第90話 卑怯な嘘
守山駐屯地で開かれた作戦検証会議では、各部隊が順番に戦闘経過を報告していた。
大型モニターには、オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)における各部隊の行動経路と損耗状況が映し出され、会議室を包む空気は重苦しい。誰もが、この作戦が未曽有の損害を出したことを理解していた。
一通り報告が終わると、一人の女性幹部が席を立つ。
「一つ、よろしいでしょうか。」
天津種 麗二等陸佐だった。
「どうした?」
「今回の戦闘では、敵の大規模奇襲により当初の作戦は成立しませんでした。その点は承知しております。」
静かな口調だった。
「しかし、その混乱の中でも、私は地下道内で部下に対し、防衛線を維持するよう命令しました。」
モニターに地下道周辺の地図が映る。
「ところが、その命令は守られませんでした。」
会議室が静まり返る。
「彼らは防衛線を放棄し、箱根方面へ撤退しました。」
室内にざわめきが走る。
「命令を無視したということか。」
誰かが小さく呟いた。天津種は頷く。
「はい。」
天津種は資料を1枚めくる。
「地下道で私の指揮下に入った隊員は14名。そのうち11名が戦死」
会議室のモニターに名前が映る。
・瑛松 理央二等陸曹(戦死)
・一橋 剛一等陸士(戦死)
・久木田 怜二等陸士(戦死)
・渚 恭平陸士長(戦死)
・亜久 弘夏二等陸曹(戦死)
・新山 岳三等陸曹(戦死)
・中西 蛍三等陸曹(戦死)
・宮野 也三等陸曹(戦死)
・愛元 省向二等陸士(戦死)
・須田 寿一二等陸曹(戦死)
・二瓶 清宗三等陸曹(戦死)
「生存者は3名。」
さらに資料をめくる。
・山下 裕介元陸士長(退官)
・諏訪 明登一等陸士(入院)
・苫米地 杏南二等陸士(入院)
「私は彼らに、防衛線維持を命じました。」
天津種は静かに言う。
「しかし彼らは命令に従わず、その場を離脱しています。」
「命令違反があった可能性があります。事実関係については、退院後、諏訪一等陸士および苫米地二等陸士から事情を聴取することを提案します。」
幹部は腕を組み、小さく頷いた。
「了解した。監察および作戦検証の一環として、生存者から事情を聴取しよう。」
「事実関係を確認した上で判断する。」
「了解しました。」
天津種は静かに資料を閉じた。誰にも気づかれないほど、ほんのわずかに口元が歪む。
――これでいい。
反論できる者は、もうほとんど残っていない。
山下は既に退官している。入院中の2人が何を話そうと、組織は"命令違反の疑い"という記録をまず見る。
——これで私の責任ではなくなる。
天津種は満足そうに視線を伏せた。
登場人物紹介
天津種 麗……35普連2中隊の中隊長




