番外編:日の当たらない仕事場①
和装版の白い化学防護服のような奇妙な服装をした集団が、路地裏でコソコソしている。どうやら、壁や地面にこびりついた何かを燃やしているようだ。
背負うとシルエットが大きく崩れるサイズ感の機器を装備している。
そこから、気管のようなものが伸びており、それが手に握られた装置に接続されている。手の装置はタツノオトシゴの頭のようなデザインのエアブラシに見える。そこから、火炎を吹いている訳だ。
普通の火炎放射器とは違い、ナパームを使ってないのでガソリン臭くない。代わりに嘔吐物の臭いが鼻を突き、吐き気に襲われる。
アルミホイルの残骸のような"物"を燃やす時がいちばんキツイ臭いがする。
この装備をしている者以外にも、様々な備品を携えた者たちがおり、ざっと15人はいる。
その中で1人、和装アレンジの入った白衣を着て、奇妙な眼鏡をかけ、赤毛をポニーテールに纏めた女性がいる。赤毛の色が、錦に心做しか似ている。
彼女だけは、化学防護服を着ていない。なんなら、栄養ドリンクのパックをストローから吸っている。
「ジュルルッ...ははは、アタリだった。スミスには悪いことしたね。フフ、転望の奴もよく見つけたよ、ふふ、ふふふ」
女性は、左手で自分の赤毛を幾らか抜く。その瞬間に、少し血の匂いが漂う。
途端にその赤毛が、規則的に動いて医療用のメスを形成する。
そして、そのメスで御環とプラネが脱出した座標に斬り込む。
「やっぱり、現地調査こそだね、私らを悦ばせてくれるのは。赤所で事務処理に縛られて動けない錦が可哀想だ...ふふ、これの報告書送り付けるだけで、悔しがるハズ...ふふ、いい嫌がらせになる、ふふ」
知的好奇心を刺激され笑いが止まらない彼女こそ、赤師の清掃部門のトップ、Dr.氷内。
部門外の人間からは"氷内医師"と呼ばれている。
そして、その彼女が部下の手元に先程形成したメスを投げる。
「ヒィ!」
「おいソコ、仕事が雑だぞ。何度言ったらわかる?サンプルを傷つけるな。私が止めなかったら危なかったぞ...」
「す、すみません!」
「氷内さん。彼は最近入ったばかりですし、仕事詰めでしたので...そろそろ休暇を」
「だろうね、私が慣れさせるためにシフト組んでるから知ってるよ...はぁ、まだ"休暇"なんて言ってる奴がいるのか。いつも言ってるだろ?『仕事で仕事の息抜きをしろ』って。そしたらずっと働けるよ」
「それができるのは、氷内さんとスミスさんぐらいですよ...錦さんと転望さんもできますが」
「はぁ...よし、全員、赤所に戻れ!休憩だッ!」
「え?まだまだ、ありますよ?」
「全部、私でやる。それが早い。君たちは休んだ方が早いだろ?次の仕事まで休んでな」
そう言って、一人で作業を再開する氷内。
部下たちは、ゾロゾロと帰っていく。
「新人、早く帰るぞ」
「え?でも、え?」
「帰れと言われたら、帰る。この部門の掟の一番最初に書かれてただろ。最優先事項だ。あと、さっきのは氷内さんが止めてなかったら侵食されてたぞ」
氷内を除く全員が見えなくなった途端に、氷内がニヤける。
「ふふ、ふふふ、ふふ、映画は一人で観たいタイプだからね、私は」
笑いが止まらない。
「ふふ、はは、腕は2つで足りるかな?眼は足りないねぇ..."色眼鏡"、仕事の時間だぞ。いくらでも私の"質料"を使いな」
そう言った途端に、潮力が流れ始める。そして、特徴的だった眼鏡が胎動する。
それに合わせて、氷内が瞬きする度に、瞳孔どころか、眼の形が変わる。猫のように縦に細長く、山羊のように横に長く、蛸や烏賊のように鋭く、複眼のように汎く...
「ふふ、お前も嬉しいか...影遊戯に続き、固定。しかも 脳殺光線...ふふ、ふふふふ」
ポニーテールに纏めていた髪を解く。
その瞬間、髪が意志を持ったように拡がる。
「そうだ、木漏から言われてたな。淵不知くんに式具を造ってやるんだった...今回のお礼として転望に持って行かせるよ...ふふふ、ふふ」
現代において、式具を製造できる人材は片手で数える程もいない。氷内はその中のひとりなのである。




