光がなければ影はできない③
「目成、穴冠の準備を。フルバージョンで行く」
「了解」
指示された烏の式紙、目成は少し高めの位置で空中停止する。少し羽音が騒がしい。
高めの位置を取った為、影は少し大きくなる。その影の輪郭を元に御環が再び、血を糸のようにした赤糸で式を織る。慣れた手つきで、数秒もせずにこの作業を終わらせる。
「よし、"影送、間飛"ッ!」
そう唱えた瞬間、烏の式紙であった目成が、鳶のような輪郭へと変化する。サイズも少し大きくなった。羽音はもうしない。
「血?烏さんもなんか変わってる...」
困惑しているプラネを他所に
「よし、次。"影送、脂売"ッ!」
今度は蛙の影絵の輪郭に、赤糸を使って先程よりも複雑な式を織り込む。すると、少し大きめの蛙が御環の影から飛び出す。蛙も鳶もインクで描いたような輪郭だ。
「ちょっと、アレですね!」
『ナイス感想』
「...間飛、脂売、頼む」
そう言われると、蛙の式紙の脂売が高くジャンプし、それを間飛が頭でキャッチする。ちょっと冠のように。そして、また少し高い位置で空中停止する。
その少し大きくなった影に数滴分の赤糸を注げば、
「"影送、穴冠"ッ!」
間飛と脂売の輪郭が融合し、巨大な鷹の式紙、穴冠になる。人も掴め、運べるサイズ感だ。てか、人よりデカい。
「結構、手間暇かかるんですね!」
『はは、そうだね。鳶が油揚げを攫って、鷹を産むってね』
「サイズ的には、鷲さんじゃないですか?」
『痛いところつくね、プラネちゃん。我々はユーモアを優先しているからね。犠牲も必要さ』
「...はぁ、フルバージョンは手順がいるんですよ。いつもはもっと早いです。とっとと逃げますよ」
羽音も立てずに着地する穴冠。背中に乗れと言いたげに。そこに乗ろうとする御環。
「え?背中に乗れるんですか!?」
「乗るのは、僕です。操作できるのは僕なので。閃光?さん、は脚で掴みます」
『文字通り鷲掴みになるよ』
「WoW!?」
「あと、穴冠に触れてください。登録します」
「と、登録ですか?」
穴冠に近づくプラネ。
イカつい。よく見ると、カンムリワシじゃないか?コレ?という疑念が張り付く。
「し、失礼しますぅ〜?」
どこを触ればいいのか分からなかったので、そっと穴冠の翼の羽毛に触れる。フワフワの羽毛という幻想を打ち砕くほど硬く、瓦と言った方が近い。
「あ、これなんか脂っぽいというか?」
「フルバージョンですから。脂売の脂ですね。識の侵食を抑える効果があるので、塗っておいてください」
「結構、ヌチョヌチョしてますね...」
『ハハハ、プラネちゃん、眉か眉間に塗っておきな。効果は保証するよ』
「ナルホド?」
少し手で脂をとり、違和感のあった眉間に塗る。
「なんか、眼が軽くなったかも...ん?別の違和感というかなんというか」
『ハハ!自我の輪郭に張り付かれるヌメヌメが味わえるよ』
「新感覚!!」
『君、すごいね』
そんなプラネには目もくれず、赤糸で手綱を作り穴冠に括る御環。そして、穴冠の背に跨る。
「早く行きましょう。八方塞を解除したので、境に識からの侵食が始まってます」
「あ、うん、行くんですか?」
『御環、少しはプラネちゃんの方を見て喋れば??』
「あぁ、もう!行きますよ!」
穴冠が翼を広げる。ヒト2人分以上はある大きさだ。翼の内側には、血で書かれたような謎の模様がいくつもあり、それが脈打つように薄く光った瞬間に穴冠が浮いた。
そして、音もなく羽ばたくことで空中停止する。
「本当に鷲掴みされるんですか?私?」
「はい」
『御環、今のうちに酔い止め渡しておいた方がいいんじゃね?』
「アレ、効くんですか?」
『ないよりかマシよ』
「はぁ、」
そう言って、渋々懐から即効性の酔い止めを出す。
「渡してきてください」
『いや、自分で渡せよ』
「手綱握ってるんで」
『陰キャがよぉ。この式具にそこまでの操作性ねぇよ』
「早くしないと侵食が進みます」
『どこで教育間違えたかなぁ?』
どうにか鳩の人形の短い嘴で酔い止めを咥え、プラネの元へ運んできた。そしてそのまま渡す。
「酔い止め、ですか?」
『飲んでおきなさいな。境酔いに効くよ』
「私、あんまり酔わないタイプですよ?」
「...飲んでた方がいいですよ、途中で気絶すると思いますけど」
目を合わせないが、御環が押してきたので飲むことにする。プラネは水なしでも難なく飲めた。
『はは!御環より器用だね!』
「んー、ん?なんか、ヌチョヌチョが弱くなったかも!」
『マジかよ』
「は?」
