光がなければ影はできない⑥
境に穴が空いたので、気を取り直して、そのまま抜け出した御環とプラネ、鳩の式具とそれらを乗せた穴冠。この判断ができる程度には御環はトレーニングされている。
しばらく沈黙が続くが、
『いや、私としても空間を固定して、ソコを突く程度にしか、ね?そのレベルの話だったんだけどね?』
と、鳩が沈黙を破った。
「どういう事です?目線上に境を展開しながら潮力を流しているように見えましたが...」
『まぁ、潮力で書き換えられたんだろうね。識の識が。だから境も書き換わったとしか言えない』
「わ、私、もう、決めポーズできないってことですか!?」
『いやまぁ、"ビームを撃つ"って思わなければできるのでは?』
「普段から、ビーム撃つぐらいの気合いでやってますよ?」
『「マジか」』
『うん、いや、うん。ポーズっていう動作手順があるから、暴発はしないはず。うん』
ゴタゴタ喋っている間に穴冠を着地させ、皆を降ろす御環。
「戻れ、穴冠」
御環の影より内側に位置取り、一気に紐が解けるように崩れていく穴冠。やはり、血のような糸だ。
すると、解けた中から鳶の式紙である間飛が姿を現す。
「鳶さんになった!それが、さっき言っていた血ですか?質量っていう」
「そうですね。血を紐のように扱う『赤糸』という式を使っているので。間飛、上空待機」
説明している間も、赤糸が御環の影に戻る度に顔色が良くなっていく。プラネに触れられていないので、酔いも覚めたようだ。
「さてと、」
ギギギィィ...
「まだ居る!?」
「まぁ、あの程度では終わりませんよね」
路地の真ん中に、白い三角帽を被った布地の多い白装束を纏った人型が立っている。
手に当たるであろう箇所には手はなく、手首から煙のような白いモヤが出ていた。
全体的に輪郭はスプレーで描かれたストリートアートのようだ。
「...え?クネクネの活動態ってあんなはっきりしてました?」
『あ〜、プラネちゃんを取り込む目的を起点として再構築したから、あぁなってるね』
「さて、逃げます!」
「え、倒さないんですか!?」
「あのタイプの識はシカトしておけば消えます!錦さん、僕が準備出来次第、道案内!プラネさんは、準備ができるまで待機!」
『クルッポぉ〜』
「え、え!?」
「"影送、八方塞、脂売、朽縄"ッ!」
御環は早速準備を始める。
比較的速攻で召喚できる式紙を揃えた。
血液も潮力もそれなりに消耗していたが、今は調子がいい。プラネが離れたからだろうか?
そして、識は何もしてこない。
(やっぱり、急激に活性化したせいで、行動パターンが全て"プラネさん有りき"になってるな。行動条件は受動態のまま活動態になった弊害がモロに出てる...)
「え、私、このままでいいんですか!?ビームとか撃たなくていい?」
「今は、何もしないで!ビームもバンバン撃たない方がいいですよ。使いこなせてないですからまだ」
『野良の式者の死因の三分の一は自爆だからねぇ〜コケ』
「あ、プラネさんはその脂売を肩に乗せてください」
「え?この蛙さん?ヌメヌメの?」
「その脂には侵食阻害の式を織り込んでるので」
「ゲコッ」
「よ、よろしく、お願いします...?」
「ゲッコ」
両手から余裕ではみ出るサイズ感の蛙の式紙、脂売がプラネの背中に張り付く。
「肩じゃないッ!?」
「誤差です!脂売にはそんなに細かい指示が通る式は織り込んでません!あと騒ぐと識が動くので、静かに!」
うぅ〜という表情のプラネだが、
確かにプラネに合わせて識も構えを変えている。
「では、準備が出来たので逃げますよ。プラネさんは、錦さんが道案内するので、3つ数えたら走ってください。絶対に錦さんから目を離さないように。殿は僕が」
御環がプラネと目を合わせる。
プラネが全力で首を縦に振る。
「参、弐、壱!」
『あぉーーーん!』
妙な掛け声と同時に、鳩の式具が飛び出す。プラネもそれに続く。
それと同時に、識の方も行動を開始する。右腕を前に出し、そこから紐のように白いモヤを伸ばす。
が、背中に張り付いていた脂売の脂に阻害される。
「ヌメっとしましたぁ!!」
『はい、振り向かないよ〜』
今の識は、対象であるプラネが境から出てしまったせいで、距離という物理的制約に縛られ、"手を伸ばさないと、届かなくなっている"。
御環の指示も効いていた。
識は、対象がコチラを目視さえすれば、そこから逆探知で潮力を流し込み、対象の式を書き換えることができる、距離的制限が少ない識である。しかし、御環の指示により、対象であるプラネがコチラを見ないためにそれもできない。
更に、本来であれば"識を見たものが対象になる"のだが、今回は、対象を一人に絞って活性化してしまったせいで、柔軟な標的変更ができない。
元々、この手の"発動条件がガバガバな識"というのは、その柔軟性による不確定要素と、不条理な攻撃対象と判定が長所であるが、今回はそれらが全て殺されている。
それだけ、"プラネの重さに持っていかれている"というわけである。おかげで、プラネの行動"だけ"にしか反応できない。
視野を狭める識が、
視野を狭めさせられている。
この時点で勝負はついたも同然であった。
「八方塞、この路地裏を境とする。行動開始!」
二体の蜘蛛の式紙、八方塞が各々の役割を果たすべく散る。
「識のくせに、一丁前に輪郭を張りやがって...」
赤糸を使って棒状のなにかを織り上げる。
「輪郭が危ういのが化物の強みだろうが..."赤槍"ッ」
一気に赤糸が引き締められ、赤い槍の形状になる。
「影遊戯の本領を見せてやる」
御環の姓、"淵不知"とは
血筋関係なく影遊戯の式を保有する危険"物"に
『識同様、忌むべき存在』
として貼られる烙印である。
彼は、生まれながらにして変えたくとも変えられない姓を名乗って生きている。




