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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第2章 成長と挫折

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第98話 レンジャーへの請願

再編に向けた訓練が再開されてから、数日が過ぎた。


守山駐屯地の食堂や休憩室では、以前と同じようにテレビがつけられている。だが、そこに流れるニュースを、隊員たちは以前とはまったく違う感情で見ていた。


画面の向こうでは、国会中継が続いている。


オペレーション・ギデオン――第7次首都圏奪還作戦。


その失敗を巡り、野党議員が政府と防衛省を厳しく追及していた。


『無計画な作戦によって、市民に多数の死者を出した責任は重い! 湯場防衛大臣、あなた方はグーリエ星人との対話の可能性を完全に放棄し、武力による解決のみを強行した。その結果が、この1,000人を超える殉職者と、巻き込まれた無辜の市民の犠牲ではないのですか! 何度これを繰り返すおつもりですか!』


社会一新党(しゃかいいっしんとう)党首、市ヶ崎(いちがさき) 儀郎(ぎろう)


70を超える高齢の政治家だが、その声には年齢を感じさせない鋭さがあった。国会議事堂の映像を背景に、彼はさらに言葉を重ねていく。


『報告によれば、戦地では自衛官がパニックに陥り、組織的な撤退すらままならなかったという証言もあります。中には、敵対勢力に対して過剰な暴力を振るい、事態を悪化させた特定の隊員の存在も囁かれている。これはもはや国防ではなく、一部の血に飢えた軍人たちによる暴走ではありませんか?』


食堂にいた隊員たちの間から、わずかにざわめきが起こった。誰も口を挟まない。ただ、画面を睨みつけている。市ヶ崎の言葉は、戦場を知らない人間の無責任な発言だ。そう思っている隊員は少なくなかった。


だが、反論することもできない。彼らが実際に戦場で何を見たのか。それを、テレビの向こうにいる人間たちが知ることはない。


『失敗した“第7次首都圏奪還作戦”に、一体どれほどの血税が注ぎ込まれたのか! 失われた装備、消耗した弾薬、そして何より代替不可能な若者たちの命を、政府のメンツのために使い捨てにした。総理は、この責任をどう取るつもりですか? 失敗を認め、即刻撤退と和平交渉に向けたテーブルにつくべきだ!』


その言葉を最後に、市ヶ崎の姿が画面から消えた。代わって映し出されたのは、防衛省で記者会見を行う湯場(ゆば) 雅人(まさと)防衛大臣だった。硬い表情を浮かべた湯場が、用意された原稿を読み上げる。


『…作戦における指揮系統に重大な問題があったと認識しております。今後は二度と、同様の事態を招かぬよう、徹底した再発防止策と、指揮官の処分を含めた組織の刷新を行います。』


その瞬間、食堂の空気がさらに重くなった。


「好き勝手言いやがって…。」


白川が吐き捨てるように呟いた。


「防衛大臣が、指揮系統に問題って…言っちゃダメだろ。誰の味方なんだよ。」


二河も、苦々しい表情を浮かべている。


「俺達が命がけでやったことを、ただ失敗とだけ言われ、ただただ糾弾される、こんなのやってられるか!」


佃の言葉に、周囲の隊員たちは黙り込んだ。


彼らは、政治家の言葉に反論できない。だが、納得もできない。テレビの中では、軍事評論家を名乗る男が、今回の防衛大臣の声明について解説していた。


『今回の声明は、事実上の「現場の切り捨て」と見るべきでしょう。作戦の失敗について政府が責任を取るのではなく、現場の指揮系統に問題があったとすることで、責任を自衛隊内部に押しつける意図が――』


「……ふざけんな。」


低い声が聞こえた。要だった。彼はテレビを睨みつけている。


「こんな時に現場を守れない防衛大臣など価値がない。現場の俺達まで馬鹿にしやがって!」


言葉と同時に、拳がテーブルを叩いた。食器が跳ねる。その音に、周囲の隊員たちが振り返った。


「運天、落ち着け。」


輪床が、静かに声をかけた。


「外の人間には、戦場の真実なんて分かりっこねぇだろ。」


輪床としては、要を落ち着かせるつもりだった。自分たちがどれほど悔しい思いをしているか、どれだけ仲間を失ったか。それを、戦場の外にいる人間が完全に理解できるはずがない。だからこそ、今は耐えるしかない。輪床は、そう考えていた。しかし…


