閑章三 孤島へ 12
邪気スライムと一体化したことで、暴走を始めた男。もうお話はできそうもない。
「ルガアアァァァァァァ!」
男の動きは、さっきまでの素人臭い動きが嘘のようだった。身を低く屈めた獣のような動きである。立った状態から一瞬でこの動きをするのだから、相当なバネだろう。
まあ、フランが後れを取るほどではないが。
「はっ!」
「ガッ?」
『ほい』
鞭のようにしなる男の腕を俺で弾いたフランが、強烈な足払いで相手を転ばせた。地面に勢いよくビタンと叩きつけられた男を、俺の大地魔術と念動が押さえつける。
狂ったように咆哮を上げながら抜け出そうと暴れる力も、かなり強い。
問題は、完全に正気を失っているせいで大人しくする様子が一切ないことだ。会話もできそうにないし、情報を引き出す方法が思いつかない。
「ちっ。厄介だな。腹掻っ捌いて、あのスライムみたいなのを引きずり出してみるか?」
まあ、普通ならオウナの提案か、浄化魔術くらいしか打つ手はないだろう。それで元に戻るとは思えないが。
だが、ここにいるのはただの冒険者じゃない。邪神の欠片を封じた神剣を持つ、ランクS冒険者だぞ? 邪神信奉者を抜かせば、世界一の邪気のエキスパートと言っても過言ではないのである!
「私たちに任せて」
「どうにかできるのか?」
「ん」
『まあ、見てなって』
男の肉体を観察しながら、邪気の最も濃い部分を探し出す。やはり胃の辺りが濃いが、すでに全身から邪気を放っている。血管を通じて邪気スライムが全身を侵食したようだ。
『邪神の信頼!』
スキルを発動して、全身の邪気を支配することを試みる。すると、あっさりと邪気を支配できてしまった。多少の抵抗はあるかと思ったんだが、本当に一瞬だったのだ。チョロすぎる。むしろ、向こうから身を委ねてきた疑惑すらあるのだ。
『もう暴れるなよ?』
「アー」
『とりあえず立ち上がれ』
「アー」
やはり俺の命令に完全服従である。邪気スライムが俺に従っているのは分かるが、男の方はどうなっているんだ?
「これは、神剣がこいつを支配したということか? 凄まじいな。邪神を封じているという噂、もしかして本当なのか? いや、これは封じているどころか、その力を使える?」
オウナの鋭い視線が、俺に向く。片目でじっと俺を見ているのだ。
「破邪の剣は見たことあるが、邪気を支配する剣とは……。さすが忌々しき神剣だ。何でもありだな。普通の武器でも再現可能か? いや、邪神の欠片を手懐けるような真似――」
オウナの鍛冶師としての興味が強く刺激されたようだ。瞬きもせずに俺を見つめながら、ブツブツと呟いている。
マッドサイエンティストが実験動物を見る目に思えて、ちょっと怖い。
『と、とりあえず男とスライムで分離できるか?』
「アー」
棒立ちの男がコクリと頷き、ブルブルとその全身が震え始める。
次第に男の体の中から、ブチブチと嫌な音が聞こえ始めるが、大丈夫か?
ドキドキしながら待っていると、男の口から邪気スライムが這い出してくるとともにその全身から血が噴き出す。
『ちょ、やべ!』
慌てて治癒魔術を使ったが、間に合わなかった。邪気スライムと男の一体化は俺の想像以上に進行していたらしく、分離すると全身の血管が裂けてしまうような状態になっていたらしい。そのため、邪気スライムが口から出てきた時点で、男は死亡してしまったのだ。
『やっちまったな……』
「そのスライムから情報は抜けないのか?」
『どうだろう? お前、この男がどこから来たか、わかるか?』
「?」
分からないらしい。邪気スライムは困惑した様子で、プルプルと震えるだけだ。まるで本当のスライムみたいだな。
俺たちも邪気スライムを前に困惑していると、俺の中の邪神の欠片が反応を見せる。
『おい! ちょ――』
邪神の欠片が邪気を放ったかと思うと、邪気スライムが虚空に解けるように消滅してしまったではないか。攻撃したのではない。邪神の欠片が、邪気スライムを自身に取り込んだのだ。
「何が起きた? 一瞬、凄まじい邪気が放たれたが……。フラン、平気か?」
「ん。へーき」
「ふむ。さすが所持者ということか」
オウナがフランを心配そうに見ているが、その視線には好奇の色も同時に存在している。やはり、鍛冶師としては相当俺に興味を持っているようだ。
『うん? これは――もしかして、邪気スライムの持ってた情報か?』
『!』
邪神の童心が、吸収した邪気スライムから情報を抜き出してくれたらしい。一枚の風景画のような情景が、俺の脳裏に浮かんでくる。牧歌的な村だ。
さらに、その場所がどこにあるのか大まかな方向も分かった。ここからさらに北の方角だ。距離的にはそこそこ近いかな?
