閑章三 孤島へ 13
「いく」
「おう」
フランが作った穴の深さは30メートルを超えるが、フランもオウナも気軽に飛び込んでいく。フランは空中跳躍があるけど、オウナは?
特に減速することなく、俺たちの下を勢いよく落ちていく。オウナくらい強いと、この高さでも全く問題なく着地できるのか? そう思ったら、さすがに最後に減速をしていた。
「ふっ!」
足裏から魔力を放出して、落下の勢いを一瞬殺したのだ。膝で勢いを殺し、殆ど衝撃を感じさせることなく着地に成功していた。足元にはほとんど影響が出ていない。
やっぱ強いなこの婆さん。
「結構広いが、邪気のせいで生物の存在は感じれんな……」
「……こっち」
俺たちも濃い邪気に包まれているせいで生物の気配などを感じることは難しいが、邪気の濃さは判別できる。明らかに、濃密な邪気が固まっている方角があった。
そちらへと向かうと、途中で敵性存在から襲撃を受ける。天井から落下奇襲してきた邪気スライムだ。
まあ、一瞬でフランが切り裂き、そのまま邪神の童心によって吸収されたが。
『やっぱり邪気スライムはここに生息してたか』
「あの黒いスライムをここで採取して、魔境に解き放っている奴らがいるということか? しかし、邪気は感じても、魔境でこのスライムは見なかったが……」
『多分、生存に邪気が必要なんだ。だから魔境で解放しても、すぐに消滅して邪気だけが大地に染み込むんだろう。もしくは、大型の魔獣に喰われてしまうか』
人間と同化して操ってみせた邪気スライムだが、高位の魔獣を完全に操るほどの力はないと思う。ただ、こいつらを食べた魔獣は高濃度の邪気を摂取したのと同じ状態になり、暴走状態になるのだろう。
邪気スライムを吸収しながら地下空洞を歩いていくと、さらに邪気が濃くなってくる。それこそ、スキルを使わずとも黒い靄として目に見えるほどだ。
オウナなら大丈夫そうだが、一応彼女の周辺に浄化の結界を張っておいた。
「……助かる」
一瞬眉をひそめたのは、嫌いな神剣に手助けされたからだろう。色々と葛藤があるらしい。
「なんかある!」
「私には邪気の塊にしか思えんが……」
地下空洞の奥、掘り下げられた窪地のようになっている場所の中心。そこに、大きな水晶が鎮座していた。中に黒いナニかが閉じ込められているのが見える。
『封印された、邪神の眷属だ。あれから漏れ出した邪気が、スライムみたいになって動いているんだろう』
そして、その前には一人の男が立っていた。仕立ての良さそうな貴族っぽい衣服に身を包んだ、長身痩躯の男だ。
全身から邪気を立ち上らせ、明らかに水晶に対して何らかの儀式を行っている。まあ、ろくなもんじゃないだろう。
男がこちらを振り返り、仰ぎ見ながら怪訝な視線を送ってくる。
「……何者だ?」
「それはこちらの台詞だ。まあ、これだけの邪気だ、真っ当な相手ではなさそうだが」
「ふん、決めつけてくれるなぁ」
オウナの言葉を聞いて、じゃあ俺とフランはどうなのって言いたくなったが、ここはグッと我慢だ。実際、邪気に関係している人間で真っ当な存在なんて、ほぼいないと言ってもいいからな。
それに、今回は明確な証拠もある。
「決めつけるも何も、そこに寝ているやつらはなんだ? 邪気を注ぎ込まれているようだが? よもや、その邪悪な儀式が病の治療であるなどとは言わんよな?」
そう、この場にいるのはこの男だけではなかった。水晶の周囲には複数の魔法陣が描かれ、その上に10人ほどの男女が寝かされているのだ。
オウナが言う通り、魔法陣を通して邪気が流し込まれているように見える。
「邪滅協会とかいうのと、お前は関係ある?」
フランが尋ねると、男が哄笑を上げ始めた。
「くはははは! ここでその名前が出たということは、もう分かっているのではないか? そうだ! 俺が邪滅協会の長であるよ!」
やはり邪滅協会は邪神信奉者によって裏で操られていたようだ。まさかこいつが長だとは思わなかったが。
「お前ら、何を企んでる?」
「企んでいるとはご挨拶だな! 俺はただ、尊き御方の封印を解こうとしているだけだ! 邪神排斥などと愚かな事をのたまう愚か者どもを使ってな!」
「尊き御方の封印?」
「俺の愚かな祖先によって封じられてしまった、邪神に連なる御方だ! 我が祖先ながら愚かしさ極まる! 俺は祖先の罪を清算し、尊き御方を解き放ちたいだけなのだ!」
つまり、こいつの家系は封印の守護を担う家系だったが、こいつの代でなぜかとち狂ってしまったと。
分からないのは、魔境に邪気を撒いていた理由だ。邪神の眷属復活と、何の関係がある?
