第87話 去る者、残る者
――2020年10月10日 東海防衛支局――
この日、オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)で殉職した隊員の合同葬送式が、厳かに執り行われた。戦死者の数は、1,000人を超える。駿河湾にほど近い東海防衛支局の広大なグラウンドには、隊員を失った遺族たちのすすり泣きと、その場に立ち尽くす制服組の静寂だけが満ちていた。
僕は、瑛松二曹や亜久二曹、魚見士長らの遺影が並ぶ祭壇を見つめながら、全身を締め付けるような痛みに耐えていた。その痛みは、肉体の傷が癒えた後も残る、心に刻まれた現実そのものだった。
「…隼人、そろそろ中へ。」(杏南)
隣に立つ杏南は、泣き腫らした目で、僕の背中をそっと押した。杏南や他の仲間も、悲しみだけでなく、生き残った者としての罪悪感に苛まれていることは、僕にも痛いほど分かっていた。
弔辞が読み上げられる中、僕は心の中でただ一つ、亡くなった先輩たちに誓った。
「(あなた達の犠牲を、絶対に無駄にはしない――。)」(隼人)
しかし、その誓いの重さと裏腹に、現実は非情だった。この凄惨な作戦を経験し、戦う道を諦める者も、静かに、そして確実に現れ始めていた。葬儀が終わり、参列者が散っていく中、隼人は静かに佇む木山を見つけた。
「そうか…。」(隼人)
葬儀が終わった後、木山は退官すると僕に話してくれた。木山は、先のオペレーション・ギデオン(第7次首都奪還作戦)で、急性ストレス障害(ASD)を負った。彼の顔には生気がなく、戦闘の恐怖からまだ解放されていないのは、誰の目にも明らかだった。
「俺には…もう無理だ。迷彩服を見るだけで、あの時の光景がフラッシュバックするんだ。」(木山)
木山はそう力なく語った。僕は何も言えなかった。それは、戦場が彼らから奪ったものの大きさを物語っていた。
また、湯河原町の戦闘で、両目を失明した烏丸二曹も退官するそうだ。視覚という、戦場では致命的とも言える感覚を失った彼は、もはや前線には戻れない。命は助かった。だが、彼らが払った代償は、自衛隊に残り、戦い続ける僕たちにとっても、永遠に重くのしかかる現実だった。
それでも、戦い続けると決めた以上、僕らは立ち上がらねばならない。僕達は託されたのだ。あの時、生かされた意味を繋げるんだ。そう決意した。強烈な喪失感を乗り越え、覚悟を新たにした。決意したのに…。
「どうしてですか!?山下士長!!」(隼人)
翌日、山下陸士長が退官することを知る。山下陸士長は、優秀な隊員だ。先の戦いでも、その能力を存分に発揮していた。それに、木山のような明確な精神的戦傷があったわけではない。
山下陸士長は、何も言わず、僕を睨みつけた。
どうして……。その言葉の裏にある真の理由を知る由もなく、隼人の頭の中には、ただその問いだけが、無限に響き渡っていた。
山下陸士長は何も答えてくれない。せめて、理由を知りたい。僕は、山下陸士長に何度も問い詰めた。その顔は、怒りで硬く歪んでいた。その奥には、言葉にできない悲しみと、何かを抑え込もうとする壮絶な意志が見えた。
「…お前に答える必要はない。」(山下)
そう言って、その場から離れようとした。
「あの時、僕らは先輩達から託されたじゃないですか!」(隼人)
「その想いを無駄にするんですか?」(隼人)
「先輩達はそんな事、望んじゃいない!」(隼人)
その瞬間、空気が凍った。次の瞬間、僕はその場に尻もちをつき、頬に焼けるような痛みが走った。上を向くと、諏訪一士が僕を睨みつける。
諏訪一士の拳は微かに震えていた。その目には、怒り、悲しみ、そして何かを必死で守ろうとする複雑な感情が渦巻いていた。
「お前に…何が分かる…。」(諏訪)
――前日――
諏訪は、山下から自衛官を退官すると打ち明けられていた。
「辞める?」(諏訪)
「ああ、俺はもう前線に出る気力がない。」(山下)
「……渚さんの死が理由ですか?」(諏訪)
「………そうだ……」(山下)
山下さんは、俺にポツリポツリと話してくれた。
サラリーマンを経て自衛官になった渚さんは、他のどの同期よりも年上で、高卒で入隊した俺達にはない社会経験を持っている人だった。若い隊員の良き兄貴分として、悩みや愚痴を聞いてくれ、挫けそうな時は勇気づけてくれる存在だったと聞く。
「辛いときにいつも助けてくれたのが渚さんだ。仲間を失って辛い時も、自分も辛いはずなのに…。皆を支えてくれていた。」(山下)
