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 「……ふぇぇ~?」

 

 間の抜けた声。

 黒羽が、ふわりと首を傾けながら瑠衣を見つめる。

 その唇には笑みが浮かんでいるのに、目だけがまったく笑っていなかった。


「あなた、誰ぇ?」


 その一言が、場の空気を氷点下に変えた。

 訓練場の中心に、沈黙と緊張が張り詰めていた。

 瑠衣は、彼女の問いに即答しなかった。

 ただ静かに、今しがた斬ったナイフの破片を見下ろす。

 ナイフには何かが塗られた形跡がある。


(これは……毒か?)


 「ねえ?聞いてるんですけどぉ? 無視?ねぇ、無視? 名乗る価値もないってこと? それとも、恥ずかしがってるの?」


 黒羽が足を踏み鳴らすように一歩、前へ出る。

 その仕草は少女の拗ねたような態度に見えて──明確な“間合い詰め”だった。

 そして次の瞬間、ひゅん、と空気が裂ける。


「じゃあ──黙ってる罰、あ・げ・るっ♡」


 指先から弾かれるように、小さなナイフが放たれた。

 まるで軽口のような一撃だが、油断してはいけない。

 瑠衣の眼前へと迫る刃の軌道は、先程冷国を狙ったものと寸分違わぬ殺意を孕んでいた。

 恐らく、直撃すればただでは済まないだろう。

 だが、瑠衣は微動だにせず、紙一重で首を傾ける。

 ナイフがその頬をかすめ、髪を一本だけ切り裂いた。

 冷ややかな金属音を残して、刃は背後の()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「──ひぃっ!?」


 乾いた音に振り向いた星風の目に、柄まで突き刺さったナイフが映る。

 そのすぐ上──自分の頭の真上を通っていたことに気づいた瞬間、


 「い、いまの……私の頭……えっ、ええっ!?」


 顔面蒼白で後ろによろけながら、目を丸くしてナイフと黒羽を交互に見つめる。


 「あ、あぶなっ……っ! 訓練で頭吹っ飛ばす気ですかぁっ!?」


 しっかりと胸に抱いていた瑠衣の上着を、さらにぎゅううっと押しつけるように抱きしめ、肩を小刻みに震わせる。

 そんな星風に、瑠衣は軽く笑って言った。


「大丈夫だ。星風に当たらない事を確認して避けたから」


「呑気に喋っていていいんですかぁ~? きゃはっ☆」 


 すぐに二発目のナイフが飛んでくる。

 今度は足元──関節を狙った低い軌道だ。

 しかし瑠衣はすでに動いていた。

 重心を落とし、腰をひねると同時に片足を引く。

 ナイフは地を跳ねながら、彼のすぐ脇をかすめていった。


 「……うっそぉ!? 今のもかわしちゃうんだ」


 黒羽は口元に手を添え、猫のように目を細めて笑う。

 そして両手をぱちぱちと打ち鳴らし、子供のように跳ねる。

 先程とは違い、心底楽しそうに笑っているのが見て取れる。


 「すごいすごーいっ! あんなの、普通は避けられないよ!? ねえねえ、もしかしてあなた……ちょっと面白いかも!」


 ひらひらとナイフを弄びながら、彼女はその場でくるりと回って楽しげに笑う。


 「ねぇ……ねぇねぇねぇ」


 と、声のトーンが少しだけ下がる。

 黒羽の瞳の奥に、ぞくりとするような何かが浮かぶ。


 「()()()()()()()()()()()()()──その涼しげな顔、崩れるのかなぁ?」


 その瞳から徐々に光が消えていく。

 くすっ、と口元を歪めながら、黒羽は真っ直ぐに瑠衣を見つめる。

 

