VS黒羽真白
――一斉に、殺気が舞った。
「撃てっ!! 黒羽真白を討ち取れッ!!」
五十嵐の号令とともに、闘技場の観覧席を囲むように待機していたSEU隊員たちが、次々と跳躍する。全員、武装刀を携えた精鋭ばかり――序列千番以内の、いわば“選抜”である。
だが。
「きゃははっ☆ なぁにこれ、運動会?」
黒羽真白は楽しげに笑った。
殺意に満ちた飛来を、彼女はまるで“じゃれつく子犬”をあしらうようにかわす。最初に接近してきた隊員の懐に、ひらりと潜り込んだかと思えば、スカートの奥から抜き取った短剣がひと閃。喉元を裂かれた男が呻きも上げずに崩れ落ちる。
「私を殺しに来るってことはぁ~……逆に殺されても、仕方ないんだよねぇ?」
ふわりと髪を揺らして跳ねる。
まるで踊るような動き。軽やかで、だが致命的な死を運ぶダンス。
「ぎっ……あああっ!!」
「腕が、腕がぁああっ!!」
次々と絶叫が上がる。
黒羽の指先から放たれた短剣が、吸い込まれるように隊員たちの急所を射抜いていく。喉、脇腹、こめかみ――その全てが一撃。まるで人体の急所を“完璧に”熟知しているような正確無比さだった。
十人……十五人……二十人……。
秒刻みで倒れていくSEUの精鋭たち。
苦悶と呻きが場に満ちる中、一部の者は口元から黒く泡を吹き、のたうちまわった。
「あらぁ~? 毒がちょっと強かったかしらぁ? えへっ、ごめんごめん♡」
「ふん、やはり……こいつらでは露払いにもならないか」
観覧席の上段から見下ろしていた五十嵐桃が、吐き捨てるように言う。
その言葉に応じるように、また別の扉が開いた。
軋む音。
そこから姿を現したのは、SEU序列第72位・水上鏡、86位・武堂迅、53位・大塚千春――いずれもダブルナンバーと呼ばれる実力者たち。
「私たちが出る以上、もはや“余興”では済まされない」
水上が静かに呟き、武装刀を抜く。
武堂が咆哮のような雄叫びを上げ、地を踏み鳴らす。
大塚が魔導具のような指輪を回し、空気中の氷を呼び出した。
「いくぞ!! 三方同時に!」
三人は刹那の迷いもなく、完璧な連携で動き出した。
右から左から、そして上方から――黒羽の回避空間を潰すような連撃。
隊員たちの斬撃が迫る。
大気が鳴る。
空間ごと裂かれそうな連撃。
しかし――
「――氷華開舞」
黒羽の武装刀が、空中で弧を描いた。
たった一振り。
空間が凍りついた。
彼女を中心に、白銀の華が咲く。
氷の刃。氷の槍。氷の花弁。
すべてが吹雪となって隊員たちの身体を貫いた。
「がっ……! ま、まさか――」
「こ、こんなっ、馬鹿な――!」
次の瞬間、3人は動きを止め、音もなく崩れ落ちる。
絶対の自信を持って挑んだ者たちが、“一撃”で無力化された。
「きゃはっ☆ ちゃんとお花、咲いたねぇ?」
黒羽真白が、口元に人差し指を添えながらくすくすと笑う。
観覧席が静まり返った。
あまりの異常事態に、誰も声を出せない。
だが。
その中で、ただ一人。
女が立ち上がった。
五十嵐 桃。
彼女は静かに、腰に差していた“それ”を抜いた。
それは一見して異質だった。
黒い。
異様に黒い。
まるで刃自体が“影”でできているかのような武装刀。
揺らぐ輪郭。
凍り付くような殺気。
「……やはり、私の手で殺すしかないようだな、黒羽 真白」
五十嵐の声音は冷たく、凍りつくような静寂を伴っていた。
そして、黒羽は、ぞくりと背筋を震わせながら、にぃっと唇を吊り上げた。
「えぇ~なになに!? ようやく五十嵐さんのお出ましってわけぇ~? きゃる~ん☆」
狂気と愉悦が混ざり合った声が、闘技場に響いた。
「いつかこの日が来ると確信し、鍛錬を重ねてきた……この手で、貴様を殺すためになぁッ!!」
怒気を孕んだ声と共に、五十嵐桃が地を蹴った。
爆音のような破裂音。
闘技場の石畳が砕け、五十嵐の姿が残像を残して消える。
「おっふ、きたきたぁ♡」
黒羽はふわりとその場を跳ぶ。刹那、横薙ぎに振るわれた五十嵐の武装刀が、空を裂いて彼女の首元をかすめた。
