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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第2章 成長と挫折

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第92話 仕組まれた裁き

「了解です。僕に任せてください!」


土井 近太郎陸士長は、病室で告げられたGAST入隊の条件に、力強く答えた。


彼はすでに陸士長の階級にあり、レンジャー資格も取得している。残されている条件は、三等陸曹への昇任試験に合格することだけだった。


オペレーション・ギデオンを生き延びた若い隊員たちに与えられた道は、決して平坦ではない。


GAST――特戦群第5中隊扱いの、この特殊部隊に加わるためには、まず自衛官として必要な資格と階級を満たさなければならない。それは、ただ戦場で生き残ったというだけでは届かない領域だった。


それでも、土井は迷わなかった。


彼の返事を聞いたシルビアは、短く頷いた。


「了解しました。」


角南 朱杏陸士長も、静かに、しかし決然とした声で答えた。


彼女もまた、土井と同じ道を進むことになる。


「(まずは、三曹に合格。そして、来年にレンジャー合格…か。)」


朱杏は、これから自分に課せられるものを頭の中で整理していた。


三等陸曹への昇任。


そして、レンジャー資格の取得。


一つひとつを考えれば、決して不可能な目標ではない。しかし、それをできるだけ短期間で達成しなければならないとなれば話は別だった。


まして、彼女はすでに幾度もの戦場を経験している。その経験があるからこそ、彼女には分かっていた。


GASTという部隊が、ただの「強い隊員の集まり」ではないことを。


そして、その一員になるということが、これまでとは異なる責任を背負うことだということも。


「了解。必ず、グーリエ星人を殲滅します。」


諏訪 明登一等陸士は、力強く言い切った。


その声には、共に戦った上官たちを失った悔しさが滲んでいた。


そして、渚恭平陸士長の死も。諏訪にとって、渚は単なる先輩ではなかった。


苦しい時に支えてくれた人間であり、戦場で何度も自分を奮い立たせてくれた存在だった。その渚を失った。だからこそ、諏訪は戦い続ける道を選んだ。


ただし、その決意の奥には、隼人に対する複雑な感情も残っている。それを口にすることはなかった。


「了解!!」


万代 佑大二等陸士も、力強く答えた。


オペレーション・ギデオン以前の彼なら、これほど迷いのない返事をすることはなかったかもしれない。


万代は、戦場で自分の無力さを思い知らされた。津曲や鍵島を救えなかった。自分が醜態を晒したことで、助けられなかった仲間がいる。


それでも、大脇は命を賭して彼を守った。飛鳥は最後まで戦う姿勢を示した。失った者たちの顔を思い出すたびに、胸の奥が締め付けられる。


だからこそ、万代は決めた。彼らの想いも、無念も、すべて背負う。


2度と、同じ後悔をしないために、GASTへ入る。そして、今度こそ仲間を守れる隊員になる。それぞれが、新たな決意を胸に刻んでいた。


怪我が癒えていない者は治療を続け、すでに原隊へ復帰している者は訓練に戻っていく。


戦場で生き残ったという事実だけでは、GASTには入れない。これから先、彼ら自身の力で、その資格を証明しなければならないのだ。


そして、その一方で。彼らの知らない場所では、まったく別の戦いが始まっていた。




――防衛省。


現在、帝国軍のテリムト参謀本部として使用されている建物。その一室には、先の戦闘に関わった帝国軍の高級将校たちが集められていた。


部屋の中央に設置された長い卓。その周囲に並ぶ将校たちは、誰もが無言だった。


ここに呼ばれた者たちは理解している。今日、自分が裁く側になるのか。それとも、裁かれる側になるのか。その境界は、極めて曖昧だった。やがて、扉が開く。