「地竜の揺り籠で邪気撒いてたのは、なんで? 邪神の眷属を復活させるため?」
「別に関係ないが?」
「え?」
「尊き御方から生み出されているエビルスライム。あれを使えばスタンピードを起こせるのではないかと考え、試していただけだ。上手くいけば、邪神様を認めぬ愚か者どもが大勢死んだろうに! お前らがここに辿り着いたということは、失敗したということなのだろうな。残念だよ」
「貴様……」
男がそう言い放った直後、オウナが歯をギリっと噛みしめながら殺気を放った。腰の刀に手をかけ、臨戦態勢だ。
「私の一番嫌いな手合いだ」
「貴様らも邪神様を認めぬか!」
「邪神とか関係ないだろう? 御大層な目的があるのは分かった。だがな、自分の欲望に他人を巻き込むな。迷惑なんだよ!」
強者であるオウナの放つ殺気をまともに受けているというのに、男は余裕の表情を崩さなかった。
「俺を斬るか? だが、もう遅いわ! さあ、生贄を喰らい、復活してくださいませ! 御遣いよ! 尊き御方よぉ!」
「ちっ!」
黒い輝きと共に邪気を放つ水晶。オウナは咄嗟に刀を振って斬撃を飛ばしたが、邪魔することはできなかった。水晶は砕けたが、中に封じ込められていた邪気の塊には届かなかったのだ。
一気に膨れ上がり、窪地を覆い尽くす巨大な邪気スライム。フランたちは咄嗟に跳び退いたので問題ないが、そこにいた男や寝かされていた人々が巨大邪気スライムに呑み込まれてしまった。
だが、見守るフランたちの前で、すぐに変化が起きる。
「はははは! 素晴らしい! 邪気とは本当に素晴らしいなぁ!」
スライムの表面がゴボゴボと泡立ったかと思うと、中から男だけが押し出されるように排出されたのだ。
男の肉体の表面は邪気スライムに覆われ、呼吸ができているかも怪しい。しかし、理性は残っているようだし、もう呼吸なんか必要な体じゃなくなったのかもな。
「フラン、スライムは任せてもいいか? 私はあのクソ野郎をぶった切る」
「ん。任せて」
「頼む」
大きく頷いて俺を構えたフランを見て、男が馬鹿にしたような笑い声をあげる。
「はっはっは! そんな子供に尊き御方を任せる? 10秒ももたんわ! 尊き御方を舐めるなよ! 愚か者ども!」
「そりゃ、こっちの台詞だ。フランは強いぞ?」
「ふふん」
オウナに強いと言われたのが嬉しいのか、邪神の眷属を前にしているとは思えないドヤ顔だ。
「尊き御方の恐ろしさが分からぬ獣人のガキめ! 死んで思い知れ!」
「オオオォォォ……」
「尊き御方?」
「オォォォ……」
巨大邪気スライムは、動かない。その場に留まったまま、全身を蠢かせるだけだ。振り向いた男の顔に、今日初めての焦りの色が見える。
「ど、どういうことだ? 封印の解除が完全ではなかったのか?」
「はっ! お前に命令されるのが嫌だったんじゃないか?」
「め、命令なんぞしていない! 尊き御方! そのお力を愚か者どもにお示し下さい!」
「オオォォ……」
まあ、動くわけないけど。
俺の中の邪神の童心が、やつを脅しているのだ。この巨大邪気スライムを生み出したのは邪神の童心ではないが、同じ邪神の欠片である。こいつからしたら、自分を生み出した神と同格の存在に、目の前で脅しをかけられている状態だった。
「えええい! 貴様らを殺すなんぞ、尊き御方から力を賜った俺だけで十分だ!」
「は! やってみろ!」
「死ねぇぇ!」




