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禁断の遺跡へ潜入 後編

 静寂が支配していた。

 遺跡の最奥。崩れかけた石柱に囲まれた空間の中心に、二人の戦士が対峙していた。空気は淀み、空間そのものが二人の存在を畏れ、沈黙しているかのようだった。


 一方は、黒衣の戦士・義影瑠衣。


 もう一方は、SEUの伝説──かつての最強戦力、月神玄水。


 誰かが息を飲んだかのような音と共に、玄水の背後に漂う空気が震えた。

 見えない刃が周囲を薙いでいくような、形容し難い圧迫感。それは単なる威圧ではない。戦場を知る者だけが纏える、“生き残った者の気配”だった。

 今まで数多の強敵と対峙してきた瑠衣ですら、背筋が粟立あわだつのを抑えられない。まるで、自身の呼吸すら“異物”として拒絶されているかのようだった。


 玄水は、表情ひとつ動かさず、ただ静かに刀を抜いた。


 左手には一本目の武装刀――淡く青白い光を帯びた、直刀。


 右手には二本目――赤黒い刃紋が刻まれた太刀。


 両方が正真正銘の武装刀。一本だけでも人類が持ち得る異能兵装の極地。それを、この男は、二刀同時に扱っている。


 この時点で、瑠衣は確信した。


(……このじじぃは強い。まさに規格外だ)


 事前に聞いていた“二刀流”の情報は、あくまで噂話の域だった。冷国怜のように、二本で一対の刀を使う者はいた。だが玄水は違う。一本ずつ、独立した性質の武装刀を、意図的に同時運用している。

 そんな新人類は今まで見たことも聞いたことも無い。

 その上、身のこなしには一切の隙がない。重装備のはずの刀を持ちながらも、まるで空気のように軽やかに動く。


「かつてのSEU最強、か……」


 瑠衣は構えながら、自嘲気味に呟いた。

 だがその呟きに、玄水はわずかに眉を動かすだけだった。


「過去の栄光にすがるつもりはない。私は常に現在進行形だ。今も、最強であり続けている」


 静かな語調に、絶対的な自信が滲む。その言葉に一点の誇張も虚勢も感じられないからこそ、余計に恐ろしい。


「――参るぞ」


 玄水が踏み出した。

 同時に、空気が裂けた。

 初撃は、一閃。 

 斜め上から斬り下ろされる一撃が、雷鳴のような轟音と共に襲いかかる。瑠衣はそれを紙一重で躱したが、避けた肩口の布が裂け、鮮血が散った。


(早い……!)


 初撃からして常人離れした速度と威力。それだけではない。その一撃の“質”が、桁違いだった。

 重く、鋭く、澱みがない。

 幻影の攻撃とは比にならないほどの速度、そして力。

 次の瞬間には、二撃目が迫っていた。

 左の武装刀が、地を這うような軌道で横一文字に振り抜かれた。瑠衣が跳躍して避けた瞬間、地面が切断され、瓦礫が粉々に砕け散る。


 だが──空中に浮いた瑠衣の視界に、玄水の姿が再び現れた。


「っ……!」


 ――空間移動かと錯覚するような軌道。


 玄水は飛び上がった瑠衣を“待っていた”かのように、二本の武装刀で十字を描く斬撃を放った。

 瑠衣は咄嗟に武装刀を前に出し、防御の構えを取る。


 ――ガキィィィン!!


 耳をつんざく金属音。

 凄まじい衝撃で、瑠衣の身体が地面へと叩きつけられた。背中を石畳に強かに打ちつけ、意識が一瞬飛びかける。


「ぐ……ッ!」


 咳き込みながら立ち上がる瑠衣。全身が痛む。まだ、まともに斬り合いもしていないのに、すでに体力を大きく削られていた。

 その隙を逃すまいと、玄水が構えを変える。

 両腕を大きく広げ、天空へと掲げるように交差する二本の武装刀。


「技を見せよう。月神流――光の壱。極雨きょくう


 静かな宣言。

 その瞬間――


 極雨きょくうが発動した。


 天井が、裂けた。

 あるいは、それは錯覚か。だが確かに、“天”から無数の光の剣が降り注ぎ始めた。

 極光の剣は、まるで意思を持っているかのように、避けようとする瑠衣の動きを先読みして地面へ突き刺さる。

 次々と。雨のように。断続的に。


「チィッ……!」


 瑠衣は縦横無尽に空間を跳ね、走り、滑り込むようにして斬撃を避け続けた。

 だが、その中の一本が、瑠衣の頬をかすめた。

 血飛沫が散る。


「……っ!」


 だが、()()()()()()()()

