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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第2章 成長と挫折

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第95話 気持ち新たに

木山は、精神科病棟へ入院することになった。


戦闘中の誤射。その事実だけを切り取れば、軍人として決して軽いものではない。しかし、あの戦場で彼が置かれていた状況を考えれば、単純な故意の発砲として扱えるものでもなかった。


それでも木山自身は、自分が引き金を引いたという事実から逃げようとはしなかった。


僕も任務との兼ね合いがある。常につきっきりで付き添うことはできないため、木山の家族に連絡を取り、これまでの経緯と現在の状況を引き継いだ。


病院で両親と顔を合わせた時、2人とも泣いていた。息子が犯した過ちを悲しんでいるのか。それとも、その過ちに苦しみ続けている息子を想っているのか。たぶん、その両方だったのだろう。僕には、何も言えなかった。


木山を責めることも、慰めることもできなかった。ただ、あいつが自分自身を壊してしまわないことを願うしかなかった。


それから、数日が過ぎた。




――陸上自衛隊守山駐屯地。


会議室には、第10師団の幹部と各部隊の隊員が集められていた。


先のオペレーション・ギデオン――第7次首都圏奪還作戦によって、第10師団は甚大な損害を被った。殉職者は多く、負傷者も少なくない。戦力の穴は、あまりにも大きかった。


その穴を埋めるため、各部隊では新たな人員配置が進められていた。僕は今、その新編成について説明を受けている。


会議室の前方では、幸目陸将が重々しい口調で人事案を読み上げていた。


「先の首都圏奪還作戦で、殉職した者達の後任が発表された。」


その言葉が、胸に重くのしかかる。僕は幸目陸将の正面近くに座っていた。それなのに、話の内容が頭に入ってこない。「殉職」という言葉を聞くたびに、脳裏に別の光景が浮かんでくる。


山下陸士長の顔、諏訪一士の怒り。そして――渚陸士長の最期。


あの時、僕がもっと慎重に動いていれば、あの時、僕が違う判断をしていれば……そんな考えが、何度も頭の中を巡っていた。


山下陸士長に言われた言葉が、今も耳に残っている。


――お前が許せない。


その言葉が頭の中で何度も繰り返される。


目の前では、新しい人事案が淡々と読み上げられている。殉職した隊員の後任が決まり、空席だった役職が埋められていく。部隊は、前へ進む。当然のことだ。


軍隊は、一人の人間が欠けたからといって、立ち止まることはできない。だが、組織の空席が埋まっていく一方で、僕の中に空いた穴は、少しも埋まっていなかった。むしろ、時間が経つほど深くなっているように感じる。


「おい、隼人!」


突然、横から声を掛けられた。


「……え?」


顔を上げる。要が、呆れたような顔でこちらを見ていた。


「お前、聞いてなかったのか?」


「……何が?」


「何がって……」


要は大きく息を吐いた。


「もう終わったぞ、会議。」


「……え?」


慌てて周囲を見る。いつの間にか、会議室にいた隊員たちは席を立ち始めていた。僕は慌てて立ち上がる。


「新しい連隊長が、改めて挨拶をしたいってよ。」


「新しい連隊長?」


「お前、本当に大丈夫か?」


要の顔が少しだけ曇った。


「空間 瑠衣一等陸佐よ。よろしくね。」


その声に振り向く。僕の視線の先に、1人の女性が立っていた。


空間 瑠衣一等陸佐。


殉職した片桐一佐の後任として、第35普通科連隊を指揮することになった女性だ。


新しい連隊長は、穏やかな笑みを浮かべていた。しかし、その雰囲気に気圧されるものがある。涼やかな眼差し。無駄のない立ち姿。穏やかな表情の奥には、数々の修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、静かな強さがあった。


空間一佐は、僕たちをゆっくりと見渡した。その視線には、先ほどまでの会議とは違うものがあった。これから自分が指揮する隊員たちを、一人ひとり確かめているようだった。そして、静かな声で言った。


