12.嘘か真実か
今回のサブタイ。
「真実」と書いて「まこと」と読んでください。
響きがよかったのでそう決めたのですが、サブタイにルビはふれないので。
見覚えのあるその姿。チャームポイントと言える首のリボン。
穂香の前に現れたのはゆきちゃんだった。
「久しぶり、穂香ちゃん。でもこうして話すのは初めてだね」
透きとおった綺麗な声。
聞きたいことがたくさんあったはずなのに、穂香は言葉が出てこなかった。
ゆきちゃんはゆっくりとした歩みで穂香に近づく。座っている穂香のすぐ隣まで来て、そこにある手をペロッと舐めた。
「……やっぱり、封印が解かれている。一体どうして…」
「封、印…?」
「穂香ちゃん、貴女には封印がかけられていたの。おそらくは霊力と魂の加護を抑える封印ね。それによって妖を見ることもなかったし、襲われることもなかった。けれど今は封印が解かれていて、妖が見えている。襲われもしているはずよ。貴女に、何があったの?」
穂香はゆきちゃんに話すのになんの躊躇もなかった。
ゆきちゃんから、微かに残っていた静流の霊力を感じられて安心したのと、澄みきった空気が漂うこの場所だからでもあった。
最初に感じていた異変から、穂香はゆきちゃんに話していった。
それらを全て話した後に、最近感じる違和感についても話す。
話す、というよりも相談だった。
稀莉にも、黒羽にも、孝平にも、文月丸にも… 誰にも、話せなかった不安を。
「そう… 穂実の記憶が… 思ったより進んでしまっているのね」
「どういうこと?」
「貴女は穂実の生まれかわり。魂は穂実のものと一緒。一緒でも、心は違う。記憶も違う。だけど、穂香ちゃんは穂実と融合しかけている。それはあり得るはずのない、あってはならない禁忌の現象なの」
「融合って何? 進むとどうなるの?」
「穂実ともいえない、穂香ともいえない。どちらでもない、自分であって自分じゃなくなるのが融合よ」
それが自然現象なのか、作為的なものなのかは分からないと、ゆきちゃんは言う。
過去数百年、数千年の時の中でも片手で数えられるほどの数しか例がなく、たとえ神であっても今すぐどうこうできる問題ではなかった。
けれどこのまま何もしなければ融合は進み、ゆきちゃんが言うように自分が自分でなくなるのは確実だった。
すると突然、ゆきちゃんが呪文を唱え始めた。
唱え終えると同時に、自らの肉球を穂香の右手に押し付ける。
「これでもう少しの間なら大丈夫」
「今のって… …っ!?」
「正常に術が発動した証だから慌てなくても大丈夫よ」
自身の体が突然光をまとい、驚いていた穂香を落ち着かせようと、ゆきちゃんはそう声をかけた。
ゆきちゃんが穂香にかけたのは融合の進行度を遅くする術だった。どのくらい効果があるのか分からないけど、やらないよりはマシなのかもしれない。
「本当は、もっと神力がある妖にやってもらった方が効果は高いんだけど…」
「それって例えば…?」
「天狐としての力を取り戻した文月丸様、とかね」
穂香の脳裏に文月丸の姿が浮かぶ。
穂香が会いに来ていた時、黒羽と話している時、小物妖の相手をしている時。穂実といた時。
文月丸が何を考えているのか、穂香には全く分からなかった。
少しくらいなら、分かってくるのではと思っていたけれど。
会ったばかりで当然と言えば当然なのだけど、普通に接してくれているように見えて、自分を見てくれていないと気づいたあの日から。
「…穂香ちゃん、大丈夫?」
「分からない…」
「逃げちゃってもいいのよ?」
「えっ…!?」
「穂香ちゃんが巻き込まれることないもの。…もっとも、その場合は今の家を出てもらうことになるのだけど」
それでも一時しのぎにしかならないだろうとゆきちゃんは言った。いわゆる逃亡生活になるということだ。
今の状況から逃げるために、家を出て家族と別れるか。迷い、苦しみながらもこの場にとどまるか。
穂積山には近づかず、文月丸との関係を絶つだけでは駄目なのだろうかと穂香は思っていた。
ゆきちゃんの、この一言を聞くまでは。
「穂香ちゃんには申し訳ないけど、静流様が亡くなられてから今日まで、ずっと穂香ちゃんの身辺を調査していたの。そうしたら分かったことがあって。それは穂香ちゃんに封印を施した存在が貴女のすぐ近くにいることよ」
それは、穂香を通して穂実を狙っていた存在が、あるいは穂香自身を狙っている存在が、今まで、そして今もすぐ近くにいるということだった。妖が見えていなかったせいでもあるが、穂香にそんな自覚は全くなかった。
みんな、どうして、穂実を狙うのだろう。
そう思わずにはいられなかった。特別な霊力と魂を持った人が滅多にいないとはいえ、みんな穂実を狙いすぎな気もしたのだ。
そんな穂実を守ろうとしていたのが、文月丸や弟子だった清。2人を大切に思っていた穂実の気持ちも穂香の中にあった。
ゆきちゃんは、穂香と穂実が融合していると言った。自分が自分でなくなると。
何が本当で、何が間違った答えなのか。そう考えることさえも自分の意志ではないかもしれなかった。
穂香はもう、自分で自分が分からなかった。
何を考えても、これは自分の考えではないのではないかという疑心暗鬼になっていた。
