖まで幅広く。

穂香に封印をかけたのは、この時にそれを見ていた妖だった。


元々は穂実を狙っていたが、術の隙間から漏れ出た《穂香の霊力》を感じ取り、両方を一気に喰える時代、すなわち現代まで鳴りを潜めていたのではないかという推測を少年は立てていた。

とはいえ、自分が鳴りを潜めている間に他に横取りされてはたまらないので、霊力と魂の加護を封印し、妖とは切り離された普通の生活をさせていたのではないか。

自分が喰う、その時まで。


だが、幸か不幸か封印は解けた。穂実が解いたのだ。



「穂実が…?」

「はい、穂香さんが、穂実様の墓石に触れることでそうなったのだと思います」

「………」

「…まぁ、本題はここからです」

「随分長い前置きじゃな」

「なんとでも」



この少年はこんな性格だっただろうかと、文月丸は疑問に思う。

けれど自分が知っているのはあの時の少年なのだ。その後の少年を知らないのだから何も言えない。


少年はまた淡々と話し出す。

封印が解けて、例の妖に知らず知らずのうちに襲われなくなったのはいいが、多数の妖にも目をつけられてしまっていた。

そうなることを予期した穂実によって手は打たれたといっても限度はある。

その限度以上の事が起きた時にどうするかというものだった。



「あの幻魔蝶は… 穂実が…」

「幻魔蝶でも対処できない存在が来た時、その対処を文月丸様にお願いしたいのです」

「……だが、我は…」

「融合の件は、おそらく何とかなるでしょう。そうすれば、貴方の封印だって解かれますので能力(ちから)は戻ります」

「………」

「お願いします。霊能協会はこの件に関しては手が出せないのです」



文月丸は返事をしなかった。

できない、やらないと言っているわけではない。穂香のことは大切だと思ってきているし、なんなら守ってやりたいと思っている。

ただ、それよりも1つ気になることがあった。確かめたいことがあった。


穂実に初めて会ったその直前に感じた霊力は――



「…1つ、いいか」

「…はい……」

「我が穂実に初めて()うたのは、その禁忌すれすれの術を使用していた時じゃ。心地良い霊力を感じ、激しく惹かれた。その霊力に惹かれるがままに進み、出会ったのが穂実じゃ。そこで、我は穂実を……」

「分かっています。文月丸様の気持ちも、言いたいことも。でも、文月丸様が予想していることが正解だと言えます」

「……そう、か…」



納得出来るような、出来ないような。したくないような。

当時は気にしていなかったことが、後になってこんなにもじわじわと心に染み込んでくる。

自分が穂香を拒否したりせず、向き合っていればすぐに分かったことだろうか。


自分が一番最初に惹かれたのは、穂香だということを。



「紛らわしいことをしたのは自分だと、穂実様は大変反省なさってました。でも、本当のことは言えなかったと。文月丸様の気持ちを考えてのこともあるのでしょうが、でも、それよりも… 穂実様自身が、貴方を好きになり、貴方といられて幸せだったからだと思います」

「………」



少年の言葉が文月丸に響く。

文月丸にとって少年は代理人であり、その言葉が穂実の言っていたことでも、穂実(ほんにん)から言われたことではないので信じきれなくても仕方のないことであった。

でも、なんだか、信じてもいいかと文月丸は思った。

穂実が伝えたかったことを。穂実が、頼んできたことをしっかりとやりたいから。



「それでは… 穂香さんのことはお願いします」

「また、来るのか?」

「…お変わりになりましたね。いや、いい傾向だと思いますよ。……文月丸様がお許しになるのなら是非ともまた、会いに来てもいいでしょうか?」

「…また来るがよい。……清」

「ありがとうございます。文月丸様」



その背中は千年前(むかし)のまま。

文月丸が信じていた穂実以外の唯一の人間。

でも、立ち止まり、振り向いて見えたその微笑みは少し大人になった少年だった。




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