「片桐一佐をはじめ、先の作戦で失った隊員の穴は、あまりにも大きい。ですが、悲しみに立ち止まっている暇はありません。心を一つにし、この窮地を必ず乗り切りましょう。皆、私についてきてください。」


周りの空気が変わった。その言葉は決して大声ではなかった。それでも、誰もが聞き逃さなかった。失ったものは戻らない。死んだ隊員も、帰ってこない。それでも、残された者には戦い続けなければならない理由がある。


空間一佐の言葉は、そんな現実を真正面から受け止めた上で、前へ進めと言っているように聞こえた。


僕はその姿を見ながら、胸の奥にわずかな違和感を覚えていた。


この人は、強い。ただ、それだけではない。失ったものの重さを知っている人間の目だった。僕は何も言わず、空間一佐を見つめていた。しかし、その時の僕には、自分自身がどこへ向かっているのかさえ分からなかった。ただ、あの戦場から帰ってきて以来、僕の中では何かが変わってしまっていた。




――守山駐屯地訓練場。


数日ぶりに、通常の訓練が再開された。戦争が終わったわけではない。むしろ、次の戦いはすぐそこまで迫っている。


僕たちは再び、銃を持ち、装備を身につけ、身体を動かす。訓練場には、隊員たちの掛け声が響いていた。


だが――。


「段場! 何をやっている! 足元が全然おぼつかないぞ! 集中しろ! 貴様、作戦のショックを引きずっているのか!」


「……!」


豆小玉 芙琉三等陸曹の怒声が飛んできた。


僕は着地訓練の途中で体勢を崩していた。足の運びが遅い。動作の切り替えも鈍い。以前なら無意識にできていたことが、今は一つひとつ遅れてしまう。


「(ちくしょう……分かってる。でも、どうすれば……)」


分かっている。自分でも、何がおかしいのか分かっている。頭では訓練に集中しなければならないと理解している。それなのに、身体がついてこない。


山下陸士長の声が聞こえる。


――お前が許せない。


次に、渚陸士長の姿が浮かぶ。


あの時の光景が、何度も脳裏に蘇る。僕は唇を噛みしめた。返事をすることさえできなかった。


「段場!」


また、豆小玉三曹の怒声が飛んでくる。


「返事!」


「……はい!」


ようやく声を絞り出した。僕は再び訓練に戻る。


その少し離れた場所では、杏南が訓練を続けていた。


「おい、苫米地、すげえな。オペレーション・ギデオンから戻ってきてすぐなのに、あの身のこなし。そつがない。」


曽我 郁人陸士長が感心したように呟く。


「ああ。まるで機械みたいだ。さすが、あの地獄を生き残っただけある。」


二河 錬陸士長も頷いた。


確かに、杏南の動きには無駄がなかった。教官の指示を正確に聞き取り、必要な動作を必要なだけ行う。一つひとつの動きが正確で、乱れがない。周囲から見れば、完璧だった。少なくとも、僕にはそう見えた。


だが―――少し離れた場所から杏南を見ていた坂下 ジュリアは、眉をひそめていた。


(違う。あれ、“合わせてるだけ”だ……)


ジュリアには分かっていた。あの戦場で、生き残るために、仲間を守るために、杏南が見せた、あの凄まじい姿を知っているからだ。


あの時の杏南は、ただ命令通りに動く兵士ではなかった。仲間を失い、それでもなお前へ進もうとする、野生的なまでの意志を剥き出しにしていた。


敵を前にしても退かない。仲間を守るためなら、自分の身を顧みない。あの時の杏南には、そうした凄まじい力があった。


だが、今は違う。動きは完璧だ。命令にも忠実だ。しかし、それは「合わせている」だけに見える。


(杏南、何か迷っている? あの時見た、超人的な強さとは程遠い……)