「ゆきちゃん、私、どうすればいい…?」
「……」
「真実って何? 嘘って何…? 何で… 何でみんな穂実を… 私を狙うの!?」
「穂香ちゃん、落ち着いて。なんとかする方法はまだ…」
「もう、嫌だよ。疲れたよ…」
穂香が、心の底から吐く弱音。
それはもうこれ以上、自分を、そして穂実を苦しめるのは止めてほしいという“願い”でもあった。
あの記憶の中で穂香は、穂実から悲しみ以外に何か使命のようなものを感じていた。
それさえなければ、2人があんな悲しい別れ方をしなくてもよかったかもしれない。
あの夢を見たことで生まれた穂実への同情。
たった数日、関わっただけの自分がとやかく言えることではないと思い知ってしまった。
「…穂香ちゃん、1つだけ試してみない? それを最初で最後にしていいから」
「試す…?」
「かなり強引な方法だけどね。でも、幻魔蝶もいるし、今すぐどうにかできるとすればそれしかないと思う」
少し、迷った。迷ったけどすぐに答えは決まった。
自分自身の為に、家族の為に。
強引な方法、というのは危険なことも含まれているのだろうかと思った。
けれどもう、穂香にとってそれらはどうでもよくなっていた。危険なことは今までにもあったのだから、今更だと。
「今夜、貴女の部屋に行くわ。どうするかはその時に聞くから」
穂香は小さく頷いた。そうするしかなかった。
不安だし、怖くもあるけれど、ゆきちゃんの言葉だからなのか安心もしていた。
不意に、後ろから気配を感じた。何かに警戒しているような感じだった。
ゆきちゃんの表情も硬くなった。穂香も自分の後ろにいるのが誰なのか分かっているので、ほんの少しの緊張が走る。
「あ、天狐様ー!」
「天狐様、お顔が怖いのー」
そうか、怖い顔しているのか。…と、穂香は緊張感のない、場違いともいえることを考えていた。
けれどそうでもしなければ平静を保てる気がしなかった。少しでも気を抜けば取り乱してしまうと思ったのだ。
何故、怖い顔をしているのか。怒っているのか。
怒っているのだとしたら、理由は何だ。
自分のことで、文月丸が怒る理由は穂香には思いつかない。思いつくとしたら、それはたった1つだけ。
穂実の、ことだけ。
「じゃあ穂香ちゃん。また後でね」
ゆきちゃんは穂香にそう声をかけて去っていった。文月丸が不機嫌である理由は、自分が穂香に声をかけているからだと察したからだ。
去っていくゆきちゃんの後ろ姿を、文月丸は訝し気な様子で見つめる。不機嫌であることは自覚していたが、その理由までは分かっていなかった。
理由が分からないイライラに、余計にイライラしてくる。
「…何を話しておった?」
「久しぶりだったので、まぁ、色々と…」
「色々、な… ではその話とやらは何故ここでなのだ?」
文月丸の言うこことは、穂実の墓前という意味だった。
穂香もそれは分かっている。けれど夢幻花のこと、ネロのこと、昨夜の夢のこと、ゆきちゃんと話したこと。
どれも言えるわけがなかった。上手い返しが思いつかず、穂香は気まずそうに視線を逸らす。
無意識にしたことだが、それが更に苛立たせてしまった。
「お前、何を我に隠す」
「べ、別に… 私は何も…」
「何故… 何故お前も隠す!? お前も我に嘘をつくのか!!」
嘘、とは。
明確に「誰」とは言ってないけど、文月丸の言う、嘘をつかれたという相手が穂実なのだと穂香は思った。
穂実がなんていう嘘をついたのかは分からなかったけれど、どんな内容かは察しがついていた。あの日の前日の夜、穂実から弟子の清へ伝えられたこと。
文月丸を愛していたからこそ、生まれてしまった嘘。
一番傷ついていたのは、きっと穂実本人。
嘘が必要だった。嘘をつかなければいけない理由があった。
真実を隠すための嘘。
けれども穂実は、我慢をしすぎてしまった。もう少し、本心を言うべきであったのだ。
「本当に… 穂実を愛しているんですね」
「………」
「穂実は聡明な女性だと、私も思います。本当に、素晴らしい人だと。…でも、そんな穂実にも愚かなところがあった」
「…なんじゃと?」
穂香の言葉に文月丸はピクリと反応し、僅かながら怒気を放つ。
出会った頃ならば、その怒気に怯え、謝罪の言葉を穂香は紡いでいた。
けれど、今は。
言わなければいけないと思った。どういう内容であれ、穂実のことを言っている時は穂香の言葉なのだから。
実際そこが、穂香と穂実の違うところ。
言う選択をした穂香と、言わない選択をした穂実。
どちらが正しいというわけではないけども、自分の気持ちを言わなければいけない時に口をつぐんだことを、穂香は愚かだと言った。
穂実に、哀れみを抱いた。
「貴方に言うべき大切なことを穂実は言わなかった。だから貴方もこんなに苦しんでいる。私は言うよ。後悔したくないから言いたいことを言うの。たとえ一方的だと言われてもかまわない。だって本音なんだから」
高ぶってくる気持ちを抑えられなかった。否、ここまで来たら抑えるつもりは穂香にはない。
今までと様子の違う穂香に、文月丸は驚きを通り越して混乱していた。怒りがいつのまにか無くなっていた。
管原穂香という人間を初めて見た気がしたのだ。