ヒュウッと風が鳴る。
だが、かすりすらしない。
黒羽はのけぞり、紙一重でその一閃を回避する。
――が、その瞬間、次の動きが飛び込んでくる。
「……ッ!」
読んでいた。
五十嵐は初撃が外れると同時に、左脚を振り抜いた。
鋭い蹴りが、黒羽の腹部に直撃する。
「がっ――!?」
吹き飛ぶ黒羽の体。
軽い体格の彼女は、そのまま壁まで跳ね飛ばされ、石造りの壁面に叩きつけられる。
轟音と共に土煙が舞い、闘技場全体が震えた。
ごろごろと転がる瓦礫。その中心で、黒羽は呻きながら体を起こす。
しかし――
「影縫いよ、我に応えろ」
五十嵐は既に次の一手に移っていた。
黒く光る武装刀を静かに掲げ、その刃に念を注ぎ込む。
すると、刃先から黒鉄色の“糸”のようなものが蠢き始める。
それは次第に数を増やし、無数の鋼糸が宙を舞い――
「縛れ、針鎖!!」
鋭い声と共に、影のような糸が黒羽を目がけて一斉に飛翔した。
糸の先端には、返しの付いた棘があり、喰らえば筋肉や神経に激痛を伴う。
しかもこの糸は、一度絡まれば簡単には外れない“影縫い”の力。
まさに拘束と痛みの合わせ技である。
だが、土煙の中から飛び出したのは――
「お返しよぉ~♡ 氷槍舞踏」
黒羽の声。
次の瞬間、彼女の周囲から氷の槍が十数本、弾丸のように発射された。
飛翔する鋼糸と、迫り来る氷槍が激突し、上空で激しい音を立てて相殺される。
その隙を突いて、黒羽は一気に距離を詰めた。
「――でりゃあああッ!!」
怒声と共に放たれた一撃。
黒羽の武装刀が、五十嵐の眼前に迫る。
さっきまでの遊びとは違う。
本気の一撃。
対する五十嵐も、一歩も退かずに応戦。
二本の武装刀が正面から激突する――
ガキィィィィン!!
乾いた金属音が場を裂く。
鍔迫り合い。
両者の視線が交差する。
「ほぉ……ようやく、その余裕な笑みが崩れ始めたな」
五十嵐は冷たく言い放つ。
対する黒羽は、笑みを浮かべながらも、口元から血を垂らしていた。
「流石に今のは効いたわ……ちょっと……痛いかも……♡」
だが、息が荒い。
肩も上下している。
その様子を五十嵐は見逃さなかった。
「……やはりか。私が強くなりすぎたのか、それとも――義影瑠衣との戦いで消耗したか?」
黒羽の目がわずかに揺れる。
その反応を、五十嵐は見逃さなかった。
「……図星のようだな」
冷笑と共に、武装刀の力が一層高まる。
押し返される黒羽。
再び鍔を交えたまま、地面を後退させられる。
黒羽の足が、ずるずると土を抉る。
――余力が、ない。
彼女の脳裏に、“共鳴解放”の選択肢が浮かぶ。
しかし、それは“諸刃の剣”。
今の体では、確実に代償が大きすぎる。
「卑怯と言わんばかりの顔だな」
五十嵐の追撃は止まらない。
「だが、義影瑠衣が貴様を倒したのは、正直想定外だった。おかげでこうして楽に貴様を葬れるが……やはり、奴も危険人物だ」
その言葉に、黒羽の表情が、ピクリと動いた。
「……何が言いたいの?」
だが、五十嵐は気づかない。淡々と続ける。
「貴様を排除した後は、義影瑠衣も一緒に――」
その瞬間だった。
空気が変わった。
がらん、と。
温度が、一気に下がった。
闘技場全体に、氷のような冷気が流れ込む。
今まで飄々とした笑みを絶やさなかったあの黒羽真白が――笑っていなかった。
目の光が、スッと消える。
「……今、なんて言った?」
低い。
いつもの舌足らずで間延びした声ではない。
感情を削ぎ落としたような、機械のような声。
五十嵐が目を細める。
「聞こえなかったのか? ならもう一度言ってやろう」
そう言って、彼女は明確に言い切った。
「貴様を葬った後は、義影瑠衣も抹殺する」
その言葉が放たれたとき。
黒羽の体から、ぶわり、と氷の瘴気が噴き出した。
「……瑠衣くんを抹殺? 瑠衣くんを殺すってこと? 五十嵐さんが? 瑠衣くんを?」
場の空気が、完全に凍り付いた。
黒羽は静かに、足元を踏みしめる。
次の瞬間。
「――共鳴 解放」
その言葉と共に、彼女の全身が“覚醒”の光に包まれた。