ジュリアは、杏南の中にある迷いを感じ取っていた。そして、訓練が終わるのを待って、杏南のもとへ向かった。


「杏南。」


声を掛けられ、杏南が振り向く。


「ジュリアさん……何か?」


ジュリアは杏南の顔をじっと見る。


「あんた、調子が悪いね。」


杏南の目が、ほんのわずかに見開かれた。しかし、それも一瞬だった。すぐにいつもの表情へ戻る。


「え、そんな事ないよ? 今日の訓練も問題なく出来たし。」


「問題ないのは動きだけよ。心が入ってない。あの時のあんたの強さは、そんなものじゃなかった。」


杏南は答えなかった。ジュリアの言葉は、まっすぐだった。逃げ道を与えない。それでいて、責めているわけでもない。


ジュリアは、あの戦場で杏南を見ていた。仲間が死んでいく中でも、杏南が立ち上がり、戦い続けた姿を。


「あんたは、あたしの恩人だ。あんたがいなかったら、とっくに死んでいた。だから、あたしも力になりたい。」


杏南の表情が、わずかに揺れた。


「とはいっても、話し相手くらいしか出来ないけどね。はは……。」


「ジュリアさん……。」


「何でもない、大丈夫だよ。」


杏南は、すぐには返事をしなかった。


嬉しかった。本当に嬉しかった。それでも、言えないことがある。


GASTから受けたスカウト。そして、これから自分が進むことになる道。それは、他の誰にも話してはいけない。GASTからの命令だ。ジュリアにも話すことはできない。


杏南は、しばらく黙っていた。そして、ようやく口を開いた。


「私は………強くならなきゃいけないだけ。」


その声には、力がなかった。自分自身に言い聞かせているようだった。強くならなければならない。そうしなければ、失った命に報いることができない。そうしなければ、期待に応えることができない。


そして―――隼人と同じ場所にいたい。そんな思いさえも、今の杏南を縛っていた。ジュリアは、そんな杏南をじっと見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。


「あんたは、あたしの恩人だ。あんたがいなかったら、とっくに死んでいた。だから、あたしも力になりたい。」


先ほどと同じ言葉を、今度は違う意味で繰り返した。


「あたしは、アンタに憧れた。でも、あの戦場では、ただただ自分の力不足だって思った。」


杏南が顔を上げる。ジュリアの目には、強い光が宿っていた。


「ジュリアさん……。」


杏南の中で、何かが変わった。


ジュリアの瞳に宿っていたのは、憧れだけではなかった。依存でもない。自分を救ってくれた相手を、ただ追いかけたいという気持ちでもない。対等な戦友として、隣に立ちたい。そのために、自分自身が強くなりたい。そんな決意だった。


(ジュリアさん……)


杏南は、GASTから受けた命令を破ることはできない。今は、何も話せない。それでも――。


ジュリアの言葉は、杏南の胸に残った。自分は、一人ではない。強くなろうとしている仲間がいる。ならば、自分も前へ進めばいい。


誰かに命令されたからではない。失った者たちへの責任だけでもない。自分自身の意志で。


杏南は、ゆっくりとジュリアを見つめた。


「ジュリアさん、今は話せないけど…。私もその覚悟を無駄にしないよう、頑張るね。」


ジュリアの目が、わずかに見開かれる。杏南は、さらに続けた。


「あなたのその覚悟は、私にとって大きな力になる。私はもう、迷わない。」


その瞬間、杏南の目から、迷いが消えた。さっきまでの、機械のような動きとは違う。その瞳には、あの戦場で見せたものと同じ、熱が宿っていた。野生的なまでの闘志。そして、何よりも強い意志。


「(杏南!)」


ジュリアは、その変化を肌で感じ取った。思わず、強く頷く。


――ただ。


(ただ、正直、意味は分からなかったんだよね)


そんな本音が、ジュリアの胸の中をよぎった。しかし、それでも構わなかった。杏南の表情が、少しだけ変わった。それだけで十分だった。


杏南は決めた。三等陸曹への最短昇任。そして、レンジャー資格の取得。GASTへの道は、決して容易ではない。


むしろ、今の杏南にとっては、これまで経験したことのないほど厳しい道になるだろう。それでも、もう迷わない。自分自身の意志で、その道を歩く。その決意を胸に、杏南は新たな一歩を踏み出した。




