新人VS序列第3位
瑠衣が夜叉髑髏を手に入れた2日後。
ついに、黒羽との決戦の日がやってきた。
日は落ちきり、闘技場の上空には月がぽっかりと浮かんでいた。まるでこれから始まる血戦を見下ろす観客のように。
瑠衣は、静かに歩を進めていた。その足取りは迷いがなく、全身からは凛とした空気が滲み出ている。
その隣には、鴉羽もいる。
「おいおい、本当に戦うのかよ……」
「ああ。そういう約束だからな」
「律儀な奴だ……まぁ、見届けてやるよ、お前の覚悟ってやつをな」
煙草をふかしながら、きざっぽくいう鴉羽。
その言葉に、瑠衣はちらと横目を向け、わずかに笑った。
「余計な心配は無用だ。これは――俺が選んだ道だ」
そして、二人は闘技場の入り口をくぐった。
そこにいたのは、既に戦闘準備を終えた黒羽真白。
そして、その横には、眼鏡をかけた軍服の女性が立っていた。
黒羽はいつものメイド服姿。舞踏会にでも向かうかのようなその装いは、この戦場にはあまりにも不釣り合いだった。
「本日この戦いの立ち合いをさせていただきます、南野と申します。よろしくお願いいたします」
冷静な口調でそう名乗った南野は、一礼をする。
どこか人間味の希薄な所作。その瞳には、感情の色が一切なかった。
一方の黒羽はというと――
「きゃはっ☆ ついにこの日がやってきたのね~。ずぅ~~っと楽しみにしてたんだからぁ~!」
彼女はうっとりとした笑みを浮かべながら、自身の短剣を優雅に研いでいた。金属同士が擦れ合う音が、妙に耳に残る。
「改めてルールのご確認を」
南野が眼鏡をくいっと押し上げ、事務的に続けた。
「どちらかが戦闘不能、もしくはギブアップした時点で終了となります。相手を意図して殺害することは禁止されておりますが――」
その目が細くなる。
「意図せず死んでしまった場合には、この限りではありません」
闘技場の空気が、わずかに張り詰めた。
つまり、殺されても自己責任ということだ。
「はいはぁい、規則はもうお腹いっぱいよ~。はやく戦いたいなぁ~……ふふふっ」
黒羽は体をくねらせながら、まるで踊るようにステップを踏む。だがその軽やかな動きには、研ぎ澄まされた殺意が宿っていた。
対する瑠衣も、静かに武装刀《夜叉髑髏》を抜く。
――黒の刀身が、月光を反射しながらその姿を露わにした。
「あれぇ? なんか前見た刀となんか違わな~い?」
黒羽が、いたずらっ子のような声を上げる。
「ああ。新調したんだ。この日のためにな」
「へぇぇ~、意味のないことをしちゃって、可愛いねぇ♡」
舌なめずりするような声で黒羽が言う。
だが、瑠衣は表情一つ変えず、黙して構えを取った。
その瞬間、今までの軽い空気が変わる。
黒羽の笑顔が、より狂気じみたものへと変貌する。
「では、これより――黒羽 真白 対 義影 瑠衣の決闘を開始します。用意……はじめっ!!」
その瞬間だった。
キィンッ!!
耳を劈くような風切り音と共に、黒羽が放った短剣が宙を舞った。
直線的な軌道。速く、鋭い、殺すためだけに研がれたそれが、真っ直ぐ瑠衣の眉間を狙う。
だが、瑠衣は一歩を踏み出し、上体をわずかに傾け――
「っ……!」
風を裂く音だけが、瑠衣の頬を掠めて過ぎ去った。
「きゃはははっ! やっぱり瑠衣くんはすごいねぇ! ほかのモブ達とは違うんだからぁ~!」
歓喜する声と同時に、黒羽は宙返りしながら次の短剣を抜く。そして連続投擲。
二本、三本、四本――!
