灯台もと暮らし③
「ま、とりあえず芥のとこ行きな。アイツが説明してくれるでしょ」
「はーい!」
「はぁ、」
投げやりになりもう説明する気も無さそうなので、御環とプラネは部屋を出ようとした。
「あ、狂犬が来てるけど気にしないでねぇ」
「え?」
「チッ」
空間を切り裂くような、電気が走ったような舌打ちだった。
また、この部屋に入ってきた人物が居た。酷い猫背で、歩き方も不気味。やけに重心が低いように思える。
その人物は部屋に入り次第、隅にしゃがみ込んでコチラを睨んでいる。目付きがやばい。
見た目的には少年か青年程度。服は麻でできた甚平、裸足。甚平を着てはいるが、本当に身に纏っている程度。足の指は長く、しゃがみ込んだ後も頻繁に動かしている。足の指なのにかなり複雑な動き。そんな動きをしていながら、一切腰を下ろさず、もたれ掛かることもない。しゃがみ込んだまま。
そして、ずっと口をクチャクチャしている。いやもう、匂い的にスルメと分かる。
置いていかれているプラネに対して、御環が補足をいれる。
「あの方は"網駄"さんですね...さっきの織雛さんは赤師のなかでは範囲火力最強で、網駄さんは単体火力最強って言われてます」
「ま、式者に能力の優劣なんてないから、そんな言い方するなって言ってるんだけどねぇ〜。皆、私の言うこと聞いてくれないんだよ」
「チッ」
もう、舌打ちをする度に雷が走っているように錯覚する。
「コイツは、ずっとスルメ噛んでるだけだから気にしないで〜。プラネちゃんを品定めしに来ただけでしょ。な?網駄」
「ほっとけ外法。クチャッ」
「はは!お座りもできない駄犬がよく言う」
「チッ」
舌打ちの度に空間がピリつく。
「良かったね、プラネちゃん。網駄のお眼鏡にかなったみたいだ」
「そうなんですか?」
「アイツは、"眼がいいやつ"を気にするからね。こんなに機嫌がいいのは、珍しい」
「態度が悪い時ほど、機嫌がいいタイプってことですね!」
ブチッッ!
網駄がスルメを引きちぎる。
そんな網駄に手を振るプラネ。
そして、気が気でない御環であった。
「ま、そんなのはどうでもいいんだよ。兎に角、修行我ん張ってねぇ〜」
赤いあやとりで"てふてふ"を作ってヒラヒラさせる錦であった。
***
そうして、2人は木漏の拠点へ。
昔ながらの和風家屋といった印象。なんなら旅館レベル。
赤所は"どんどん生えてきてるのでは?"と疑われるほど常に改築と建造が進められている、複雑怪奇な建物。
それとは違い、木漏の屋敷は理路整然としている。
「木漏さん、大丈夫ですかね...?」
「何か、心配なんですか?そういえば女子禁制って言ってましたけど、私が来て良かったんですかね」
「あれから連絡もないので、もう行くしかないというか...あ、連絡来ました」
確認する御環。
「...『嬢ちゃんは下手に喋るな』としかないですね」
「えぇ...」
御環はインターフォンを押そうとする。以前の識の窓である非常ベルのボタンを押す方がよっぽど気が楽だった。
「あ、ちょっと待ってください。酔い止め飲みます」
「え?そこまでしないとなんですか?」
懐から、未だに慣れない水なしで飲む市販の酔い止めを出す。これをえずきながら飲む。
「うっ、うゥ、よし、行きましょう。大丈夫です。まずは、プラネさんがなにもしなければ、大丈夫のはずだから、うん」
だいぶ時間がかかったが、インターフォンに指を伸ばす。そして、押すために力む寸前の、緊張と弛緩の切り替えのちょうどそのタイミングに
ガラリッ、
「...おかえりなさいませ、淵不知様」
「ア、ありがとうございます。ハ、叛骨サン...」
扉をカラカラと開いたのは、20代前半に見える美女。身長は木漏と同じぐらいで、女性にしてはかなり高い方。ただ、表情が読めない。硬いというより読めない。
服装は、これまでの変人たちとは違い、きちんとした和装である。しかし、髪留めがやけに気になる。背骨のようなデザイン。いや、そこまで露骨なデザインではないのだが、背骨のような髪留めに、脊椎のように髪を通しているというか。
「背骨を意識しているデザインではない」と言われれば「そうですか」と返すしかないデザインラインではある。ただ、見ただけで、背骨というより、脊椎を彷彿とさせる。そんなデザインの髪留めである。
「...貴"女"が閃光さん?芥から話は聞いております。私は、芥の面倒を見ている叛骨と申します。どうぞ、お上がりください。お食事の準備ができております」
「は、はい。失礼します...」
長い廊下を歩く。誰一人喋らない。
プラネは、
(式者の皆さんは大半コミュニケーション苦手なのかな?)
と思っていた。実際、御環は会話はしてくれるが、話しかけてくれないし、目を合わせない。
自分から話そうにも、先に釘を刺されているのでそうもいかない。
すると、向こうから
「閃光さんは、アイドル?をやっているらしいですね。さぞ、殿方の視線を集める事に慣れているんでしょうね」
御環からすれば、背筋どころか脳脊髄液が凍るような、そんな問い掛けに
「今は、女性ファンも多いですよ!なんなら、男性ファンよりも!あっ」
喋っちゃった!けど受け応えだから大丈夫だよね!?
という視線を御環に送る。
その御環といえば、身震いしていた。輪郭がブレて見えるほどに。
「ほぉう?それは、それは。ふふ、ふヒッヒヒィッヒィッ」
叛骨が口元を右手で隠しながら微笑む。まるで、えずきと吃逆を混ぜたような、そんな笑い方。叛骨が身をビクンッと揺らす度に、空間全体を揺らされるような、横隔膜を撫で回されるような、そんな感覚に陥る。
そう、この感覚、御環は境酔いしていた。穴冠で血液を消耗した時よりも顔色が悪い。
一方プラネは、まさかの満面の笑み...御環にとっては、この2人の方が識より恐ろしかった。




