第86話 最強にして最恐…その男の名は
GASTの指揮所では、各班から絶え間なく無線が飛び交っていた。
各地で救援要請が入り、敵情も刻一刻と変化していく。その中で、中隊長は一枚の状況図へ視線を落としたまま口を開く。
「ピットブル班、BJはどうした?」
「それが……他の敵を殺してくると言って、別行動を……。」
パルヴァーの返答に、中隊長は小さく息を吐く。
「やれやれ……相変わらず自由すぎるな。まあ良い。ピート、BJに静岡市へ行くように伝えなさい。」
「了解。」
電子戦担当のピートは周波数を切り替えた。
「BJ、応答せよ。」
「こちら、BJ。」
返ってきた声は相変わらず抑揚がない。
「至急、静岡市へ向かってほしい。」
「静岡? あそこは豊川から援軍が行ったろ?」
「劣勢だ。だからBJ、頼む。」
「了解した。」
通信はそれだけで終わった。
BJは周囲を見回す。静岡市までは距離がある。徒歩では間に合わない。
「とはいえ、ここから向かうには歩きじゃ時間がかかりすぎる。さて、どうしたものか。」
少し考え、独り言のように呟く。
「どこかに都合よく、バイクでも落ちてれば……なんてな。」
その時だった。
「お?」
前方に2人の帝国兵が見えた。道路脇には一台の偵察用オートバイが倒れている。
「このバイク、動くか?」
「ええ、兵士長殿。どうやら動くみたいです。今、エンジンをかけますね。」
その光景を見たBJの視線が僅かに細くなる。近くには、オートバイの持ち主だったのだろう。自衛官が血を流したまま倒れていた。
(偵察用オートバイか……鹵獲されやがったか、クソッタレ。)
帝国兵たちは背後から近づく気配に気付かない。
「よしよし、エンジンかかった。どっちが運転する?」
「自分は兵士長に従いますよ。」
「殊勝な奴だ。じゃあ俺が――」
「おい。」
2人は同時に振り返る。そこには、一人の男が立っていた。
「そのオートバイ、俺が運転する。」
感情のない声だった。
「いいよな?」
「……は、はい。」
拒否するという発想すら浮かばなかった。男から放たれる異様な殺気に、本能が逆らうことを拒絶していた。BJはオートバイへ歩み寄る。
2人の横を通り過ぎる。
そして――
一瞬だった。日本刀が閃く。
2つの首が宙を舞い、身体だけがゆっくり崩れ落ちる。
BJは振り返ることもしない。
「……。」
倒れた自衛官へ静かに目を向ける。
「このオートバイ、借りるぞ……。」
それだけ告げるとエンジンを吹かし、静岡市へ向かって走り去った。
その頃、静岡市。
港から上陸した帝国海軍は、市街地を蹂躙していた。
「オラオラオラ~! 殺せ殺せ~!」
シェンの叫びと共に銃声が響く。
逃げ惑う市民、燃え上がる住宅。路上には、自衛官だけでなく民間人の遺体までもが横たわっていた。
海上自衛隊は壊滅し、急行した特別警備隊も押し返されている。さらに豊川駐屯地から援軍が到着したものの、戦況を覆すには至らなかった。
「くそ……援軍として来たのに、なんて様だ……。」
段団 圭河陸士長は歯を食いしばる。
目の前で人が死んでいく。守るために来たはずなのに、何一つ守れない。
「とにかく耐えろ! 今、我々が出来るのはそれしかない!」
保坂 欽也三等陸曹が部下を叱咤する。しかし現実は残酷だった。
「ああ、もう弾薬がない。保坂三曹、銃剣で突撃します!」
若い隊員が飛び出す。国民を守りたい。その使命感だけで前へ出た。
「待て、それは無駄死にだ!」
保坂の制止は届かなかった。帝国兵が一斉に銃口を向ける。新人隊員は数歩も進めず、その場へ倒れ伏した。
「くそ……無駄死にじゃないか……。」
段団は唇を噛んだ。一方の帝国兵たちは、その姿を見て笑っていた。
「おいおい、あいつ銃剣で突撃したぞ。」
「ああ、無防備な突撃だったな。」
「何でも、バンザイアタックとかいう、この国の伝統芸らしいですよ。」
嘲笑、侮辱。彼らにとって、この戦いは狩りでしかなかった。
「お〜い、自衛隊の皆さ〜ん! 出ておいで〜! 君達にプレゼントがあるよ!!」
そう叫びながら、帝国兵たちは戦死した自衛官たちの首を路上へ並べ始める。
「野郎!」
保坂の怒りが爆発した。遮蔽物から飛び出し、夢中で引き金を引く。しかし怒りに支配された射撃は、一発も敵へ届かない。