「俺は、そんな渚さんの心の強さに憧れ、あの人の背中を見続けてきた。でも、渚さんが死んだ時、俺の心が音をたてて崩れていったのが分かった。」(山下)
山下さんの気持ちが痛いほど分かった。1期後輩だった俺も、渚さんに何度救われたことか。死と隣り合わせのこの任務で、渚さんは、仲間の心を支えていたのだ。
「…大丈夫です。俺が、山下さんの想いを受け継ぎます。渚さんの想いも、これまでに亡くなった仲間の無念も背負って、必ずグーリエ星人を駆逐します。」(諏訪)
「すまん………。頼む……。」(山下)
山下さんは涙を流しながら、右拳を突き出した。俺も右拳を出し、拳を合わせた。
――現在――
諏訪は、山下の内情を知っているからこそ、何も知らずに正論を振りかざす隼人への怒りが爆発した。渚の死は、隼人の軽率な行動が招いたもの。諏訪は、あの時、「隼人を見捨てる判断が正しかったのではないか」とすら思った。
「お前があの時、あの場に戻ろうとしなければ、渚さんは死ぬことはなかった。」(諏訪)
「お前の軽率な行動で、渚さんは死んだ。」(諏訪)
「!?」(坂下)
「…。」(杏南)
杏南はこの時、自分を庇って死んだ糸原ことを思い出していた。もっと自分が強ければ、糸原は死なずに済んだのでは? 糸原の死は、今も杏南の脳裏に焼き付いている。
「大切な仲間が死んだ辛さ、僕にも理解できます。それでも、立ち上がらなくちゃいけない!」(隼人)
「山下士長のような、優秀な隊員が必要なんですよ? どうして…。」(隼人)
「この…。」(諏訪)
「駄目です!」(坂下)
諏訪は、再び隼人へ殴りかかろうとしたが、坂下や杏南に止められる。その時、山下が重い口を開く。
「お前、後輩の軽率な行動で、苫米地が犠牲になったら、そいつを許せるか?」(山下)
「……!?」(隼人)
「あの時、お前が取った行動は、そういう事だ。」(山下)
「…俺は、お前が許せない。」(山下)
僕は何も言えなかった。山下陸士長にとって渚陸士長は、それほど大きい存在だった事をこの時に知った。でも、それでも…。だが、これ以上、僕が何を言っても火に油を注ぐだけだった。
「申し訳…ありませんでした…。」(隼人)
僕は、ただ頭を下げることしか出来なかった。何を言っても、言い訳にしかならないと分かっていた。山下陸士長は何も言わず、その場を去り、諏訪一士は舌打ちを自室へ戻る。
「何をしている?」
廊下に響き渡る、脳に直接響くような声。その声の方を向くと、男性自衛官が2人、こちらへ向かってくる。
「何でも、ありません…。」(隼人)
「ほう、あれだけデカい声を出して何でもないと? ここは病院だぞ? 病院で静かに出来ない非常識な奴が国防に携わっているのか?」
この声は聞き覚えがある。あの時、助けに来てくれたピットブル班の班長だ。今日は素顔だから誰か分からなかったが、声の想像通り、鋭い眼光に殺気立っている雰囲気。この威圧感、恐怖で僕は声が出せないでいる。
「まあまあ、時間が惜しいです。要件をさっさと済ませましょう。」
班長を宥めた男性自衛官は、対照的に柔和な表情をしていた。物腰柔らかい雰囲気と、眼鏡から知的な印象を与える。しかし、放つ気配が違う。この人もGASTの隊員だろうか? ピットブル班ではなさそうだが、只者ではないオーラがある。
「君、苫米地杏南二等陸士だね? 少し、込み入った話がある。一緒に来てくれるかい?」
2人は、杏南を連れてどこかへ向かっていく。杏南は一瞬だけ、僕の方を振り返った。一体、どんな用事なのか、僕には想像もつかなかった。
登場人物紹介
段場 隼人……本作の主人公
苫米地 杏南……本作のヒロイン。隼人の同期で恋人
木山 拓哉……隼人や杏南の同期。急性ストレス障害となり退官する
山下 裕介……実は隼人と同じ横須賀出身で、8年前に同じヘリで避難していた。お互いにその事は知らない
諏訪 明登……隼人のことを良く思っていない
坂下 ジュリア……杏南に憧れるWAC隊員
BJ……今話では素顔で登場。富士病院にどんな用事が…
もう一人の男性隊員……只者ではないオーラがあるようなので、GASTの隊員だと思うが…。
※防衛省は、帝国軍の占領下にあるため、東海防衛支局にて葬儀を行いました。
※2)山下、諏訪、杏南、坂下は怪我で入院しています。葬儀は、外出届を出して参列していました。軽傷だった隼人は寮へ戻っていました。杏南の見舞いに来た際に、山下の退官を知ったという流れです。




