入隊
井ノ崎という男が去ってしばらくして、店内は再び静けさを取り戻していた。
気まずい空気を振り払うように、星風がそっと立ち上がる。
「……さ、そろそろ行きましょうか。空母船の時間もありますし」
瑠衣も無言で頷き、席を立った。
二人が向かうのは、この天之都の空に浮かぶ巨大な要塞。SEUの本拠地にして、皇帝一族が住まう神聖なる地──“浮遊要塞”。
空港のように整備された港には、空母船と呼ばれる飛行船が待機していた。
煙を上げる動力炉と、圧倒的な推力を支える四基の巨大スクリュー。それは、地上の文明とは一線を画した異質な構造物だった。
(あれが……浮遊要塞に行く乗り物か)
搭乗ゲートで隊員証を提示し、星風とともに船へと乗り込む。
船内は驚くほど静かで快適だった。座席は軍用らしく無駄がなく、床は滑り止めの施された金属板が敷かれている。
ほどなくして、空母船が振動と共に浮上した。数分もすると、眼下には天之都の全景が広がり、その遥か向こうに──
巨大な浮遊要塞の姿が現れた。
「……デカいな」
思わず瑠衣が漏らす。
空に浮かぶその構造物は、まるで山が空に浮かんでいるかのような威容だった。表面には数え切れないほどの塔や設備が建ち並び、要塞というよりも“都市”そのものだった。
「浮遊要塞は、天之都の中でも“選ばれた人間”しか住めない場所なんです」
隣で星風が解説する。
「上層には、皇帝一族が住む“皇宮”があります。その下の階層には、豪族や一部の高位軍人……普通の人間はまず入れません」
その言葉に、瑠衣は遠くに見える尖塔──皇宮を見上げる。
その荘厳さに、ふと脳裏を過ぎるのは、あの少女の顔だった。
(……柊 咲夜)
かつて討った、大和皇国の第一皇女。
──彼女の持つ《八尺瓊勾玉》の力によって、幻影皇帝の洗脳から解かれた。
そしてその直後、瑠衣はその記憶と身体を保ったまま“過去”へと飛ばされた。
すべては偶然なのか、それとも──あの勾玉には“時間”に干渉する何かがあったのか? それとも柊咲夜が持つ力なのか……。
「なあ、星風。……その皇帝一族に会うには、どうすればいい?」
「……え?」
星風が目を丸くした後、すぐに小声で言う。
「そんなこと、軽々しく口にしちゃダメですって……!」
「別に悪いこと聞いてるわけじゃないさ。可能かどうか、ってだけだ」
星風は唇を噛んで、しばらく逡巡した後、小さく答える。
「……基本的に、皇帝一族と謁見できるのは、国の重鎮か、SEUの中でも序列1桁――つまり、シングルナンバーの方くらいです。それ以外の人間は、よっぽど向こうからお呼びがかからない限り、まず会えません」
「……やっぱり、そう簡単じゃないか」
やはり、柊咲夜や皇帝一族の真相に近づくには、ただの“新人”のままでは無理ということだ。
強引に会いに行く事は可能だろうが、そうすれば最悪身柄を拘束され、味方を増やすどころか敵を増やすだけだ。
つまり彼らに会い、あの力の真相を知るには序列を上げるしか方法はない。
その後、空母船はスムーズに浮遊要塞のドックへと着陸した。
乗降ゲートが開き、二人が船を降りると、そこには金属製の重厚なゲートと、いくつもの監視カメラ、銃を構えた警備兵たちが配置されていた。
「……厳重すぎるだろ、ここ」
瑠衣が呟くと、星風は苦笑しながら言った。
「そりゃそうですよ。ここがSEUの心臓部なんですから」
入場受付で隊員証を提示し、初期登録を終えると、分厚い書類とともに訓練日程表を手渡された。
「義影瑠衣さんですね。部屋は202号室。初年度は寮生活が義務付けられていますので、私物の持ち込みは最低限にしてください」
受付係が事務的に言い放つ。
そして──
「訓練日程表の中にある通り、三ヶ月以内に模擬幻影を倒せない者は、SEUの適性無しと判断され、除隊処分となります。また座学の単位を落としても同じです。そして以後、裏方業務へと移行していただきます」
その言葉に、星風が顔を曇らせた。
「……私も、あと1日遅れてたら除隊でした」
「へえ。ギリギリだったんだな」
「はい。あの時倒せなかったら、今ここにいませんでしたよ」
ふと、瑠衣が尋ねる。
「星風、今の序列は?」
「……ないです。いわゆる《ランク外》です」
「ランク外?」
星風は頷いて説明を続けた。
「SEUの序列は999位まであって、それ以下は全員ランク外なんです。つまり、実力不足と見なされてるってことですね」
「序列入りすると、何か違うのか?」
「はい。序列に入ると、色々な面で優遇されます。評価、装備、待遇……《トリプルナンバー》以上になると、誰もが一目置きます」
「トリプルナンバー?」
「序列の呼び方です。999~100位が《トリプルナンバー》。99~10位が《ダブルナンバー》。そして、1桁の1~9位が──《シングルナンバー》」
そこで星風は、ほんの少し声を落とす。
「シングルナンバーの方たちは……もう、“神”みたいな存在です」
──SEU内は序列が全て。
そしてその頂点に君臨する者たち。
瑠衣はふと考えた。
混血新人類と戦うには、彼らの協力が不可欠だ。
特に、あの《ピエロ》のような相手と対等に戦える存在が、他にどれほどいるのか……。
「さっきの……井ノ崎って奴。あいつの序列は?」
「確か、つい最近999位に入ったって自慢されました」
苦笑しつついう星風。
「へえ。……なるほどな」
ようやく、目的地《202号室》にたどり着く。
広くもなく狭くもない、質素な部屋だ。
だが、野宿に比べれば天と地の差。
雨風を凌げ、暖かい部屋で寝られるだけで全く文句はない。
「これから、この部屋で暮らすことになりますね。ちなみに私の部屋は303号室です」
星風がそう告げたとき、どこか言いにくそうに視線を逸らし、頬をわずかに赤らめていた。
妙に落ち着かない仕草。言葉を継ごうとして、一瞬ためらったようにも見える。
しかし、瑠衣はその変化にまったく気づかない様子で、首をかしげた。
「ん? なんで照れてるんだ?」
無防備な問いに、星風はびくりと肩を揺らした。
「えっ!? い、いえ、別にっ! なんでもないですっ!」
あからさまに慌てて手を振り、顔を伏せる星風。その反応に瑠衣は小さく「そうか?」とだけ返し、それ以上深追いすることなく部屋を見回した。
壁際の棚に荷物を置き、最低限の整理を始める。手際よく衣類を収納し、ベッドに腰を下ろしたその瞬間──
「……あの、義影さん。良かったら見に行きませんか?」
星風が、呼びかけてきた。
「見に行く?」
「シングルナンバー同士の訓練……今日ちょうど開かれてるんです。滅多に見られないですよ」
その言葉に、瑠衣の眉が動く。
SEUの中でも神と評される者達同士の戦い――。
「それは是非とも見ておきたい」
「じゃ、決まりですねっ!」
星風は嬉しそうに微笑み、先導するように廊下を進んでいった。




