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外星戦記  作者: 無名の凡夫


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第92話 止まらなかった指

――東海防衛支局――


特戦群群長、浅原充は、上層部の幹部たちと向き合っていた。周囲のモニターには、オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)における戦線維持部隊の甚大な損耗率が映し出されている。


「戦況は、もはや階級や資格といった形式的な規律に拘泥している場合ではない段階です。師団司令部を始め、各方面の戦力が崩壊しつつある中、優秀な若年戦力を即時投入しなければ、次の首都圏防衛ラインの維持すら危うくなります。GASTへの入隊は、例外的に陸士長以下、レンジャー資格を持たない者でも、入隊出来るよう、特戦群のルールを変えたいと存じます。」(浅原)


浅原は淡々と、しかし強い意志を持って上層部に訴えかける。


「しかし浅原君、GASTは我が国の精鋭中の精鋭だ。陸曹としての十分な経験と指導能力、そしてレンジャー資格が必須である。二士や一士を、いきなりその地位に置くことは、規律の破壊に繋がる!」


陸上幕僚監部の陸将補は、浅原の提案を否定した。


「その規律が、この未曽有の戦局を打開できますか?」(浅原)


浅原は冷徹に言い放つ。


「彼らはただの若手ではありません。グーリエ星人相手に生き残り、強さの片鱗を見せた若手隊員です。彼らには、経験豊富な精鋭の消耗を最小限に抑え、未来を切り開く役割を担わせる。GASTへの入隊は、彼らが昇進試験とレンジャー試験を取得するまで、とりあえず保留としています。それでも、今この瞬間に、彼らを戦力としてカウントしなければ、我々は手遅れになります。」(浅原)


上層部は、浅原が示したデータと、彼の静かな迫力に沈黙する。最終的な承認はまだ得られない。しかし、浅原は一歩も引くつもりはなかった。




「やはり、上層部は首を縦に振りませんでしたね。」(シルビア)


「ああ。だが、粘り強く交渉をするさ。」(浅原)


浅原は、今後、GASTを軸に戦うプランを立てていた。これまでに多くの自衛官を失い、人手不足は明らかであった。人手不足を解消するのは難しい。そこで、隊員の質を高めるべく、シフトチェンジを行いたかった。


「(こんな時だからこそ、より柔軟に…。しかし、上層部は…)」(浅原)




この翌日、守山駐屯地では、木山が幸目陸将に呼び出されていた。オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)で、味方を誤射した件の尋問を行うためである。


指令室には幸目陸将、木山、心療内科医、そして僕も呼び出されている。


木山が味方に誤射したのを見ていたのは僕だけだった。久里浜中隊長と瑛松二曹には報告していたが、この2人はもうこの世にいない。僕が黙っておけばバレないけども、黙っておくことが木山にとって良い事なのか。木山は自責の念に囚われている。


幸目は、机の上の書類に目を落としたまま口を開いた。


「木山二等陸士。」(幸目)


「先の戦闘における発砲について、確認する。」(幸目)


「貴官は、味方に対して発砲した。」(幸目)


木山の肩が、わずかに揺れた。


「……はい。」(木山)


その声は、かすれていた。


「発砲時、対象を敵と認識していたのか?」(幸目)


「……敵だと、思っていました。」(木山)


「視認はしていたか?」(幸目)


「……黒い影が、動いたんです。」(木山)


「それが敵に見えました。」(木山)


室内に沈黙が落ちる。幸目陸将は一度だけ視線を上げ、木山を見た。


「発砲後、何が起きた。」(幸目)


木山は答えない。代わりに、手が震えていた。


「木山二士、答えろ。」(幸目)


「……止められました。」(木山)


「誰にだ?」(幸目)


一瞬の間、木山の視線が、こちらに向いた。


「……段場隼人二等陸士に。」(木山)


幸目陸将の視線が、ゆっくりとこちらに移る。


「段場二等陸士。前へ出ろ。」(幸目)


