緊急集会
SEU本部・上層区第七会議室。
天之都の最上層――浮遊要塞でも限られた者しか立ち入ることの許されない“特権階級”の空間だ。
硬質な空気が張り詰めていた。
煌びやかな天井照明が、無機質な鋼鉄のテーブルを照らす。そこに座すのは、そうそうたる面々――SEUの頂点たち。
まずは、この場を招集した張本人。
冷徹な視線をたたえた黒髪の仮面少女――《序列第4位》、五十嵐 桃。
続いて、足を机に投げ出す軽薄なホスト風の男――《第2位》、薬師寺 亮。
「んでんで? 急に俺らを呼び出してどないしたん、桃ちゃん?」
悪びれもなく笑うその口調は、場の重みをものともしない。
彼の隣には、仁王のごとき風格を持つ白髪の老人――《第5位》、柳澤 重国。
眼帯の奥で鋭く光る片目が、沈黙のまま周囲を観察している。
その隣でガムを噛みながら足をぶらぶらさせているのは、金髪ツインテの少女――《第6位》、霧崎 亜理紗。
「ゲームのボス戦だったのにさ~。つまんない話だったら許さないかんなー」
歳の割に舐めた口調。しかし、この場に座れる時点で、ただ者ではない事は明らかだ。
無言で壁際に佇む青年――《第7位》、冷国 怜。
その瞳には、感情の波がほとんど浮かんでいない。ただ静かに、桃の言葉を待っている。
鋼のようなボディに4本の腕を持つ異形の存在――《第8位》、オスロット。
ロボットと見紛う姿だが、その中には人間がいるらしい。誰も、その素顔を知らない。
そして、壁を覆うように鎮座する巨漢――《第9位》、長宗我部 俊光。
身長2メートル、体重150キロ。見た目は完全に“反社”だが、その所作は誰よりも穏やかだった。
最後に、リモートホログラムで浮かぶ青白い輪郭。
その姿形こそ映されていないが、その“声”はこの場の誰よりも重い。
《序列第1位》、SEU総隊長・神凪 双馬。
この場に――序列第3位、黒羽 真白の姿はない。
つまりこれは、“彼女抜き”で行われる会議ということだった。
「さて……」
桃はすっと立ち上がり、手元のパネルを操作した。
モニターに次々と表示されていく、映像と記録の数々。
「本題に入る前に、まず一つ忠告しておく。薬師寺」
「ん? なんや?」
「次、“桃ちゃん”と呼んだら斬る。それと、足を机の上に置くんじゃない」
「おーこわこわ。斬られるんはいややから、黙っとこーっと」
おどけながら自分の口を両手で押さえる薬師寺。
会議室に軽い笑いが走る……かと思いきや、空気は一向に緩まない。
桃の瞳には、冷気すら宿っていた。
そして次の瞬間、テーブルが叩きつけられた。
バンッ!!
「――今日、皆を呼んだのは他でもない。黒羽 真白の件だ」
その言葉に、ざわつく気配が走る。
「……おー、そういや真白ちゃんはおらへんな。なんかあったんか?」
薬師寺がとぼけた声を上げるが、桃は完全に無視する。
「これまでにも、奴はいくつもの規則違反を繰り返してきた。
だが、その度に“序列第3位”という立場に守られ、我々は黙認せざるを得なかった」
桃の指が、パネルをスライドさせる。
映し出されたのは、過去の事件記録、目撃証言、隊員の負傷報告、映像ログ――その数、膨大。
「命令無視、勝手な出動、SEU隊員を病院送りにした件数は15件。中には、一般人を巻き込んだものもある」
霧崎がピクッと眉を動かす。
「ふぅん。……そこまでやってるとか、ちょっとやりすぎじゃね?」
桃は頷きもせず、冷国の方へと視線を向けた。
「冷国。黒羽との模擬戦の件だ。殺されかけたという報告、事実か?」
会議室に一瞬、沈黙が降りる。
冷国は静かに目を伏せ、やがてぽつりと口を開いた。
「……ええ、まぁ。否定は……できません」
その一言で、空気が一変した。
柳澤が重い口を開く。
「模擬試合で殺意を向けるとは……言語道断。もはや規律どころか、軍人としての倫理の問題ですな」
「確かにそこまでいくと、ただの暴走ではすまなさそうですね……」
長宗我部が腕を組み、うなずいた。
桃は、まっすぐに一同を見渡す。
「私は問いたい。黒羽 真白は、果たして我らシングルナンバーにふさわしい存在か?」
その問いかけに、再び静寂。
やがて、長宗我部が静かに問い返す。