「……分かりっこない?」


要がゆっくりと輪床を見る。


「だから何だっていうんですか。分かってもらえないからって、泥を塗られたまま黙っていろと?」


「そういう意味じゃねぇよ。」


「じゃあ、どういう意味ですか?」


要の声が鋭くなった。その目には、テレビの中の政治家に対する怒りだけではない。輪床に対する苛立ちが混じっていた。


先日の食堂での一件、厚巳を巡る口論。あの時から、要は輪床に対して明確な敵意を抱いている。輪床も、それを感じ取っていた。


「輪床三曹。あんた、さっきの大臣の言葉を聞きましたか? “指揮系統に問題”、“組織の刷新”……。暗に、死んだ片桐一佐や、前線で散った先輩たちが無能だったから負けたんだと言ってるんですよ!」


「だから、政治上の建前だって言ってんだろ。ああ言わなきゃ世論が収まらねぇんだよ。」


「その“建前”のために、俺たちの誇りは使い捨てですか!」


要の声が、食堂に響き渡った。


「俺たちは命を懸けて戦ったんですよ! それを、戦場も知らない連中がテレビの前で勝手なことを言って、それで終わりですか!」


「運天、声を抑えろ。」


「抑えられるわけないでしょう!」


要は輪床を睨みつけた。


「あんたの同期の厚巳三曹だってそうだ!」


その名前が出た瞬間、輪床の表情が変わった。


「腰抜けだろうがなんだろうが、最後に情報を上げた功績すら、あの大臣の言葉一つで“失敗の原因”に書き換えられるんだ!」


「……いい加減にしろ、運天。」


「何がです?」


「厚巳の話を、今ここでする必要はねぇだろ。」


「俺は事実を言っているだけです。」


「お前は――」


輪床の声が低くなる。


「事実と、自分が言いたいことを混同してんだよ。」


要の眉が動いた。


「……何ですって?」


「厚巳のこともそうだ。今回の作戦のこともそうだ。お前は自分が納得できないものを全部否定して、自分だけが正しいと思い込んでる。」


「俺は、間違ったことを言っていますか?」


「そういうところだよ。」


輪床は立ち上がった。


「お前が何を思おうが勝手だ。だがな、現場の人間が不満をぶちまけて、部隊がバラバラになったら、それこそあいつらの思うツボだろ!」


「だったら、黙って耐えろっていうんですか?」


「今は耐えるしかねぇんだよ!」


輪床の怒声が食堂に響いた。


「次の戦いで見せつけるしかねぇんだ! 俺たちが無能じゃねぇってことを、戦場で証明するしかねぇ!」


要は、しばらく輪床を見つめていた。そして、冷たい笑みを浮かべた。


「耐えて、耐えて、その先に何があるんですか?」


「……。」


「また無計画な作戦に投入されて、死んだら“無能”のレッテルを貼られる。……俺は、あんたたちみたいに“仕方ない”で済ませられるほど、お人好しじゃない。」


「誰も仕方ないなんて言ってねぇだろ!」


「じゃあ、何なんです?」


要は椅子から立ち上がった。


「戦えない上官に、現場を守れない大臣。そして、それを甘んじて受け入れる腑抜けた先輩。」


その言葉に、周囲の隊員たちが息を呑んだ。


「……こんな組織にいたら、俺まで腐っちまう。」


「待て、運天!」


輪床が呼び止める。だが、要は振り返らなかった。


「まだ話は終わってねぇぞ!」


要はトレイを乱暴に片付けると、そのまま食堂を出ていった。扉が閉まる。その音が、妙に大きく響いた。輪床は、握りしめた拳を見つめていた。


「……あいつ、本当に自分を何様だと思ってやがる……!」


佃が吐き捨てる。


輪床は、しばらく黙っていた。やがて、要が消えた扉を睨みつける。


「……放っておけ。」


その声には、怒りよりも疲労が滲んでいた。


「あんな歪んだ自信は、いつか戦場で自分を殺すことになる。」


輪床はそう言った。


だが、その表情には深い虚しさが漂っていた。このままではいけない。自分でも分かっている。35普通科連隊は、再編された。だが、人間の心まで再編されたわけではない。