「フフフ…遅くなって申し訳ない。宰相というのは忙しい立場でね。」


軽い調子の声とともに、一人のハイエルフが姿を現した。


アステリム帝国第5宰相。ヨ・アケーナル。


高齢のため、5人いる宰相の中では発言権こそ最も低い。しかし、帝国内での実務能力だけを見れば、彼を上回る者は少ない。


政治家としての経験。官僚としての手腕。そして、何よりも相手の弱点を見抜く能力。それらを兼ね備えた男だった。


「なぜ、第5宰相殿が!?」


アンネ・ミルキーウッド大佐が驚きを隠さずに尋ねる。


テリムト参謀次長。プレヤディッチ派に属する彼女にとって、アケーナルの突然の介入は予想外だった。アケーナルは、柔らかな笑みを浮かべた。


「何故? それはテリムト内で、ある派閥が私情を挟んでいると聞いてね。調査にきたのだよ。もちろん公平にね。」


「公平」 その言葉とは裏腹に、アケーナルの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。その場にいる誰もが分かっていた。


この男が、ただ公平な第3者としてやって来たわけではない。アケーナルは空いている席へ腰を下ろすと、ゆっくりと周囲を見渡した。そして、まるで世間話でも始めるかのような口調で言った。


「では早速始めよう。ヴァランクエ准将に何度か相談を受けてだね。このテリムト内の不満分子を排除して欲しいと頼まれたのだよ。」


室内の空気が変わった。


コーディー・ヴァランクエ准将。


テリムト人事参謀長。その名が出た瞬間、何人かの将校が視線を動かした。


「不満分子、ですか。」


ミルキーウッドが口を開いた。声は落ち着いている。しかし、その目は鋭かった。


「心当たりがありませんな。」


アケーナルは肩をすくめた。


「もちろん、そうだろうとも。」


その言葉に、ミルキーウッドは黙り込む。アケーナルは、そんな彼女を見て楽しむように微笑んだ。


「だからこそ、こうして皆を集めたのだ。先の“大月の戦い”と”利根川の戦い“について、改めて確認させてもらう。」


その瞬間、会議室の空気がさらに重くなった。


大月、そして、利根川。帝国軍にとって、どちらも決して無視できない戦闘だった。


大月の戦いでは、帝国軍が大きな損害を被った。利根川の戦いでは、最終的に帝国軍が勝利したものの、戦線は危険なほど揺らいだ。


そして今、アケーナルは、それら2つの戦闘を一つの議題として扱おうとしている。


「報告では、大月の戦いでは、帝国軍は多数の損害を出し、作戦は失敗した。」


アケーナルが言った。誰も口を挟まない。


「その原因は、どこにあるのかな?」


沈黙が落ちた。誰もが視線を伏せる。しかし、完全な沈黙ではなかった。視線だけが、一人の男へと集まっていた。


ヴァランクエである。彼は、その視線を受け止めると、ゆっくりと口を開いた。


「恐れながら、第5宰相殿。」


ヴァランクエの声は、落ち着いていた。


「今回の戦闘は、現場の判断ミスが重なった結果だと、私は分析しております。」


「判断ミス?」


ゴアの眉がわずかに動いた。


ゾーリー・ゴア准将。


テリムト作戦参謀長。この会議の中で、今、最も多くの視線を向けられている男だった。ヴァランクエは、そんなゴアを一瞥することもなく続ける。


「はい。特に問題となったのは、敵の戦力を見誤った点です。」


淡々とした口調だった。だが、その言葉が意味するところは明白だった。


「結果として、多くの兵が無駄死にした。」


会議室の空気が凍りついた。


――無駄死に。


その言葉が誰に向けられているのか、この場にいる全員が理解していた。


「ほう。」


アケーナルは椅子に深く腰を下ろした。


「つまり、指揮官の責任だと?」


「その通りです。」


ヴァランクエは即答した。


「現場の士官の多くは、勇敢に戦いました。しかし、指揮系統に問題があった。にも拘わらず、その指揮官は自身の腹心だからと何の処分もしない。これは由々しき問題ではないでしょうか?」