あまりの呆気なさに、しばし言葉を失った御環と鳩は、顔を見合わせる。
「彼女、本当に覚醒前の一般人なんですか?赤師ではないにしても、式者では?」
『いや、一般人だったよ、うん。転望からの報告を受けた段階では』
「にしては、」
『いや、うん、"式の解像度が高すぎる"、訓練された訳でもないのに。いやまぁ、潮力の操作はできてないから式の解像度というより、"自我の輪郭"と言った方が正確なんだけど』
「...例の仮説通り、アイドルだからですか?」
『かもなぁ。私も現に見るまでは仮説というより、ジョークのレベルだったんだけどね。"アイドルは自我の輪郭がはっきりしているかも"ってのは』
「いや、だからって。アレ、織雛さんレベルの輪郭じゃないですか?」
『いや、私も式具越しだから正確には言えないんだけど、織雛と同じく800年とか生きてるレベルだよな』
(2人とも、人見知りなんだろうなぁ)
置いてけぼりにされていたプラネはそう思っていた。
「違う違う、早く行きますよ。侵食進んでるんですから」
そう言って急かす御環。
少し顔色が悪い。失血だけではないように思えたプラネは大人しく応じた。
「よし、穴冠、閃光さんを掴め。千切るなよ(小声)」
「ちょっとストップ!」
「え?」
「鷲掴みだったら私、会話出来ないですよ?」
「...それ、問題ですか?」
『あーそれは問題だね』
「『え?』」
暫し沈黙。御環と鳩が顔を見合わせる。
『いや、問題だろ』
「別に会話できなくてもいいじゃないですか」
『陰キャがよぉ。保護対象ちゃんの状態を確認できないだろ』
「あ、そっか」
『頼むぜ、もぅ...』
こんなやり取りをしていたが、少し御環の指が震えている。そろそろ限界が来ているようだ。
「え?じゃあどうするんですか?」
一旦、穴冠を着地させる御環。
『もう、御環の後ろに乗ってもらうしかなくない?』
「いいですよー」
「イヤです」
『いや、時間ないって言ったの君だろ。駄々こねるなよ』
「いや、無理です。意味わかんないです。どうやって後ろに乗るんですか?」
『いや、そのままだろ』
「どうやってバランス取るんですか?スペースもそんなにないですよ」
「後ろから抱きつく形でいいんじゃないですか?私そういうの気にしませんよ?」
「...もっと無理です。ムリ。僕が無理」
『はぁあ。これだから影の落とし児は』
「綺麗好きだったり?」
「違います。潔癖じゃないです」
初めて、ちゃんと目が合う御環とプラネ。
『同じようなもんだろ』
「違います!他人に触れられるのが無理なだけです!」
『同じだろ』
「アンタがいちばん事情わかってんだろぉ!?」
鳩の人形を掴んで地面に投げ飛ばす御環。鳩は接地する寸前に羽ばたいて回避する。
『おいコレ、転望に借りてんだぞ。また小言言われるだろ』
「だったら、もっと良識持ってくださいよ!」
「あの、早く動いた方がいいんじゃないですか?御環くん、キツそうですし」
確かに御環は、冷や汗をかいているし、手の震えも少しずつだが大きくなってきてる。血が消耗している以前に何かを削られているような、そんなことまで思わせる顔色になっている。
「わかりましたよ!乗ってください!」
もうどうにでもなれ、と言わんばかりに穴冠に指示を出し、背を向けさせる御環。
「じゃあ、失礼しま〜す」
プラネが触れた瞬間、ビクンッと御環が震える。輪郭がブレたようにも見えるほどに。
「え!?大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です...」
『おい待て、境酔いしてないか?』
「そ、そんなわけないでしょ、、、行きますよ」
(そんな、掴まれただけで境酔いするわけ...)
穴冠がようやく羽ばたく。バランスが崩れそうになり、御環によりしがみつくプラネ。またビクついた御環だったが、先程より幾分かマシになった模様。
「しっかり掴まっててください...」
「よ、よろしくお願いします...本当に大丈夫?」
『穴冠の式がブレたら一巻の終わりだぞ?頼むよ、本当に』
「大丈夫です...」
こうしてようやく、フライトが始まった。
改めて、目的地は識の境の出入口、"窓"である。
"ービィキン"ッーー"
2人と鳩が飛び立ったあと、展開した御環の境は識の外圧によって飲み込まれ始める。肉が脈打ち、根のように伸び、空間を敷き詰めて行く。そして、肉によって張り巡らされ、安定すると美術館のタイルのような質感になった。
識が"目を覚ました"合図である。