「やれやれ。狙撃のお手本を見せてあげましょう。」
保坂は遮蔽物へ飛び込む寸前、眉間を撃ち抜かれた。そのまま崩れ落ちる。
「ひゅ~。」
帝国兵たちは口笛を吹き、笑い合う。
「よし! 最後の一匹は俺が仕留めるぜ!」
敵兵が物陰から姿を現し、段団を挑発するように踊り始めた。
「クソが……。」
段団は必死に銃を撃つ。だが焦りで照準は乱れ、敵へ届かない。
(くそ……もう弾薬がない。)
弾倉は空だった。戦う術は残されていない。段団は反転し、走り出す。
「逃がすな! 追え!」
帝国兵たちは歓声を上げながら追い掛けてくる。
わざと急所を外し、銃弾を足元へ撃ち込み、獲物を追い立てるように笑っていた。
「クソ……クソクソクソ……。」
段団は悔しさに涙を滲ませながら走る。しかし疲労は限界だった。足がもつれ、その場へ倒れ込む。
「こいつ、泣いてやがる。だっせ〜。」
帝国兵たちは腹を抱えて笑った。そして、段団を取り囲む。引き金が引かれる。銃弾は急所ではなく、両腕、両脚を順番に撃ち抜いた。
「ぐわあああああ!」
激痛が全身を駆け巡る。それでも敵は、とどめを刺そうとはしなかった。苦しみ、もがく姿を楽しむように、笑いながら銃口を向け続けていた。
――その瞬間。
4発の銃声が、市街地に鋭く響いた。
段団は、自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
撃ち抜かれた手足の激痛で意識は霞み、視界は血と涙で滲んでいる。ただ一つだけ分かったのは、自分を囲んで笑っていた帝国兵たちが、いつの間にか倒れていたという事実だった。
乾いた銃声は4発。その直後には3人が胸を撃ち抜かれ即死し、残る一人も脚を撃ち抜かれて地面へ転がっていた。
さらに数秒後、狙撃手を探しに散った兵たちは戻ってこない。その代わりに、静まり返った路地の奥から、一人の男が歩いてきた。
男は右手に日本刀を下げ、左手には生首を提げている。無造作に放り捨てられたそれが地面を転がり、帝国兵たちは息を呑んだ。
探しに行ったはずのベッシャーだった。続いて、別方向からもう一つ。今度はジエビーの首が、まるで荷物でも放るように投げ捨てられる。
「こっちにも……ジエビー!?」
ルキンミの声が震えた。
狙撃の名手だった2人が、反撃する暇すらなく討ち取られている。
あり得ない。その認識だけが、全員の頭を支配した。
「少尉殿、あそこに敵が。おそらく狙撃手です。」
「っ……。」
ルックノワが視線を向ける。
男は最後に残ったサズンリの首を持っていた。その顔を無表情で見下ろえたかと思うと、足元へ落とし、そのまま全力で踏み砕く。骨が砕ける鈍い音だけが響いた。
「サリー、援軍要請だ。我々2人だけでは分が悪い。」
「敵は一匹ですよ? 私達で挟撃すればあんな奴……。」
口ではそう言いながらも、ルキンミ自身、その言葉を信じていなかった。男から放たれる殺気が、それだけで本能へ警鐘を鳴らしている。
「馬鹿野郎。今そんな虚勢は必要ない。早くポッパーに援軍を要請しろ!」
「りょ、了解しました。」
ルキンミは震える手で無線を操作する。その様子を、BJは遠目に見つめる。
(援軍を呼んでいるようだな。丁度いい、まとめて殺してやる)
静かにボルトを引き、次弾を装填する。それだけだった。
段団のもとへ歩み寄ると、刀を納め、迷いなく止血帯を巻き始めた。
「……あなたは、一体。」
掠れた声だった。助けられたという安心よりも、人間離れした強さへの驚きが勝っていた。BJは傷口を確認しながら短く答える。
「特殊部隊の隊員とだけ言っておく。血は止まったが、早く治療した方がいい。今、救助を呼ぶ。」
「助けていただき……ありがとうございます。」
「そのために来た。」
ぶっきらぼうな返事だった。それでも帝国兵へ向ける冷酷さとは違う、人を安心させる静かな力があった。無線が鳴る。
「BJ、こちらスサノオ班・キャベージ。怪我人の救援に来た。そこから500メートル後方。」
「了解、そちらへ向かう。」
BJは段団を軽々と抱え上げる。銃弾を浴びた成人男性とは思えないほど自然な動きだった。待機していたキャベージへ引き渡す。
「手足を撃たれ、自力歩行不可。止血済み。意識はある。」
「了解。」