「……はい。」(隼人)


一歩、前に出る。足音がやけに大きく響いた。


「発砲を確認したのは貴官で間違いないな?」(幸目)


「はい。」(隼人)


「状況を説明しろ。」(幸目)


喉が、わずかに詰まる。それでも、言葉を選ぶ余裕はなかった。


「あの時、戦線は崩れかけていました。視界も悪く、敵味方の識別が困難な状況でした。その中で、木山二士が発砲しました。対象は――味方でした。」(隼人)


木山の肩が、大きく震える。


「私はすぐに――撃つな、味方だ”と叫びました。」(隼人)


その瞬間だった。木山の呼吸が乱れる。


「……やめてください。」(木山)


小さく、しかしはっきりとした声だった。


「……その言葉、やめてください。」(木山)


幸目陸将は一切表情を変えない。


「続けろ。」(幸目)


「……はい。」(隼人)


「私が制止した時点で、発砲は止まりました。ですが、その時には――」(隼人)


言葉が一瞬止まる。


「仲間が、被弾していました。」(隼人)


沈黙……。時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。幸目陸将はゆっくりと書類を閉じた。


「木山二等陸士。」(幸目)


「貴官は、自身の行為をどう認識している。」(幸目)


木山は俯いたまま、答えた。


「……誤射です。過失による発砲です。」(木山)


そして、少しだけ間を置いて。


「……ですが、撃ったのは、俺です。」(木山)


その一言は、妙に静かだった。


「誰の命令でもない、俺の判断です。責任は、俺にあります。」(木山)


幸目陸将は、しばらく何も言わなかった。やがて、低く口を開く。


「久里浜三佐、瑛松二曹には報告していたな。」(幸目)


「それは、私が…。」(段場)


「だが両名は戦死している。証言は確認できない。」(幸目)


「……はい。」(木山)


「段場二士、貴官はどう判断する?」(幸目)


一瞬、迷いがよぎる。だが、言うべきことは決まっていた。


「……誤射です。意図的な発砲ではありません。戦闘下での錯誤です。」(隼人)


幸目陸将はわずかに頷いた。


「木山拓哉二等陸士。貴官の退官願は受理されている。」(幸目)


「だが、本件の調査終了まで手続きは保留とする。」(幸目)


「……はい。」(木山)


「処分については後日通達する。」(幸目)


短く言い切る。そして――


「だが一つ、言っておく。」(幸目)


室内の空気が変わる。


「戦場で判断を誤ることはある。それ自体を、私は責めない。」(幸目)


「だが――」(幸目)


「引き金を引いた事実から、目を逸らすな。」(幸目)


木山の手が、強く握られる。幸目陸将は視線を外さない。


「以上だ、下がれ。」(幸目)


「失礼します。」(木山)

「失礼します。」(隼人)


指令室を出ると、木山はその場にうずくまった。過呼吸を起こしたようだ。


「木山!」(隼人)


「大丈夫、深呼吸して。」(心療内科医)


「ごめんなさい、ごめんなさい……」(木山)


堪えていたものが、爆発したようだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」(木山)


言葉にならない謝罪が、何度も繰り返される。呼吸は浅く、速い。吸うよりも先に、吐こうとしていた。肩が痙攣のように上下していた。


「木山、僕を見るんだ。」(隼人)


視線が合わない。焦点が、どこにも定まっていない。


「木山!」(隼人)


肩を掴んだ瞬間、木山の体がびくりと跳ねた。


「……撃つな……」(木山)


「……撃つな……誰だ……?」(木山)


「じゃあ、あれは誰だったんだ……」(木山)


小さな声だった。だが、それは今ここではなく――あの戦場に向けられていた。


「敵じゃ……ない……」(木山)


心療内科医が静かに口を開く。


「段場さん、少し距離を。今、フラッシュバックが出ています。」(心療内科医)