 「興味、湧いてきちゃった♡」


 その言葉の裏にあったのは、純粋な“好奇心”と、底の見えない“狂気”だった。

 ぞわりと立ち上る殺気。

 次の瞬間──


「おーおー、なんやなんや。ずいぶん盛り上がっとるやんか?」


 空気を断ち切るように、間延びした声が響いた。


 軽い口調と共に、観覧席のドアが開く。

 現れたのは金髪にピアス、スーツの上からラフにジャケットを羽織った男だった。

 夜の街でシャンパンタワーを囲んでいそうなその風貌は、どう見ても軍人には見えない。

 明らかに、この場で浮いていた。


「よっ、()()()()()。冷国いじめもほどほどにしときや。あいつ、まだ病み上がりなんやからな」


 男を認識した瞬間、黒羽の顔から笑みがすっと消える。


「薬師寺さんかぁ。うっざ……今いいところだったのに」


「おっと、辛辣しんらつなお出迎えやなあ。亮、ちょっと傷ついちゃうで?」


 男──薬師寺亮は、まったく気にした様子もなく笑いながら、ゆったりと階段を降りてくる。

 その動きに一切の隙はなく、チャラさの裏に“本物”の雰囲気が滲んでいた。


「で? 真白ちゃん、ほんまに冷国殺る気やったん? ここ訓練場やで?」


「だってぇ~? 殺しちゃダメなんて、ルールに書いてないもんっ」


 黒羽は頬を膨らませて、わざとらしく口を尖らせる。


「いや、常識ってもんがあるやろ……?」


 薬師寺は溜息をつきながら、瑠衣の傍に落ちていたナイフを拾い上げる。


「うわ、マジかこれ。毒塗ってあるやん……殺る気まんまんやったな」


「えへへっ♪ ばれた?」


 つまらなそうに指をくるくる回す黒羽。

 周囲の隊員たちは誰も言葉を発せず、ただ空気が重たくなっていく。


「……まあいいや。何か興が冷めたし、帰ろーっと」


 そう言いかけた黒羽の動きが、ふと止まる。

 彼女の視線は《《まっすぐに、瑠衣を捉えていた》》。


「……ねぇ」


 黒羽がぴょこんと一歩、軽やかに瑠衣に近づく。


「あなた、名前は?」


 その問いに、瑠衣は一瞬だけ間を置き、静かに名乗る。


「義影瑠衣。さっき入隊したばかりの新人だ」


「へぇ~~っ?」


 黒羽は目を丸くして、ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、ぱっと笑みを浮かべた。


「新人さんなんだぁ~! うっそ、うそでしょ? ……えっ、ほんとに?」


 まるで信じられないとでも言いたげに、くるくるとその場で回りながらはしゃぐ。

 そしてくるりと向き直り、人差し指を瑠衣にぴっと向ける。


「じゃあ──《《瑠衣くん》》って呼ぶねっ☆」


「勝手にしてくれ」


 そのやり取りの直後──背後から星風の声が聞こえてきた。


 「……えっ!?」


 大きな目をさらに見開いて、ぽかんと口を開けたまま黒羽と瑠衣を交互に見つめる。


「い、今……“瑠衣くん”って……!?」


 ぽそりと呟いたかと思えば、突然ぐぐっと上着を抱きしめ直し、半分涙目で訴えるようにぼやいた。


「わ、私だって……まだ“義影さん”呼びなのに……っ!?」


 ぼそぼそと、星風が何か言っているが瑠衣は聞き取ることができなかった。


「ふふっ、やっぱり面白い。私、君のこと、()()()()()()()()()()


 にっこりと微笑むその顔は、可憐で無邪気な少女のものだった。

 ──だが、()()()()()()()()()


()()()()()()()()()()