その瞬間。


「お待ちください」


静かな声が割って入った。


サッサ・アイソレイテ少将


テリムト参謀長だった。


「大月の戦いについては、既に検証会議を行っております。今更蒸し返す必要があるのですか?」


ヴァランクエの表情がわずかに険しくなる。


「戦犯に適切な処分を下していない!」


怒号がホールに響いた。しかし、アイソレイテは動じない。


「敗戦の度に降格処分を下しては、指揮系統が乱れます。しかるべき兵士には降格処分を下しました。再度申し上げますが、大月の戦いは既に検証も終わっています。今更糾弾するのは無意味です。」


正論だった。少なくとも、軍事組織としては。


一度検証を終えた作戦について、政治的な都合で再び責任を追及すれば、指揮官は戦況よりも自己保身を優先するようになる。


しかし、この場にいる全員が知っていた。これは軍事的な検証ではない。


権力闘争だ。


そして、その時、静かに手が挙がった。


「私からも発言を許していただけますか。」


ステフェン・アストロ中佐。


テリムト作戦参謀次長だった。


「構わない。」


アケーナルが答える。アストロはゆっくりと立ち上がった。


「作戦参謀次長として、私は大月の戦いと利根川の戦いにおいて戦犯は同一人物だと考えます。」


「おい、利根川の戦いは勝利しただろう!」


ミルキーウッドが反論する。


しかし、その声を遮るようにアケーナルが言った。


「ミルキーウッド大佐、口を慎め。」


「……。」


「続けてよろしいでしょうか?」


アストロが尋ねる。


「続けよ」


アケーナルは、アストロに発言を続けるよう促した。


その瞬間、ミルキーウッドは悟った。この会議の流れは、もう決まっている。少なくとも、アケーナルはアストロの側に立っている。アストロは、まるで最初から用意していた報告書を読み上げるように続けた。


「利根川の戦いは紙一重でした。第1空挺団が川を越えて指令室がある成田空港まで侵入されたのです。これは、作戦を立案したゴア准将の失態です。」


ゴアの顔から、わずかに血の気が引いた。


「それについて、意見をよろしいですか?」


「却下する。まずは、アストロ中佐の意見を聞く。」


「……。」


ゴアは口を閉ざした。アストロは、そんな彼を見据えたまま、さらに追い打ちをかける。


「侵入されたポイントを確認したところ、砲弾が古く、連射が出来ない状態まで傷んだ物のみが設置されていました。これを破壊されているところをドローンが捕えています。」


ゴアの目が見開かれる。


「そのドローンの情報は知らな…」


「ゴア准将! 静粛に!」


アケーナルの声が響いた。ゴアは言葉を失う。アストロは構わず続けた。


「それを察知し、危険を感じたゼムファルト少佐が自身の腹心たちを成田へ援軍に行けるよう、配置転換したおかげで難を逃れました。」


一つの戦闘結果を、別の角度から切り取る。それだけで、意味は変わる。帝国軍は利根川の戦いに勝利した。


しかし、第1空挺団は成田空港まで侵入していた。それを「勝利」と見るか。「作戦上の重大な失態」と見るか。判断する人間によって、評価は変わる。そして今、この場でその評価を下しているのは、アケーナルだった。


「加えてアストロが空軍の予備隊を率いて奇襲に向かわせたことによって、成田に侵入した第1空挺団を殲滅させたことも私からお伝えします。」


ヴァランクエが、淡々と付け加えた。ミルキーウッドの胸中に、冷たいものが走った。


――こいつら。


ヴァランクエとアストロ。そして、それを黙って見ているアケーナル。彼らは今、戦闘の検証をしているのではない。


プレヤディッチ派の影響力を削り、テリムト参謀部そのものを掌握しようとしている。


そう理解した瞬間だった。ミルキーウッドは、隣に座るアイソレイテを見た。アイソレイテもまた、何かを察していた。


「(宰相殿もグルですね…。)」


アイソレイテの脳裏に、そんな考えが浮かんだ。


だが、口には出さない。ここで不用意に反論すれば、次に責任を追及されるのは自分かもしれない。そうすれば、参謀部は壊れる。彼女は、自身が最後の砦であると自覚している。


