燻る火の子①
「暗渠に潜み、人をマンホールや排水溝の隙間から引きずり込む蟲のような識か。なかなか不気味だな」
『戦う前から物怖じしないでくださいよ?』
赤師が鳩の式具と喋っている。鳩の声は、転望のものである。
「してねぇよ、転望。清掃部門が大変そうだなって話だ」
『なら、いいのですが』
「とっとと行くか」
「おう」
2人の赫師が現場に向かう。
薄暗い暗渠だ。
『では、くれぐれも、逃げ時を、逃さぬように』
「フッ、お前みたいに飛んで逃げるよ」
『ハハッこれは期待できる。では!』
鳩の式具がバサバサッと飛び去っていく姿を見届けると、後ろにいた赤師が
「抜錨ッ!」
と詠唱する。詠唱後は少し赤みがかって光っているように見える。
そして、続けて
「影送、目成」
烏の影絵に赤糸を織り込む。すると烏の式紙が這い上がってくる。
「偵察して、識の居場所を見つけてこい」
『了解』
烏の式紙の目成が暗渠の暗闇に飛び込んでいった。
「ほんと、お前もだけどよく式紙使いは影送なんていう式、使えるよな?式がブレそうになって俺は無理だったわ」
「まぁ、かなり向き不向きの差が出るからな。式紙は。俺も目成しか使えないし」
そう話している間、目成を召喚していた赤師は左眼を押さえていた。
すると、眉がピクつく。
「見つけた。転望の言う通り、境を拡げるタイプじゃないな」
「結構時間かかったな?」
「かなり隠れるのが上手い。境に籠ってないくせに。目成を回収して暗渠に入るぞ」
そう言うと同時に目成も帰ってきた。
「っし。抜錨ッ!」
前にいた赤師がそう唱える。身体が赤く光る。先程の赤師より発光が少し強いようにも見える。
「赤糸、赤槍ッ!」
前に出た方の赤師の手元から赤糸が伸び、槍の形を織り成していく。
「さて、どれ程のもんかねぇ」
赤槍を振りながら、風切り音を確認する。
「本当に境を展開しているわけではないみたいだなぁ?」
「今回は、境を最小にして強固にするタイプって言っただろ」
「すまんすまん、ついついな。こりゃ、ある程度被害が出るのは覚悟してもらわんとねぇ」
後処理部門達への愚痴を零しながら、暗渠の奥へと進んだ。
***
今回の識は、一言で表現するなら"蟲"であった。蟲を無理やり人型にしたような、そんな識。2メーターはあろうか。
「鎌鼬ッ!」
後方に位置していた赤師が、全力で右腕を振る。その手の軌跡に沿って、刃状に展開された赤糸を吹き飛ばす。
その血の刃は、識の首を切断する。鎌鼬は、赤師の基本の中でもかなり間合いの取れる式である。ただ、血液を飛び道具として消費する為、登竜門を突破していない赤師はそう何度も撃てる式ではない。
「よっいしょッ!」
前衛を担当していた赤師が、とんだ首の起点を赤槍で貫く。
「っし、お仕事終了!赤所に帰るか」
「思ったよりなんてこと無かったな。被害もそんなに出なかった。後処理部門達喜ぶぞ」
「ハハッ、そうだな」
グォンッ!
その瞬間、前衛を務めていた赤師の背中に何かが刺さる。いや、めり込む。ラグビーボールサイズの異物が。
「っア"!?」
あまりの激痛に、呼吸が乱れる。式がブレる。式が保てなくなる。
ピキッ
『カァァ...』
異物が割れる音がしたと思えば、その隙間から口を出す。さっき起点を潰したはずの識の口だ。
その口から、舌を出す。人間の舌とは似ても似つかぬ、不気味な物だ。その舌が、
ズリッッ
くい込んだ赤師の肉を舐める。舐める。舐める。
「あ""ッ!?!?」
肉の繊維の一つ一つを、解くような、
目と目の間が、
指の隙間が、
歯茎が、
頬が、
崩れるような。
記憶を、
名前を、
思考を、
輪郭を、
自身を構成する物を少しずつ解されるような、そんな感覚。
(ヤバい!)
「赤刀ッ!」
後衛を務めていた赤師は、赤刀により異物の排除を試みたが、遅かった。
「ウォッエ...」
侵食された前衛の赤師の首が180度回転し、真後ろを向く。そして、例の解く舌を伸ばす。彼はもう、完全に侵食されていた。
「ひっ」
怯えた後衛の赤師は赤刀を維持できず、崩壊させる。暗渠の水路に、血が散らばる。
トンッ
足がすくんで、後退すると何かに当たる。
振り返ると、
『ハラが、へッた...』
2メーターはある蟲が立っていた。さっき、起点を潰したはずの識と、全く同じ流れを感じる。同一の識に違いない。起点は潰して、討伐したはずの、識だ。
「あ、あぁ、あ、」
ズリッッ
***
「そして、その識は何度討伐しても発生しては、別件の対処に当たっていた赤師をも食っている訳ですネ」
「...チッ」
転望から直接報告を聞いていた錦は舌打ちで返す。
赤師から、死に際に目成で伝達された情報を元にした報告書にも目を通す。
目成は役目を終えた途端に崩壊した。実質的には遺言と言えるだろう。
「今から識を要注意にする。そうだな、"蠢蕾の識"にしよう」
「いいですね。最高に悪趣味です」
ニヤリと笑うふたり。ふたりとも笑いのツボが同じであった。
「対処は、成り損ないと出来損ないのふたりに任せるか。あのふたりなら討伐できずとも帰ってこれる」
「分かりました。私から直接お願いしましょう」
「私の方でも、メールしておくよ。さて、どんな手品で、再発生してるかねぇ。蠢蕾は」
錦はため息がてら、デバッグ作業に戻った。