 その“遊び”が、命懸けであることは言うまでもない。

 ひらりと手を振り、黒羽真白はナイフをくるりと回しながら背を向けた。

 ヒールの音を軽やかに響かせながら、彼女は去っていく。

 黒羽が跳ねるように去っていった後も、訓練場の空気はしばらく張り詰めたままだった。

 その後ろ姿を見送ったあと、薬師寺がぽつりとつぶやいた。


「……あちゃ〜。君、完全に真白ちゃんの“お気に入り”になってもうたな」


 薬師寺が肩をすくめる。

 そして、ゆっくりと手をポケットに突っ込みながら、瑠衣に声をかけた。


「……なあ、彼女のこと、どう思った?」


 瑠衣は少し間を置き、答える。


「笑ってたな。ただ、目は殺す気だった」


 その返答に、薬師寺は満足げに鼻を鳴らした。


「へぇ、初対面でそこまで見抜くとは。ホンマに新人かいな、君」


 そして、ふと空を仰ぐように言葉を続ける。


「まあ見た目アレやけど、真白ちゃんって隊でも相当手ぇ焼いとんねん。やることえぐいし、噂も真っ黒や。特に……()()()()なんて、もうブチ切れ寸前やで?」


 「桃ちゃん?」


 眉をひそめる瑠衣に、薬師寺は肩をすくめた。


「SEUの規律番や。序列第4位の鬼教官って呼ばれとる。あの子の前でヘマしたら、ホンマに処されるからな……せやから、オレは思うねん」


 薬師寺は、わずかに声を低める。


「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼の目に一瞬だけ、軽薄さの裏にある“鋭さ”が滲んだ。


 そして再び、チャラけた調子で笑って見せる。


「どないする? 君、真白ちゃんに目付けられたで。オレが護衛でもしよか?」


 その申し出に、瑠衣は一拍置いてから、静かに言い放った。


「……いや、その前に一つだけ確認していいか?」


「ん? なんや?」


「──あんた、誰だ?」


 薬師寺は一瞬きょとんとした後、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ハハハッ! そっかそっか。君、まだ新人やもんな。知らんでもしゃーないか。悪い悪い」


「義影さんっ!」


 そこへ、息を切らしながら星風が走ってきた

 まだ頬を紅潮させたまま、彼の上着を大事そうに抱えている。


「おー梓ちゃんやんか。元気?」


「あっ薬師寺上官、お疲れさまです!はい、私は元気ですっ」


 星風はぴしりと敬礼した。


「おー元気そうで何よりやけど……そんなかたっ苦しいことはせんでええよ?」


 そう言って笑う薬師寺に、星風はきっぱりと返す


「いえっ、それはできません! 上官は上官ですから!!」


 その真面目な態度に、薬師寺は少しだけ表情を和らげた。


「……ほんま、真面目やなぁ。ま、そういうとこ、嫌いやないけど」


「義影さん、お怪我はありませんか……!」


「ああ、大丈夫だ。星風の方こそ大丈夫か」


「は、はい!でも私があと数センチ身長が高かったら死んでいました……!」


 星風が必死な顔でそう訴えると、瑠衣は一瞬だけ無言で彼女を見つめた後、ふっと低く息を吐いた。


「……そうか。じゃあ今の身長でよかったな」


「は、はい……!」


「でも――」


 そこで言葉を切り、瑠衣はわずかに目を細めた。


「あと数センチ背が高かった方が似合う服も増えるんじゃないか? その軍服も丈ちょっと余ってるしな」


「っ……!?」


 星風は顔を真っ赤にして、軍服の裾をぎゅっと握りしめた。


「ちょ、ちょっとぉ……! そういうこと言わないでください! 気にしてるのに!」


 瑠衣は無表情のまま、淡々と返す。


「気にしてるとは思わなかった」


「絶対思ってましたよね今のは! 悪意ありましたよね!?」


「……さあな」


 唇の端だけを、わずかに持ち上げる。

 それが、彼なりの“冗談”の証だった。


「もうっ……義影さんってば、本当にからかうの上手ですよね……」


 ぷいっと顔をそむけながらも、星風の頬はまだほんのり赤いままだった。

 その様子を見て、薬師寺がくすっと笑った。


「おやおや? こんなに慕われとるなんて、君モテるなぁ」


「黙れ」


「辛辣やな!?」


 ぴしゃりと返す瑠衣に、薬師寺は肩をすくめて言った。


「まあええわ。今後また真白ちゃん絡みでなんかあったら、気軽に頼りや。……そのときこそ、ホンマに護衛したるさかいな」


 そう言いながら、薬師寺はふっと目線を外し、片手をポケットに突っ込む。


「──まあ、君には……()()()()()()()()()()()()()


 その声には、先ほどまでの軽薄な調子とは違う、わずかに本気の響きがあった。

 こいつ――何か知ってるのか?


「じゃ、オレはもう行くわ。姫を置き去りにしてもうたしな。ご機嫌取りに行かな、あとで怖いねん」


 そして薬師寺はその場を去っていく。

 残された瑠衣と星風の間に、ようやく穏やかな風が吹いた。

 そして一言、こう言った。


「――で、結局あいつは誰なんだよ」




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