だがその全てを、瑠衣は軽やかなフットワークで躱していく。
無駄のない動き。無駄のない視線。
その姿はまるで、死の舞踏を踊る黒の亡霊のようだった。
「ほ~ら、ほ~らっ☆ こっちはどうかなぁ~っ!!」
黒羽は前転を挟み、投げ方を変えながら更に短剣を繰り出してくる。
上から、下から、斜めから。その全てが殺意を孕んでいた。
しかし瑠衣は、なおも正面からそれらを見切り、的確に回避しながら距離を詰めていく。
「やぁん♡ こっち来ちゃうの~!? じゃあ、一旦おあずけっ!」
直後、黒羽は跳び退いて再び距離を取った。
ふざけた口調とは裏腹に、その足さばきはまさしく一流。
彼女の動きには、確かな技術と恐るべき身体能力が隠されていた。
「……やれやれ、まだまだ手加減してるってわけか」
瑠衣が小さく息を吐く。
短剣の嵐を抜けたその先に、黒羽は楽しそうに言った。
「ねぇねぇ、知ってる? 今まで私の投擲をここまで捌いた人って、いなかったんだよぉ~♡」
まるで恋人を褒めるかのように、黒羽は頬を紅潮させる。
そして、腰に差していた《《一本の刀に手をかけた》》。
「じゃあぁ~……そろそろ、ほんとの本気……見せちゃおっかな☆」
カシン――!
鞘から抜かれたその刃は、他の短剣とは明らかに違う気配を放っていた。
漆黒と蒼が入り混じった、美しくも禍々しい武装刀。
それはまるで、黒羽自身の狂気を具現化したかのようだった。
つまり、今までの短剣はただの使い捨ての武器であり、武装刀ではない。
これからが本気なのだと――。
「ここからは、遠慮しないよぉ~~っ♡♡」
戦いの第二幕が、幕を開けようとしていた。
月の下、刃と刃がぶつかり合う。
黒羽が抜いた武装刀――それは、瑠衣が見たどんな刀よりも“禍々しさ”を纏っていた。
刀身の根元に彫られた紋様は、まるで血の涙を流す瞳。
冷気すら帯びているようで、抜いた瞬間、辺りの空気がわずかに震えた。
「さぁ~て♡ 近接戦といこうかぁっ!」
ヒュッ!
地面を蹴った黒羽の姿が、目の前から消える。
その瞬間、視界の端。
斜め上から、殺気が突き刺さる。
――速い!
瑠衣がとっさに武装刀《夜叉髑髏》を振るうと、ギィン!と高音が響き、火花が散った。
黒羽の一撃は、まるで隕石の衝突のように重く鋭かった。
「ふふっ、意外と止められるんだぁ?」
その声と同時に、追撃。
連撃。
滑らかなステップで体を流しながら、黒羽は高速の斬撃を繰り出してくる。
一撃一撃が、華奢な身体からは考えられないほど重い。
だが、瑠衣は必死に受けきる。
後退しながらも視線を逸らさず、黒羽の殺意を見切っていく。
「じゃあ次は……コレ☆」
ヒュンッ!
黒羽が跳び上がった。
そのまま、天井から振り下ろされる――
「踵落としっ☆!」
重力を乗せた踵が、地面に向かって一直線に叩きつけられる。
冷国怜《序列7位》を沈めたという、あの一撃。
――ドンッ!!
衝撃が地面を砕き、粉塵が巻き上がる。
直撃すれば、骨どころか内臓まで砕ける威力だ。
瑠衣は寸前で身をひねり、ギリギリで直撃を避けるも、吹き飛んだ瓦礫が体を掠める。
「続けて、ワン、ツー☆」
拳。
膝。
武装刀。
リズミカルに、しかし破壊的に繰り出される黒羽の近接コンボ。
瑠衣はまともに受ければ即死の攻撃を、防御一辺倒でしのぎ続けていた。
(……速い上に、打撃の質が重い。距離を取る暇すらない)
だが、それでも表情は崩さない。
冷静に、機を窺い続ける。
「ふふふっ♡ 楽しいねぇ~? すっごく楽しい……もっと見せてよ、もっと……!」
黒羽の頬には、紅潮が浮かんでいた。
目は爛々《らんらん》と輝き、殺し合いそのものを心から楽しんでいる――狂気の表情。
「それじゃあ……行くよぉっ☆」
次の瞬間、彼女は天高く刀を掲げ、唇に笑みを浮かべて叫んだ。
「――共鳴せよ――☆!」
刹那。
空気が凍った。
黒羽の武装刀が淡く輝き、氷の花弁のような結晶が舞い上がる。
同時に、瑠衣の足元から冷気が這い寄り――
「なっ……!?」
瑠衣の両足が、氷に包まれていく。
体の自由が奪われ、バランスを崩した瞬間――
シュンッ!
黒羽が瞬時に距離を詰め、全身のバネを使って武装刀を振り抜いた。
「とどめだよぉ~♡」
――ガギィィッ!!