――翌日、守山駐屯地訓練場。


朝の冷たい空気を切り裂くように、号令が響き渡った。


「おお……。」


曽我が思わず声を漏らす。その隣では、ジュリアが杏南を見つめていた。


「(良かった、本来の杏南だ。)」


昨日とは、明らかに違っていた。杏南の動きには、迷いがない。身体の軸がぶれず、次の動作への移行も速い。一つひとつの動きが洗練されているだけではない。そこには、明確な意志があった。


昨日までの杏南は、命令された動作を完璧にこなしていた。今日の杏南は、自分の意志で動いている。その違いは、同じ部隊にいる隊員なら誰でも分かった。


「苫米地の奴、昨日よりも動きがだんちじゃないか。」


二河が感心したように言う。


「感心してないで、俺達も気合い入れていくぞ!」


飯田 源紀三等陸曹が声を張り上げた。


「そうだな、苫米地に追いつけ、追い越せだ!」


富貴 彪雅三等陸曹も続く。


「おう!」


隊員たちの声が重なった。杏南の強さに頼るのではない。杏南一人に負担を背負わせるのでもない。一人ひとりが強くなる。その意識が、部隊全体に広がっていく。訓練場の空気が、昨日までとは明らかに違っていた。


しかし――その一方で、僕は、昨日と何も変わっていなかった。


「段場! 貴様は昨日から何をやってる! 集中力がないとしか思えないぞ! 腕立て伏せの姿勢が崩れている!」


豆小玉三曹の怒声が飛んでくる。僕の腕が震えていた。身体が重い。頭が働かない。


「(ちくしょう……くそっ! 分かっている!)」


分かっている。何度もそう思う。集中しなければならない。訓練に戻らなければならない。前へ進まなければならない。


それなのに―――僕の頭から離れない。


山下陸士長の怒り、諏訪一士の悲しみ。そして、渚陸士長の最期。あの光景が、何度も何度も蘇ってくる。


僕は顔を上げた。その視線の先に、杏南がいる。昨日とは比べものにならない動きだった。


速い。


強い。


迷いがない。


(あの速さ、あの迫力……。杏南とは、どんどん離されていく……)


僕の知っている杏南は、もっと強かった。


いや――今、目の前にいる杏南は、僕が知っている杏南よりもさらに強くなっている。


訓練の密度が違う。目の輝きが違う。身体の動き一つ一つに、明確な意志がある。


(それなのに、僕は……昨日と同じ場所で、同じ失敗をしている。)


乾いた笑いが、喉の奥から漏れた。僕は、前へ進めていない。過去の失敗に囚われている。


いや、足踏みしているだけではない。僕は、少しずつ後退している。杏南は、前へ進んでいる。自分自身の意志で、新たな試練へ踏み出している。その背中が、どんどん遠くなっていく。


僕は、そんな杏南を見つめながら、自分の手を握りしめた。


号令が響く。


「――構え!」


隊員たちが一斉に動く。僕も動こうとした。だが――ほんの一瞬、僕だけが、半拍遅れた。


まただ。また、僕だけが遅れている。


その事実が、胸に突き刺さった。


杏南が前へ進んでいる。


なのに僕は――。


同じ場所で、立ち止まったままだった。

登場人物紹介

段場だんば 隼人はやと……自責の念が晴れない主人公

苫米地とまべち 杏南あんな……隼人の同期で恋人

運天うんてん かなめ……隼人や杏南の同期

坂下さかした ジュリア……杏南に憧れる新人隊員

空間そらま 瑠衣るい……35普連の新しい連隊長

豆小玉まめこだま 芙琉ぶりゅう……オペレーション・ギデオン後、隼人直属の上官となる

曽我そが 郁人ふみと……35普連2中隊の生き残り

二河にかわ れん…… 同上

飯田いいだ 源紀げんき…… 同上

富貴ふき 彪雅ひょうが…… 同上

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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