隼人は一歩だけ下がる。木山は床に手をついたまま、荒い呼吸を繰り返している。


「木山さん、ここは安全です。今いるのは駐屯地の中。戦場ではありません。」(心療内科医)


「……安全……?」(木山)


その言葉に、わずかな揺らぎが生まれる。


「そうです。銃声もありません。敵もいません。」(心療内科医)


「ゆっくり息を吸ってください。4秒吸って、6秒吐きます。」(心療内科医)


医師の声は一定だった。感情を乗せない、訓練された誘導。


「……すぅ……っ」(木山)


「そう、そのまま。」(心療内科医)


数回繰り返すうちに、呼吸のリズムがわずかに整っていく。だが――


「……俺が撃ったんだ……」(木山)


ぽつりと落ちた言葉は、はっきりしていた。


「俺が……撃った……」(木山)


隼人は何も言わない。言えなかった。


「……分からなかった。」(木山)


「周りに敵しかいないと思った。」(木山)


医師の手が、わずかに止まる。


「……怖かったんです……」(木山)


その場の空気が、静かに凍りついた。


「止まらなかった。」(木山)


「指が……止まらなかったんです……」(木山)


隼人の拳が、強く握られる。


「……そして、俺は――」(木山)


「撃った。」(木山)


完全に自分で言い切った。逃げ道を塞ぐように。そのとき、背後で扉が開いた。


「……医官。」(幸目)


振り返ると、そこにいた。


「状態は?」(幸目)


「急性のフラッシュバックと過呼吸です。典型的な戦闘ストレス反応が見られます。継続的な観察と治療が必要です。」(心療内科医)


幸目は短く頷いた。そして、木山を見下ろす。


「木山拓哉二等陸士。」(幸目)


木山は顔を上げない。だが、聞いている。


「貴官の処分は未定だ。だが、治療は受けろ。これは命令だ。」(幸目)


「……はい……」(木山)


かすれた返事。


「段場二士。」(幸目)


「はっ。」(隼人)


「しばらく付き添え。状態が安定するまで、単独行動はさせるな。」(幸目)


「了解しました。」(隼人)


幸目陸将はそれ以上何も言わず、踵を返す。数歩進んで止まった。振り返らないまま低く言う。


「――戦場はな。人間を壊す。」(幸目)


静かな声だった。だが、重かった。


「だが、自分が何をしたかだけは――最後まで、持っていけ。」(幸目)


扉が閉まる。乾いた音がやけに響いた。しばらくして木山の呼吸は、ようやく正常に戻っていた。


「……隼人。」(木山)


「なんだ?」(隼人)


「……俺、逃げてもいいと思うか?」(木山)


唐突だった。だが、真っ直ぐだった。僕は少しだけ考える。そして短く答えた。


「無理だな。」(隼人)


「だよな……」(木山)


苦笑ともつかない表情が浮かぶ。


「逃げても、頭の中にいるだろ。」(隼人)


「……ああ。ずっといる。」(木山)


「だったら、逃げ場を変えるしかない。」(隼人)


「……逃げ場?」(木山)


「逃げるんじゃなくて、向き合う場所だ。」(隼人)


木山はしばらく何も言わなかった。やがて小さく息を吐く。


「……きついな、それ……」(木山)


「だろうね。」(隼人)


短いやり取りだった。だが、それで十分だった。木山はゆっくりと立ち上がる。足元はまだおぼつかない。それでも――


「……先生。」(木山)


「治療、受けます。」(木山)


その声はさっきよりも僅かにだけ、はっきりしていた。――だが、震えは消えていなかった。


登場人物紹介

段場だんば 隼人はやと……本編の主人公

木山きやま 拓哉たくや……オペレーション・ギデオンで仲間を誤射してしまう

幸目さちめ 勇仁ゆうじ……守山駐屯地の司令兼第10師団師団長

浅原あさはら さとる……特戦群の群長

シルビア……GASTの中隊長

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