「……つまり、五十嵐上官は黒羽上官を“降格”させたいと?」
だが桃は、首を横に振った。
「否。そんな生ぬるい処分では、示しがつかん」
その声色には、氷のような確信と決意が宿っていた。
「――私は、《《除名を主張する》》」
その言葉に、一同の表情がこわばる。
「っ……!」
「……まじかよ」
薬師寺が、思わず目を見開いた。
その瞬間、空気は一段と重く、冷たくなった――。
――除名。
その二文字が、いかに重い意味を持つかを、ここにいる全員が理解していた。
シングルナンバーは、SEUの象徴。
一人の除名は、SEU全体の威信に関わる。ましてや、対象は《第3位》の黒羽真白だ。
そんな中、静かに挙手したのは、柳澤だった。
「……少し、宜しいかな?」
その声に、桃が頷く。
「ああ」
「冷国殿が殺されかけたというのは分かりました。ですが、逆に問いたい。――その場にいた者は、誰が黒羽殿を止めたのです?」
その言葉に、ざわつきが走る。
霧崎が不満げに足を組み替え、軽く言った。
「確かにそうじゃん。黒羽と冷国の戦いを止められる奴なんて限られてるし。あの時、近くに他のシングルナンバーはいなかったはずでしょ? 誰が止めたわけ?」
その問いに、桃の口元がわずかに吊り上がる。
そして、手元のパネルを操作しながら、にやついた口調で答えた。
「……止めたのは、“新人”だ」
「新人……?」
「義影瑠衣。入隊して間もない、無所属の隊員だ」
一瞬、誰もが耳を疑った。
だが、桃のパネルには映像とデータがしっかりと映し出されている。
黒羽真白のナイフを、ただの新人が、神速の一撃で打ち落とした――その決定的瞬間が。
長宗我部が、重い声で言う。
「もしそれが……事実だとするならば」
「相当な手練れどころか、我々シングルナンバーにも匹敵する実力者ということになりますな」
柳澤が続ける。
「まだそんな逸材が、この国に眠っていたとは……いやはや」
彼は感嘆を隠さず、眼帯越しに映像を見つめる。
その中で、霧崎だけはあくびを噛み殺しながら言った。
「ふーん。なんか知らんけど……あんま興味ない。ゲームの方が楽しいし」
桃は机を思いきり叩いた。
バンッ!!
「何を呑気に納得しているッ!」
その怒号に、一瞬全員が身を硬くする。
「黒羽は、規則違反を繰り返してきただけではない! 今や、得体の知れない新人を――義影瑠衣を、自身の裁量で“管轄区域”に引き入れた。これは明確な越権行為であり、独断専行。許されるはずがない!」
再びパネルに表示される記録。
義影瑠衣のスラム配属命令書。発令者:黒羽真白。承認:なし。
「しかもその配属に関して、上層部には一切報告がなかった。完全な職権乱用だ!」
静かに話を聞いていたオスロットが、口を開いた。
「……確かに、組織の命令系統を無視する行為は、致命的デス」
長宗我部が首を傾げる。
「とはいえ……義影という者の実力は確かなようですし、黒羽上官が独断で動いたとしても、それが即座に“組織への背信”に繋がるかどうかは……」
「甘い!!」
桃が叫ぶ。
「SEUにおいて規則は命より重い! それを守れぬ者が、いかに力を持とうと、我らの仲間にふさわしいとは思えない!!」
その声は、鉄槌のように重く響いた。
薬師寺が、気まずそうに頭をかきながら口を開く。
「ま、まぁ……真白ちゃんは色々とアレやけどさぁ。そこまでせんでもええんとちゃう?」
その言葉に、桃の目がギラリと光った。
「薬師寺。まさか、規則を軽視する気か?」
「いやいやいやいや。ちゃうちゃう。ただ、除名とか言い出す前に、もうちょっと穏便なやり方あるんちゃうかなーって」
柳澤もそれに続く。
「黒羽殿は問題も多いが、実績もまた多い。冷国殿の件も問題ではあるが……序列第3位をこの場で除名処分というのは、SEU全体に与える影響も少なくないのではないでしょうか」
霧崎が頬杖をつきながら口を挟んだ。
「あたしは別にどっちでもいいけどさー。黒羽がいなくなって自分の仕事が増えるんだったら勘弁かな」
会議の流れが“除名否定”に傾きつつある――。
それを、桃だけが許せなかった。
冷たく、鋭く、乾いた声で、問いかける。
「……神凪閣下。貴方は、どう思われますか」