 口元を吊り上げ、血を拭いもせずに、玄水を睨みつける。


「はははっ……強ぇな、じじい」


 玄水の目がわずかに見開かれる。

 その視線には、驚愕ではなく、明確な“評価”の色が宿っていた。


「……ふむ。今までの挑戦者どもより、幾分マシだとは思っていたが」


 そして、玄水はふと目を細め、声のトーンを落とす。


「――だが、足りぬな」


「……なに?」


 その言葉の刹那、空気が変わった。

 冷気が、張り詰めるような緊張が、瑠衣の全身を凍らせた。

 玄水の声は、まるで審判のようだった。


「淀み、雑念――。それがありありと感じられる。そのような状態で其処許そこもとは何かを成し遂げるとお思いか?」


 静かに、だが妙に突き刺さるような言葉だった。

 瑠衣は内心で息を呑む。


「よかろう。本来ならば、そのような事はしないのだが……特別にその武装刀を使う事を許可しよう」


 そう言って、玄水は石台に突き刺さった“それ”を指差した。

 瑠衣の瞳が、一瞬だけ揺れた。


「勝ってからじゃないと、くれないんじゃなかったのか?」


 苦笑まじりの声。だが、玄水の返答は静謐で、揺るぎなかった。


「左様。しかし、其処許は()()()()()()()()()()()()()()()()()、本気を出せていないようだ。私は、常に本気であることを望んでいる。でなければ面白くない。だから、使用することを許可する」


 その言葉に、瑠衣は息を詰めた。

 たしかに──その通りだった。


 父の形見である、今の武装刀を壊したくなかった。無意識のうちに、それを守るために本気を避けていた。

 そしてもう一つ。

 あの石台に突き刺さった武装刀──。

 あれは、明らかに“ただの兵装”ではない。抜けば、何かが変わる。自分自身が“何か”に侵されてしまう、そんな予感がある。


(……罠か?)


 そう思った。だが、玄水の瞳に揺らぎはない。まだ、対峙して間もないが、あの男が姑息な策を弄するとはとても思えなかった。

 なにより──このままでは、勝てない。


 玄水はまだ本気の力を出してすらいない。

 息の切れている瑠衣に対して、表情一つ変えすらしない玄水。

 彼の強さは低く見積もって混血新人類――あるいはそれ以上。

 下手をすればレベリスだった頃より強いかもしれない。

 だが、瑠衣は再度笑った。


「面白い……。その余裕な表情を壊したくなってきた」


 瑠衣は、決意を込めて一歩踏み出した。


「――なら、遠慮なく使わせてもらおう」


 石台に突き刺さった“それ”へと手を伸ばす。


 漆黒の刀身。根本には髑髏の意匠が施されており、刀からは微かに呻きにも似た音が漏れていた。


 そして、握った瞬間──


「ぐっ……!?」


 ――暴走するような、黒き奔流が身体を駆け抜けた。


 闇が、血管を逆流する。

 刀身を引き抜いた瞬間、周囲の空間が“呻いた”。あらゆる陰影が黒へと染まり、闇が渦巻く。周囲の遺跡の壁が軋みを上げるほどの、凄まじい邪気。

 漆黒のオーラが瑠衣の身体を覆い、形を変えていく。

 肩、胸、腹、腕。やがて脚部まで覆い尽くされ、全身が黒き重装の甲冑へと変貌していく。

 最後に顔面──仮面が現れる。

 髑髏を思わせるような禍々しき仮面。


「うおっ……!? なんだ……これ……」


 瑠衣は驚愕しつつも、自分の内側から湧き上がる力に気づいていた。

 怒り。憎しみ。破壊衝動。

 そのすべてが、刀と同調している。

 玄水が、目を見張る。


「まさか……瞬時に適応するとは。誠に天晴れ」


 その言葉は、紛れもない称賛だった。

 力が溢れる。

 身体が異様なほど軽い。いや、違う。軽いのではない。“重さを制御できる”のだ。まるで重力そのものが瑠衣に従っているかのような感覚。

 同時に、瑠衣の中である確信が芽生えた。


(これは──()()()()()()


 思い出した。


 この武装刀は、かつて幻影側の最凶の戦士“レベリス”としての自分が使っていたもの。


 その名は――


夜叉髑髏やしゃどくろ


 伝説の刀鍛冶・()()()()()が最後に鍛えた究極の一振り。

 感情に反応し、特に「怒り」や「憎悪」を糧にして爆発的な力を発揮する、狂気の武装刀。

 そして今、瑠衣の内に宿るのは──明確な“怒り”だった。


 幻影皇帝。

 あの日、散々利用した自分を切り捨て、すべてを壊した“あの男”への怒り。


「……なるほど。運命には抗えないってわけか」


 瑠衣の声が低く唸る。


「――思い出せ。目の前にいるのは誰だ?」


 刀が共鳴する。


 ドウウン……と空気が震え、夜叉髑髏から咆哮のような黒き波動が放たれる。

 その黒はただの闇ではない。怒りの色。憎しみの色。断罪の色。


――目の前の、敵を殺す。


 玄水が、再び構える。


「良い目つきだ。……よかろう。今度は全力で相手してしんぜよう」


 そして第二ラウンドが、始まった。


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― 新着の感想 ―
緊迫感があって、リアリティ。 設定がいいですね。 ★★★★★
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