咄嗟に夜叉髑髏で防御するも、黒羽の攻撃はそれを貫き、衝撃ごと瑠衣の体を吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
背中から地面に叩きつけられ、土煙が上がる。
「きゃはははっ♡ すっごい飛んだぁ! やるじゃん、瑠衣くぅんっ!」
歓喜に満ちた笑い声が、夜空に響く。
しかし――
それで終わりではなかった。
「っ……くっ……!?」
突如として、腹部に鋭い痛みが走る。
瑠衣は身体を起こし、腹に手をやる。
何も刺さっていないはずのその場所に――異物感。
触れると、そこには何か“透明な物”が突き刺さっていた。
「……短剣!?」
目には見えない。
だが確かに、何かが体内に入り込んでいる。
「ふふふ♡ びっくりしたぁ? 私の“透明短剣”……♡」
黒羽は刀を構えたまま、にこにこと笑っている。
透明な短剣による、不意打ち。
しかも――
「……っ、しかもこれは……毒か……!」
視界が揺れる。
体温が下がり、手足が痺れていく。
「うふふふっ♡ ねぇねぇ、どうするの? 動けないでしょ?」
狂った笑顔で、ゆっくりと黒羽が歩み寄ってくる。
「やっぱり、まだまだだったねぇ~。ちょっとだけ期待しちゃったけど、私の勘違いだったみたい。ざあんねんっ♡」
その声は、失望を含んでいた。
勝利宣言ではなく、もう飽きたという意思表示。
「じゃあね、楽しかったよ……ちょ~っとだけ、ね?」
彼女の武装刀が、ゆっくりと振り上げられた。
「おい、瑠衣!!! もういいだろ!! お前はよくやった!! もう、降参しろ!」
観客席から、鴉羽の怒鳴り声が響く。
南野は無表情のまま黙して見守るだけだった。
死が、迫っている。
それでも――瑠衣は、笑った。
「降参? 冗談じゃない……」
その笑みに、狂気はなかった。
ただ、静かな闘志と覚悟だけが宿っていた。
「この程度の傷……あの時に比べれば、大したことはない」
幻影皇帝から受けた無数の致命傷。
心を殺されたあの地獄。
それに比べれば、これしき――!
瑠衣は、黒羽を睨むようにして見ると、こう言った。
「……どうやら、お前の実力を見誤ってたようだ。俺も――少しばかり、本気を出さないと駄目なようだな」
「はぁ~~? 何言って……」
その瞬間。
――ゴォォォォッ!!
漆黒の衝動が爆ぜた。
瑠衣の身体が、黒き鎧に包まれていく。
武装刀《夜叉髑髏》の力。
月神玄水との死闘の中で解放された、あの“夜叉の黒い鎧”が、再び顕現した。
それはまるで、地獄から蘇った復讐者のように――凶悪かつ荘厳な気配を纏いながら。
ガキィン……! 金属が軋むような音を立てながら、漆黒の装甲が瑠衣の体を覆っていく。
その瞬間。
「――ッ!?」
黒羽真白の表情が、一変した。
わずかに開いた唇。震える瞳孔。
いつもは遊戯のように飄々としていた彼女の顔から、色が消える。
混じり気のない“戦慄”が、数秒間だけ彼女を支配した。
「うそぉ……なにそれ……♡」
呆然としたまま、後ずさる足元が揺らぐ。
その反応は、彼女が“純粋に驚いた”ことを物語っていた。
「な、なぁんか……思ってたより……ずっと……♡」
言葉が続かない。
その様子を見て、鴉羽は思わず息を呑んだ。
「おいおい……あれが、あいつの――“本気”ってやつか……!?」
その声は震えていた。
皮膚の内側を這いずるような圧力。鼓膜が軋むような重低音。
まるで、目の前の男が“人間ではないもの”に変貌したかのようだった。
静観していた南野でさえ、わずかに目を見開き、手にしたメモパッドを取り落としそうになった。
「これは……記録にない……」
それほどまでに、瑠衣の纏った“闇の鎧”は異質だった。
憎悪の剣鬼レベリス。彼がまさにそこにいた。
風が渦巻き、空気が黒く染まるような錯覚。
鎧の隙間から漏れる禍々しい輝きが、まるで悪夢の胎動のように蠢いている。
やがて。
その漆黒の戦鬼は、ゆっくりと立ち上がった。
地面を踏みしめる度に、圧が走る。
ただ立っているだけで、周囲の温度が下がる錯覚すらある。
そして、鎧を纏った瑠衣は静かに、確信を込めて告げる。
「……さあ、第二ラウンドと行こうか――黒羽 真白」