失った仲間、残された罪悪感、戦場への恐怖。そして、自分だけは強くなければならないという執念。それぞれが別々の方向を向いたまま、同じ部隊に押し込められている。


その光景を、少し離れた場所から家泉が見ていた。


(このままでは、ただでさえバラバラな35普連が、本当に崩壊してしまう。次の任務が来たら、完全に瓦解するだろう。)


家泉は頭を抱えた。


連隊長である空間も、同じ問題を感じ取っている。しかし、部隊をまとめるためには時間が必要だった。そして今、この部隊に残された時間は少ない。


そんな中、隼人だけは、別のことを考えていた。


テレビでは、相変わらず作戦失敗を巡る議論が続いている。市ヶ崎の批判、湯場防衛大臣の声明、軍事評論家の無責任な解説。そのすべてが、隼人の耳を通り過ぎていく。


隼人の脳裏に浮かんでいたのは、別のものだった。


山下陸士長の言葉、諏訪との確執、そして、戦場で何もできなかった自分自身。


(逃げ出したって言われても、批判されても、僕は強くなりたい。このままじゃ、誰にも何も言えない。誰にも頼らず、自分の足で立つ力が欲しい。)


それは、隼人にとって切実な願いだった。誰かに守られるのではなく、自分が誰かを守れる人間になりたい。自分の判断で戦える力が欲しい。もう二度と、誰かを失った後で「何もできなかった」と思いたくない。そのためには、自分自身が圧倒的な力を手に入れるしかない。少なくとも、今の隼人はそう考えていた。


夕食を終えた隼人は、訓練指導担当である豆小玉(まめこだま) 芙琉(ぶりゅう)三等陸曹のもとへ向かった。廊下を歩きながら、何度も自分に問いかける。


(……逃げじゃないのか、これは。)


足が止まりそうになる。しかし、すぐに首を振った。


(いや、そんなことはない!)


逃げではない。これは前に進むための決断だ。隼人はそう自分に言い聞かせ、豆小玉のいる部屋の前に立った。一度、深く息を吸う。そして、扉を叩いた。


「豆小玉三曹。失礼します。」


「何だ、段場。」


豆小玉は、いつものように素っ気ない。隼人は背筋を伸ばした。


「レンジャー訓練に、志願したいのですが。」


一瞬、豆小玉の目が見開かれた。しかし、それも一瞬だった。すぐに、いつもの仏頂面へ戻る。


「……ふざけるな。」


予想していた反応だった。だが、その声にはいつもの素っ気なさがなかった。


冷たく鋭い。隼人の覚悟を、一瞬で叩き潰そうとするような圧力があった。


「ふざけてはいません!」


隼人は一歩も引かなかった。


「僕は、強くなりたい。このままじゃ、何もできない。」


「ほう、“強くなりたい”か。」


豆小玉は、隼人をじっと見つめた。その視線に、期待はない。あるのは、見極めようとする目だった。


「強くなりたいなら、目の前にある訓練で結果を出せ。なぜ、わざわざレンジャーだ?」


豆小玉は椅子から立ち上がった。


「青二才のお前が、あの訓練の地獄を乗り切れると本気で思っているのか?」


小柄な体躯だった。だが、その身体から放たれる圧力は、隼人がこれまで感じたことのないものだった。


「段場。レンジャーとは、“死にに行く”覚悟だ。」


隼人は黙って聞いている。


「お前の考えているような、自己啓発セミナーでも、格好つけるための勲章でもない。」


豆小玉の声は低かった。


「訓練期間中、人間としての尊厳を奪われ、飢えと疲労と睡眠不足で、理性は崩壊する。」


隼人は、黙って豆小玉の目を見た。


「仲間が倒れても、水を分け与えることも許されない。教官から“死ね”と命令されたら、本当に死を選ぶかもしれないほどの極限状態だ。」


豆小玉の目が、隼人を射抜く。


「お前のその“強くなりたい”という動機は、その地獄を何のために潜り抜けるんだ?」


答えを求められている。隼人は理解した。これは、志願を受け付けるための質問ではない。自分がなぜレンジャーになりたいのか。その覚悟が本物なのか。豆小玉は、それを確かめようとしている。


