閑章三 孤島へ 11
「世には出せない危険な妖刀だが、こういう時は役に立つ」
オウナの妖刀で刺された男が、甘い声で囁くようにオウナに話し掛け始めた。切った異性を魅了してしまう能力、恐ろしいな。
「私みたいなババア相手に発情してる男どものだらしない顔なんざ、見てらんないだろう?」
え? そういう意味で危険てこと?
「つつもたせ、オウナが作った?」
「ああ。こんな能力にするつもりじゃなかったんだが、事故的にな。壊すのも忍びないし、自分で使うしかない。まあ、私以外の人間が使うと色々ヤバいことになるがな」
ヤバいことって、なに? 怖っ! オウナがしっかり管理してくれることを願うばかりだ。
「だが……。これは少々効き過ぎだな」
今も恍惚とした表情でペラペラと喋り続ける男を見て、オウナは首を傾げている。
「どゆこと?」
「美人局は、相手が自分に多少の好意と性的興奮を抱くように誘導する程度の力しか持たない。完全洗脳とは違うんだ。だが、今回は……」
オウナがチラリと視線をやると、男は頬を上気させて満面の笑みを浮かべる。狂おしいほどの恋情を抱き、オウナの言うことならなんでも聞きそうな気配があった。多少の好意を抱く程度だとは到底思えない。
『まあ、理由が分からないなら、今は尋問を進めちまおうぜ』
「それは、そうだな……。さて、それじゃあ洗いざらい話してもらおうか」
さらに尋問を重ねると、やはりこいつらが今回の異変を引き起こした犯人で間違いなかった。
『まさか組織立ってやっているとはな』
「邪滅協会か。聞いたことはあるが、こんな大それたことをやるイカレどもだとは知らなかった」
そう、男個人での犯行ではなかったのだ。
こいつは邪滅協会という邪人を絶滅させることを目的とする、怪しげな団体に所属していた。大仰な名前だが、この大陸内で細々と活動しているようだ。
目的自体はこの世界では特に怪しくもないし、似た目的を掲げる組織は大小存在している。邪人や邪神の欠片による被害者がどこにでもいる世界だしな。
以前戦った傭兵団なども、表向きはそうだったはずだ。
だが、男たちがやっていることは、明らかに矛盾している。なんせ、自分たちで邪気を含んだ薬品を撒いて、魔境を邪気に沈めようとしているのだ。むしろ、邪神信奉者と同じ行動である。
そう思ったが、こいつらにとってこの行動は矛盾しないらしい。
「世の人間は、邪神の脅威を甘く見過ぎている。それを知らしめるためにも、一度痛い目を見なくてはならない。そして、その脅威を我らが治めることで、愚か者どもは我が組織にひれ伏すだろう」
『偉そうに言ってるが、やってることはクソマッチポンプかよ』
自分たちで魔境に邪気をばら撒き、スタンピードを起こす。そして、被害が出たところで自分たちで対処し、組織に支持を集めることが目的であるらしい。
こいつらみたいな下っ端や実行犯は本気でそれが世のためになると思っているようだが、実際は上の人間の私欲のためにいいように使われているだけなのだろう。
こんな戦闘力の低い狂信者を魔道具一つで送り出している時点で、明らかに使い捨てだし。たとえこいつが魔獣に殺されたとしても、邪気をばら撒く目的は達せられるしな。
「美人局の効きが良かった理由がよく分かったよ。こいつら、洗脳しやすいように何らかの処置を施されているんだろう」
『ああ、なるほど。元々洗脳されやすかったわけね』
「しかし、となるとこいつを捕まえただけじゃ終わらないな。代わりの者はいくらでもいるのだろうし」
『だなー』
男は細々と活動している零細組織だと思い込んでいるようだが、そんな訳ないだろう。
高濃度の邪気を濃縮した薬なんて普通じゃ用意できないし、使い捨ての構成員にそこそこ性能が高い隠密系の魔道具を貸し与えている点も普通じゃない。
金も手間も、とんでもなくかかっている。零細組織が用意できるとは思えなかった。背後にもっと大きな組織が控えているのではなかろうか?
ただ、フラン的には背後関係よりも気になっていることがあるようだ。
「スタンピードを自分たちで止めるって、どうやる? 強い仲間がいる?」
地竜も巻き込んだスタンピードになれば、ランクA冒険者を連れてきたって止められるかどうか分からない。それを簡単に止めると言った男の言葉が引っかかったのだろう。
「我らが長が止めるとおっしゃったのです。きっと素晴らしいお考えがあるのでしょう」
おっとぉ! こいつ自身はよく分かってないパターンね! これは、本当に止める算段があるのかどうかも怪しくなってきたぞ?
敵対国家の暗部とかの工作だったりしたら、スタンピードを放置してこの国を滅茶苦茶にするつもりなのかもしれんし。レイドス王国のやり口を色々と見てきたせいか、何でも国家間の陰謀に思えちゃうよね。
『こいつに組織のアジトまで案内させて、芋づる式にできたら一番手っ取り早いんだが……』
「さすがに魅了状態がそこまで続かんぞ」
『そっか――って、おい! なんかヤバいぞ!』
男を尋問していたら、背負っている木箱がガタガタと動き始めた。
同時に、内部から邪気が溢れ出す。ただ邪気が高まっているだけではなく、明らかに生命力が感じられた。男は邪気を濃縮した薬を運んでいると言っていたが、どういうことだ?
「が……がああああぁ!」
『どういうことだ?』
「スタンボルト!」
「ガルル!」
箱の中から現れたのは、スライムのような不定形の存在である。邪気スライムとでも言おうか。
フランとウルシが咄嗟に魔術で攻撃したが、破壊されたのは木箱だけであった。未だに活動している邪気スライムは、男の体に巻き付くとそのまま口の中に入り込んでいくではないか。
「オロロロォォォォ!」
苦し気な悲鳴を上げる男だったが、あっという間に邪気スライムは男の体内に姿を消した。同時に、全身から邪気を立ち上らせる。
「オオオオォォォォォ!」
邪気に塗れた男の姿は、邪気によって暴走していた魔獣と同じ症状に見えた。