邪神の童心が訴えかけてくるには、そこは邪神の眷属が封じられている場所であるようだ。邪気スライムは、その眷属を何らかの形で利用して生み出されているらしい。
邪神の童心が憤っている。自分のかつての配下を利用されて怒っているようだ。
「北に行く」
「ほう? 何か分かったのか?」
「ん。邪神の眷属が封じられてるみたい」
「なるほど。そこは確かに怪しそうだ。行ってみる価値はあるか」
他に手掛かりもないし、俺たちは邪神の眷属の封印地へと向かうことにした。近くに行けば、邪神の童心が教えてくれるみたいだしな。
(オウナ速い)
『ああ、まさかウルシについてこられるレベルとはな。あの刀、ヤバいな』
(ん)
北へと移動を始めた5分後。馬サイズのウルシに跨るフランの隣を、オウナが風のように駆けている。余裕って程ではなさそうだが、全速力で走ればウルシに匹敵するというのは凄まじいのだ。フランだって、覚醒してスキルを使わなければ置いていかれるからな。
その走力の秘密は、彼女が握る刀にあった。勿論、オウナ自身が高レベルで高ステータスということもあるが、彼女は走る能力を上昇させることに特化した刀を持っていたのだ。
その名も『走馬燈』。ただ、その効果はメリットだけではないらしい。この刀を使っている最中、防御力が極端に下がるそうなのだ。それこそ、戦闘なんか絶対にできないほどに。
実は、彼女の持つ刀は、そう言った諸刃の剣のような能力を持つものが多いらしかった。
隠密刀の暗々裏は自分の気配を消し、姿を闇で覆って見えづらくする能力があるが、自分からも相手が見えづらくなってしまう。オウナは気配察知能力も高いので問題は少ないが、それでもリスクはあるだろう。
美人局に関してはもっと酷い。魅了という強力な効果ではあるが、万能ではないのだ。相手の精神が強靭な場合は魅了に失敗してしまうし、その際に自分が相手に魅了されることになってしまうらしい。
今回は明らかに一般人だったので問題なしと考えたが、フラン相手にはまず使えないと笑っていた。
『!』
『む? そろそろか』
邪神の童心が大きく反応を見せた。どうやら、目的地に近づいたらしい。本当にあっという間だったな。
「牧場の外れか。ここがアジトなのか?」
「師匠?」
『ここの地下だ。空洞がある』
地下を探る土魔術を使えば、地下に広い空間があるのがわかった。
「空洞かどうかは分からんが、邪気が溜まっている場所があるな」
オウナが地面に意識を集中したかと思うと、軽く頷いている。地竜の揺り籠にも邪気を感じてやってきたと言っていたし、邪気を感知する能力があるようだ。
俺もオウナも、地下への入り口がどこにあるかまでは分からないが――。
「大地魔術で入り口作ればいい」
『おー! 確かに! 穴開けて直接乗り込めばいいな!』
「ん。エイワースがやってたやつ」
そう言えば、クランゼルの王都で地下施設に踏み込む時にはっちゃけ爺のエイワースが同じことやってたわ。フラン、なぜかエイワースのこと気に入ってるんだよね。性格は色々とアレなのは理解しつつ、その自由な生き方に憧れがあるのだろう。
過去の経験に学んでいると褒めればいいのか、エイワースの真似しちゃいけませんて注意すればいいのか分からん!
俺が悩んでいる横で、フランが大地魔術で穴を掘り始めた。短時間で、直径2メートルほどの縦穴が生み出される。
「濃密な邪気を感じるな」
「ん」
「くく。斬り甲斐のある化け物がいるといいんだが」
フランが開けた暗い穴の底からは、凶悪な邪気がゆっくりと這い上がってくるのが分かった。邪気を目視できる人間なら、黒い霧が周囲を覆っていくように見えるだろう。
それを感じながら不敵な笑みを崩さないオウナは、やはり只者ではないのだ。