「お前は、国のためか? 任務のためか? それとも、誰かに格好いいと思われるためか?」


隼人は、一瞬だけ黙った。そして、答えた。


「僕は誰にも頼らず、自分の足で立ちたい。誰かを守りたい。誰に何も言われないような、圧倒的な力を手に入れたい!」


豆小玉の表情は変わらない。隼人は、さらに続けた。


「そして…。GASTのような強い隊員となって、両親の仇を討ちたいんです!」


部屋の中が静まり返った。それは、国のためでもなかった。自衛隊のためでもない。ましてや、組織のためでもない。隼人自身のための願いだった。


復讐、強さ、自立、そして、誰にも負けない自分になりたいという、激しい執着。豆小玉は、しばらく隼人を見つめていた。やがて、鼻で小さく息を吐く。


「……ちっ。バカを相手にするのも疲れる。」


隼人は黙って立っている。


「志願は却下だ。」


「……え?」


隼人の目が見開かれた。豆小玉は、そんな隼人を見て淡々と続けた。


「ただし、レンジャーの教育は、連隊長の許可と、体力の基準クリアが絶対条件だ。お前はまだそれ以前の問題だ。」


「基準とは?」


「基本は、体力測定で全ての項目を“特級”でクリアすること。それから、連隊長への直接請願だ。」


豆小玉は机の上に置かれていた書類を手に取り、隼人へ差し出した。


そこには、自衛隊の体力検定に関する項目と基準が記載されている。隼人は、その内容に目を通した。


簡単ではない。今の自分では、到底届かない。しかし…


「明日から、お前の訓練指導は、レンジャー訓練の特級基準クリアを目標とする。」


豆小玉が言った。


「お前が、自らの志願を最後まで裏切らないと誓うなら、だ。」


隼人は顔を上げた。豆小玉の目は、相変わらず厳しい。


「途中で逃げるなら、最初から壊れておけ。」


隼人の背筋が伸びる。


「誓います! 何があっても、絶対に裏切りません!」


「ふん。」


豆小玉は、隼人から視線を外した。


「誓いを破ったら、その時は……お前の全てを破壊してやる。」


冗談ではなかった。隼人には、それが分かった。これは脅しではない。


豆小玉は、レンジャーというものが何なのかを知っている。だからこそ、一度足を踏み入れる覚悟を問うている。


「……失礼します!」


隼人は鋭く敬礼した。そのまま部屋を出る。廊下に出た隼人は、しばらくその場に立っていた。不思議だった。さっきまで胸の中にあった迷いが、いつの間にか薄れている。


山下陸士長の言葉も、諏訪一士との確執も、戦場で失った仲間たちの姿も、何も消えてはいない。それでも、今の隼人には、やるべきことが見えていた。


(逃げ場は、もう作らない。)


隼人は拳を握った。


(絶対にレンジャーになってやる!)


その日、段場隼人は、レンジャーへの道を歩み始めた。それが、過去から逃げるための道なのか。それとも、過去と向き合うための道なのか。その答えを、今の隼人はまだ知らなかった。

登場人物紹介

登場人物紹介

段場だんば 隼人はやと……本編の主人公。

運天うんてん かなめ……隼人の同期。周りと衝突している。

輪床わとこ 圭慎けいしん……要と確執が強まっていく

豆小玉まめこだま 芙琉ぶりゅう……隼人の直属の上官。ちなみに身長166cm

市ヶいちがさき 儀郎ぎろう……野党・社会一新党しゃかいいっしんとうの党首。国益を考えているのか分からない政策や発言が多く、国会では、与党の揚げ足取りしかしないことで有名。

湯場ゆば 雅人まさと……防衛大臣。


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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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