会議室内に緊張が走る。
リモートで浮かぶ青白いホログラム。
しばしの沈黙ののち、神凪の声が響いた。
『……黒羽真白の問題行動については、私も認識している』
その一言で、場が凍りつく。
『五十嵐の言うことは尤もだ。SEUにおいて規律は絶対。力の有無ではない。秩序を守ることが我らの存在意義である』
言葉の一つ一つが、鉄のように重く、冷たい。
そして――
『よって私は、五十嵐の意見を支持する』
その瞬間。
「「「っ!!!」」」
全員が、息を呑んだ。
誰もが言葉を失っていた。
今、この場にいる全員が予想していなかった。
“あの神凪双馬”が、五十嵐桃の意見に賛同するなど――。
リモート映像の向こう、姿の見えない“影の支配者”が、再び口を開いた。
『黒羽真白。彼女をこの瞬間をもって、SEUより“除名処分”とする』
その一言が、全てを決定づけた。
思わず、薬師寺が小さく呻いた。
「……まじか。マジで、言うた……」
霧崎がガムを噛む手を止め、口を半開きにする。
「除名……本当に……」
長宗我部も、静かに息を吐いた。
「……覚悟はしていましたが、ここまでとは」
桃の表情は変わらない。
だが、その瞳には確かな勝利の色が宿っていた。
それだけでは終わらない。
神凪の声が、再び会議室に響く。
今度は、かすかに圧力を含んだ声色で。
『さらに、SEU規則第六十八条――機密事項白紙特約に基づき……』
ざわっ……と、何かが揺れる。
それは、耳ではなく“直感”で理解させられる“非常事態”の兆し。
そして、神凪は告げた。
『――黒羽真白を、《抹殺》とする』
「……っ!!?」
声にならない衝撃が、会議室を駆け抜けた。
「お、おいおいおいおい……神凪! 待てって! 除名はまだしも、“抹殺”ってどういうことやねん!」
薬師寺が立ち上がり、映像に向かって叫ぶ。
「真白ちゃんはまだ、そこまでやらかしてへんやろ!? あいつは確かにイカれとるけど、なんだかんだで戦力として――!」
『薬師寺』
低く、鋭い声。
神凪が、はっきりと彼の名を呼んだ。
それだけで、薬師寺は言葉を飲み込んだ。
その場にいた誰もが、感じていた。
今の神凪は、あの英雄ではない。
そこには感情も、妥協も、一切ない。
ただ冷酷な決裁者だった。
『黒羽真白がこれ以上行動を続けることは、SEUにとっての“危機”だと判断する。よって、これは軍事的処分とする。異議は認めない』
――異議は認めない。
その言葉が、この会議の“終わり”を意味していた。
誰もが黙った。
抗う者はいなかった。
否、抗えなかった。
やがて、神凪の映像がふっと揺らぎ、完全に消えた。
残されたのは、会議室の静寂と、ひとつの決定事項。
――黒羽真白、除名および抹殺。
その重すぎる宣告が、現実として突きつけられた。
「……」
最初に立ち上がったのは五十嵐だった。
「以上で、議題は終了とする。各自、速やかに持ち場へ戻れ。……これは命令だ」
彼女は椅子を音もなく押し、静かに会議室を後にした。
その背に、揺るぎない決意と、ひと欠片の冷酷さが滲んでいた。
残された者たちも、重い足取りで立ち上がる。
「……真白ちゃん、ほんまに終わりなんか……?」
薬師寺がぽつりと呟く。
その表情には、軽薄さはなかった。
ただ、何かを見失った男の陰りがあった。
「ふん。勝手に決めりゃいいさ。どうせ私には関係ないし」
霧崎はそっぽを向いて、扉を蹴るように開いて出ていった。
冷国は、無言のまま椅子に座ったまま動かない。
何かを考えているようで、ただ、その目はどこか悲しげだった。
オスロットの瞳は機械的に光るだけだったが、彼の足取りは、どこか躊躇いを含んでいた。
柳澤は小さく呟いた。
「……あの少女に、処されるだけの“価値”がなかったとは……思えないのですがね」
誰にも届かぬ、老剣士の独白だった。
そして、長宗我部が最後に会議室を後にする。
ドアが閉まる直前、彼は誰にともなく呟いた。
「――見届けるしか、ないんですね。これが……SEUの決断ですから」
こうして、
黒羽真白の運命は、静かに――けれども、残酷に。
《処刑》へと舵を切った。
彼女がまだ、それを知らぬまま。




