第95話 燻る火種
空間の仲裁によって、一色触発ムードも収まり、食堂にいた隊員達は、食事を再開する。しかし、感情的になった事を反省した輪床と対照的に、要は、連隊長の言葉を無視するように、納得していない様子を見せていた。
「あいつ、連隊長の言葉が響いているようには見えませんね。」(和戸)
「ええ、組織として1つにまとまらないといけない時に…困ったね。」(空間)
誰も口には出さなかったが、食堂の空気はさっきよりも確実に重くなっていた。
信念を曲げない要は、例え上官でも批判(愚痴とも言う)を続けていた。その姿勢に、隊員達は辟易しており、輪床との衝突でも変わらない姿勢に隊員達は苛立ちを抑えられなくなっていた。また、相変わらず隼人は諏訪との確執を抱えたままで、訓練に身が入っていない。35普連は、火種が燻ったままである。
そして、ここにも、負の感情が渦巻いていた。
「おーい! 矢戸が目を覚ましたそうだ!」(二河)
「そうか、良かった…。」(富貴)
「非番の時に見舞ってやろう。」(諏訪)
周囲の隊員が矢戸聡士一等陸士の回復を喜び合う中、益子は腕を組み、不機嫌そうな顔をしていた。
「良かったですね、益子一士。」(隼人)
「ふん…。」(益子)
益子は、特に嬉しそうな素振りも見せず、機嫌悪そうにその場を去ろうとする。
「ツンデレなのかな…。」(隼人)
隼人の軽はずみな言葉に、益子は一歩だけ遅れて足を止めた。その表情には、隼人の想像を絶する苛立ちが浮かんでいた。
「あ?ふざけるな。俺とあいつとの間に、そんな生ぬるい関係があるわけねぇだろ。」(益子)
益子の声は低く、抑えているはずの怒りが滲んでいた。隼人は反射的に体を硬くし、思わず口をつぐむ。
「益子。」(家泉)
家泉興図三等陸曹が、益子の態度を冷静に見据え、促した。
「見舞ってやれよ。退院したら、同じ部隊で顔を合わせるんだ。少しは話してやれ。」(家泉)
「ああ? 何で俺があんな奴と!」(益子)
益子は家泉の忠告を一蹴し、食堂の出口に向かって歩き出した。
「(弱い奴等から死んでいく。これで心置きなく辞めれるだろ…。)」(益子)
矢戸は学生時代からいじめを受けていた。不登校気味で高校はぎりぎりの成績と出席日数で卒業。彼は、いじめに負けないよう、強くなりたい。その想いから自衛官を志した。しかし、入隊してもいじめを受けた。益子もいじめていたその1人だった。
矢戸の自衛官としての生活は苛烈を極めた。自候生時代から今に至るまで、同期や先輩から受ける執拗ないじめ。厳しい訓練を受け、鍛え上げられた自衛官からの虐めの酷さは、これまで受けた虐めの比ではなかった。しかし、彼は屈しなかった。
益子の胸中では、暗い感情が渦巻いていた。オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)で、矢戸を執拗にいじめていた隊員の多くは、敵の奇襲によって狼狽え、恐怖から逃げ出す者もいた。そして、彼らは戦死した。
益子の心には、いじめの主犯格が恐怖に屈する中、逃げなかった矢戸の姿が目に焼き付いている。そして、撤退の際には、瀕死の矢戸を背負って拠点まで向かっていた。矢戸の戦う姿勢に感銘を受けていた自分がいた。
「(あいつがいなければ、俺は死んでいた。…あいつが強いなんて、ありえねぇ。クソが…あんな奴に、あんな弱い奴に…俺が…。)」(益子)
益子は、矢戸を弱者として見下していた。そして、その ”弱者“ がいなければ、自身も死んでいた事に、彼のプライドは傷つけられた。
その様子を複雑な表情で見送った家泉は、静かに溜息をついた。
「(益子、運天、そして段場……。連隊長が言う通り、35普連は再編どころか、バラバラだ。このままじゃ、次の戦いも持たないぞ。)」(家泉)
登場人物紹介
家泉 興図
生年月日:1996年11月3日 / 出身:大阪府
階級:三等陸曹 / 35普連2中隊
段場 隼人……本編の主人公
和戸 一暁……35普連2中隊のベテラン
空間 瑠衣……35普連の新連隊長
二河 錬……35普連2中隊の陸士長
富貴 彪雅……35普連2中隊の三等陸曹
諏訪 明登……隼人と仲が悪い
益子 武朗……矢戸を認めたくない