キャベージは頷き、すぐに無線を開いた。
「こちらキャベージ。怪我人を保護。地点Cにヘリ要請。」
「了解。直ちに派遣する。」
「戦闘に戻るの?」
「ああ。」
「部下を一人貸そうか?」
「丁度、敵が増援要請してたから助かる。」
「OK。バスはBJについて。」
「了解!」
スサノオ班は段団の搬送へ向かい、BJとバスは再び戦場へ引き返した。
その頃には、帝国軍の援軍も到着していた。
「シェルダン、無事か?」
「援軍だ! おお! アーフェルグ大尉殿が中隊を率いて来てくださった! ローニア中佐殿まで!」
ルキンミは歓声を上げた。これだけの戦力が集まれば勝てる。誰もがそう思った。
しかし、前へ出たローニアは、BJの姿を確認した瞬間、即座に命じる。
「全部隊、撤退。」
一瞬、全員が耳を疑った。
「何故?」
ルックノワが思わず叫ぶ。ローニアは一切説明せず、2人の腕を掴んで後退させた。
「説明は後だ。今は生き残れ。」
その判断は正しかった。BJは静かに銃口を上げる。
「逃がすかよ。」
「援護します。」
バスの狙撃が始まり、その隙を突いてBJが疾走した。距離など意味を成さない。
逃げる帝国兵が次々と撃ち抜かれ、近付いた者は日本刀で一瞬のうちに斬り伏せられる。誰一人として、まともに斬撃を見ることすらできない。
「あいつ……普通じゃない。」
ルキンミの声は震えていた。
「アーフェルグ大尉殿……あいつは、一体……。」
ルックノワの問いに、アーフェルグは苦々しく答える。
「貴様は覚えてないのか。軍議で師団長が言っていただろう。」
その言葉で、忘れていた記憶が蘇る。
「もし敵兵の中に、日本刀を持った兵士がいたら気を付けろ。見つけても戦うな。逃げて構わん。」
アルクク・アルアパ准将は、軍議の席で断言した。
「そいつは危険すぎる。」
「以前、そいつ一匹に1個大隊が殲滅させられた。」
「そいつ一匹にですか?」
「そうだ。」
「奴を討つには綿密な作戦と物量が必要だ。最低でも1個連隊規模は用意しろ。」
あの時は、誰も信じていなかった。一人で一個大隊を壊滅させる兵士など、いるはずがないと。しかも、下等生物にだ。だが今、目の前で起きている光景は、その言葉が誇張ではなかったことを証明していた。
「……思い出した。」
ルックノワは青ざめた顔で呟く。
「あいつ、日本刀を持っている。」
「あいつが……師団長殿の言っていた兵士。」
アーフェルグはBJを見据えたまま静かに口を開く。
「あいつは、これまでにも多くの同胞を屠り、かつてドーブス大佐殿を瀕死に追い込んだ。」
その声には、歴戦の指揮官ですら隠しきれない警戒が滲んでいた。
「日本を制圧する上で、最も警戒しなければならない男。」
逃げる帝国兵を追うBJの背中を見据え、アーフェルグはその名を告げる。
「五十鈴 寛治だ。」
登場人物紹介
段団 圭河
生年月日:1997年6月3日 / 出身:埼玉県
階級:陸士長 / 所属:49普連1中隊
備考:帝国海軍との戦闘中、BJに助けられる。
五十鈴 寛治
生年月日:1990年2月9日 / 出身:福岡県
階級:三等陸尉 / 所属:GASTの隊員で、コードネームは「BJ」
備考:人間離れした身体能力と戦闘能力を持ち、帝国軍からも要注意人物としてマークされている。GAST入隊前から、任務時は日本刀を帯刀していたため、特殊部隊にいて素顔を隠し、コードネームで名乗っても、敵兵に素性が知られている。
キャベージ……GASTの隊員で、スサノオ班の班長
バス……GAST隊員で、スサノオ班所属。
※スサノオ班は、GAST後方支援班です。
ピート……GASTの電子戦隊所属
フィフィカ・アーフェルグ
種族・性別・人魚族の女性
所属・階級:帝国海軍大尉、第5艦隊制圧中隊・中隊長
備考:援軍に来た際にBJの姿を見て、即撤退の命令を下す。
アルルク・アルアパ
種族・性別:ヒト族の男性
所属・階級:帝国陸軍准将、小田原殲滅隊最高指揮官
備考:帝国4大貴族・アルアパ家、現当主の弟
シェリア・シェン……好戦的な人魚
シャラ・ポッパー……有望な若手尉官の人魚
ブランチェスカ・ローニア……小田原殲滅隊・第5艦隊制圧連隊2大隊大隊長
※2)静岡市内にも、スサノオ班のように、援軍へ向かった部隊が他にもあります。