そして、ヴァランクエがさらに言葉を重ねる。


「アレン様を失ったのも、ゴアが原因のようなのものだ。」


その言葉に、タイタス・アイホロジェがわずかに反応した。


「……」


何かを言いたそうだった。しかし、結局は口を閉ざす。その様子を見て、アイソレイテは悟った。彼もまた、すでに根回しを受けている。


ここにいる者たちの中で、ゴアを擁護する人間は、もうほとんど残っていなかった。


「大月の戦いでも、我々も損耗が激しかったとはいえ、それは敵も同じこと。すぐに派兵すれば勝てたのでは?」


アストロが追撃する。


「……っ」


ゴアの拳が震えた。


大月での敗北、利根川での防衛失敗、そしてアレン・アイホロジェの死。一つ一つを別々に見れば、必ずしもゴア一人の責任とは言い切れない。


しかし、今この場では違った。全ての失敗が、一人の男に結びつけられている。そして、それを裁く者は――。


「これは、ゴア准将には重い処分が必要ですね。」


アケーナルが言った。その瞬間、全てが決まった。アケーナルは、ゆっくりとホールを見渡す。


誰も異議を唱えない。否――唱えられない。


第5宰相であるアケーナルが介入したこの会議では、最終的な決定権は彼にある。


そして、彼の背後にはヴァランクエとアストロがいる。反対すれば、次に裁かれるのが誰になるか分からない。


アケーナルは、そんな会議室の空気を確認するように一人ずつの顔を見渡した。そして、静かに口を開いた。


「ゾーリー・ゴアを――」


ゴアが顔を上げる。


「大佐に降格、作戦参謀長の任を解く! そしてグーリエ星に強制送還とする!」


「なっ……!」


ゴアの顔から血の気が引いた。


降格、作戦参謀長解任、そして、グーリエ星への強制送還。それは、ゴアにとって軍人としての経歴に大きな傷を残す、極めて重い処分だった。


「お待ちください! 私は――」


ゴアが叫ぶ。しかし、2人の兵士が左右から歩み寄った。


「離せ!」


抵抗するゴアを、兵士たちが両脇から拘束する。


「私はまだ――!」


その声は、扉の向こうへと消えていった。誰も、ゴアを見送らなかった。


いや、正確には、誰も彼を救おうとはしなかった。その場に残った者たちは、ただ黙っていた。


やがて、ヴァランクエが小さく笑う。アストロは何事もなかったかのように資料を閉じた。


その2人を見ながら、ミルキーウッドは拳を握りしめる。


――これは裁判ではない。


最初から、結論は決まっていた。


ゴアを裁くための証拠が集められたのではない。ゴアを失脚させるために、証拠が並べられたのだ。


そして、その背後には政治的な思惑がある。アケーナルは、そんな彼らの思惑をすべて理解しているはずだった。それでも、止めなかった。


いや、止めるどころか、自ら裁定を下した。


「では次の議題に移ろう。」


アケーナルの声が、静まり返った会議室に響く。


まるで、たった今、一人の将軍の軍歴が消し去られたことなど、最初から存在しなかったかのように。


テリムト参謀本部。その内部で、1つの椅子が空いた。そして、その椅子を巡る争いが、これから始まろうとしていた。

登場人物紹介

苫米地とまべち 杏南あんな……本作のヒロイン。

土井どい 近太郎ちかたろう……13普連所属の天才肌

角南すなみ 朱杏しゅあん……35普連4中隊のエース

諏訪すわ 明登めいと……隼人と対立する

万代ましろ 佑大ゆうだい……31普連1中隊の新人隊員

コーディー・ヴァランクエ……プレヤディッチ派の失脚を狙うテリムト人事参謀長

ステフェン・アストロ……同じくプレヤディッチ派の失脚を狙うテリムト作戦参謀次長

アンネ・ミルキーウッド……テリムト参謀次長。プレヤディッチ派

サッサ・アイソレイテ……テリムト参謀長でプレヤディッチ派

ゾーリー・ゴア……仕組まれた裁きによって失脚となる

ヨ・アケ—ナル……帝国第5宰相のハイエルフ男性。

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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